賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

2008-08-01から1ヶ月間の記事一覧

韓国食べ歩き:第11回

(『あるくみるきく』1987年1月号 所収) 東大門市場近くでの夕食 午前中は南大門市場を歩いたので、午後は東大門市場を歩いた。くたくたになるまで歩きつづけ、夕食は東大門市場近くの大衆食堂で食べることにした。 その一角には食堂が何軒か並んでい…

秘湯めぐりの峠越え:第2回 長峰峠(長野・群馬)

(『遊ROAD』1993年4月号 所収) 地蔵峠は冬期閉鎖中 1993年2月13日。松本盆地の塩尻から国道19号で鳥居峠を越え、木曽福島へとスズキDJEBEL250を走らせた。 木曽路の中心といってもいい木曽福島の町に着いたのは午後。すばらし…

秘湯めぐりの峠越え:第1回 土湯峠編

(『遊ROAD』1993年2月号 所収) 土湯峠下の土湯温泉 1992年11月13日。 福島西ICで東北道を降り、土湯峠に向かって、国道115号を走る。今回の峠越えの相棒はスズキDR250Sだ。 正面には奥羽山脈の山々が紫色のシルエットになって…

韓国食べ歩き:第10回

(『あるくみるきく』1987年1月号 所収) 「サムゲッタン」を食らう! 南大門市場の屋台では、ブタの臓物のほかに、腸詰も食べた。 この腸詰というのは、ブタの腸に強飯とはるさめを詰めたもので、それにブタの血やトウガラシ粉、コショウ、ネギ、ニン…

シルクロード横断:第40回 ボジュヌルド→ゴルガーン

イラン北部のボジュヌルドでは「ツーリストイン」に泊まったが、翌朝は夜明けとともに起き、早朝の町を歩いた。 目抜き通りを歩き、さらに町外れまで足を延ばした。 前方にはエルブルーズ山脈の山々。目の前を黒衣の女性が歩いていく。その手には町中のナン…

韓国食べ歩き:第9回

(『あるくみるきく』1987年1月号 所収) 「魚醤油圏」のなれずし 日本からインドシナへとつづく「魚醤油圏」でひとつ興味深いのは、このエリアでは、「なれずし」が作られ、食べられていることだ。 韓国ではシッケと呼んでいるが、いったん塩漬けにし…

シルクロード横断:第39回 アシハバード→ボジュヌルド

トルクメニスタンの首都、アシハバードでは「ニサホテル」に泊まった。 バイキングの朝食を食べ、8時30分に出発。「目指せ、イズタンブール! エイエイオー!」と、全員で声を掛け合い、走り出す。 「さー、行くぞ、DRよ!」 と、スズキDR-Z400…

韓国食べ歩き:第8回

(『あるくみるきく』1987年1月号 所収) 臓物と魚醤油 南大門市場内には、ブタの臓物を食べさせる屋台が並んでいる。 私たちは好奇心にかられ、さっそく味わってみることにした。 とはいっても、臓物が目の前にズラリと並んでいるのはちょっと異様な光…

シルクロード横断:第38回 アシハバード

トルクメニスタンの首都アシハバードに到着した翌日は、一日、町を歩きまわった。近代的なきれいな町並みだ。人口は50万人。イランとの国境のコペトダク山脈の山々が町のどこからでも見える。 町の中心には1948年10月6日に起きた大地震のモニュメン…

Amazonに「がむしゃら1500キロ」ありました。

春先にくるくるウィジェット(右サイドのくるくる君ね)を作成した時には 見当たらなかったのですが、最近、入荷を発見したので下記にリンクを。 また、右サイドにもリンクを張っておきます。どうぞ! がむしゃら1500キロ―わが青春の門出 (ちくま文庫)

韓国食べ歩き:第7回

(『あるくみるきく』1987年1月号 所収) 続・南大門市場を歩く 南大門市場を歩いていて、とくに私の目をひきつけたのは塩辛売場だった。 塩辛のことをチョッカルといっているが、イカ、ホタルイカ、アミ、エビ、カニ、ヒシコイワシ、スケトウダラの子…

韓国食べ歩き:第6回

(『あるくみるきく』1987年1月号 所収) 南大門市場を歩く 私たちは南大門市場を歩きまわった。 穀物売場には何種類もの米のほかにアワ、ヒエ、モロコシなどの雑穀類や麦類、豆類が売られている。 それに隣あって、香辛料売場がある。さすがトウガラシ…

韓国食べ歩き:第5回

(『あるくみるきく』1987年 所収) 南大門とは… 喫茶店でひと息入れたあと、私たちは南大門市場に行った。 ソウルには南大門市場と東大門市場の2大市場がある。 そのほかにも市内の各地に市場がある。市民は店で買物をするよりも、市場で食料品などを…

シルクロード横断:第37回 マルイ→アシハバード

早朝のすがすがしい空気の中、トルクメニスタンのマルイの町を歩く。道路はきれいに掃き清められ、ゴミひとつ落ちていない。「さすが独裁国家!」と、感心してしまう。通る車の数はきわめて少ない。広場には噴水。幾何学模様を描きながら、勢いよく水を噴き…

だから言ったろ・・・。(ペテン五輪・男子サッカーアメリカ戦)

日本が付け焼刃ワントップで(付け焼刃でなかったとしても) 過去に成功した試しがないのだ。 へなちょこプレー、ミスの山。 アメリカはガタイもあるし、チームも個人もうまかった。 前半終了時に必死にコーナーキックを蹴りにいかずに前半終 了の笛、という…

シルクロード横断:第36回 トルクメナバード→マルイ

ウズベキスタンから入ったトルクメニスタンは北朝鮮と同じような独裁国家。早朝のトルクメナバードの町を歩くと、終身大統領のサパルムラト・ニヤゾフの写真や銅像をあちらこちらで目にする。 トルクメニスタンのニヤゾフは北朝鮮の金正日のような存在。19…

甲武国境の山村・西原に「食」を訪ねて(その23)

(『あるくみるきく』1986年10月号 所収) サトイモの詩 まずはサトイモの詩である。 西原で栽培されているイモ類はサトイモ、ジャガイモ、サツマイモ、それとナガイモだが、サトイモの重要度が群を抜いている。ここでは単にイモといえばサトイモを指…

甲武国境の山村、西原に「食」を訪ねて(その22)

(『あるくみるきく』1986年10月号 所収) 芋の詩(うた) 西原・下城の脇坂芳野さんは「雑穀の詩」だけではなく、次のような「芋の詩」もつくっている。 芋には長い ひげがある むしって桶で こすられて でっかい鍋に しお味で ひじろに掛かかる おか…

甲武国境の山村、西原に「食」を訪ねて(その21)

(『あるくみるきく』1986年10月号 所収) 西原のソバ 西原では年2回、ソバをつくっている。 4月に種を播き7月に収穫する「ナツソバ」と、8月から9月にかけて種を播き10月から11月にかけて収穫する「アキソバ」がある。 ナツソバは粒がとがっ…

甲武国境の山村、西原に「食」を訪ねて(その20)

(『あるくみるきく』1986年10月号 所収) シコクビエ(その3) シコクビエで興味深いのは、その栽培の過程で、イネと同じように移植することだ。 シコクビエの栽培法は次のようなものである。 4月から5月にかけて、表面をならした苗床に種を播き、…

甲武国境の山村、西原に「食」を訪ねて(その19)

(『あるくみるきく』1986年10月号 所収) シコクビエ(その2) 私が初めてシコクビエの饅頭を口にしたのは、下城の降矢静夫さんのお宅であった。 降矢さんは雑穀の味が忘れられないので、何としても種を保存しておきたいので、ということで毎年、雑…

カソリの峠越え・2007年 (Crossing Ridges in Japan)

この年に越えた峠は159峠 初めての峠は20峠 山伏峠(埼玉)1月10日・4 1577 杉ノ峠(埼玉)1月11日 中山峠(群馬)1月12日・5 入山峠(群馬・長野)1月13日・8 車坂峠(長野・群馬)1月13日・5 野尻坂(長野)1月18日・13 …

シルクロード横断:第35回 サマルカンド→トルクメナバード

2006年9月21日9時30分、ウズベキスタンのサマルカンドを出発。 前夜は激しい下痢に見舞われ、けっこう辛い旅立ちとなった。中国の天津を出発して以来、初めての下痢。カソリの「鉄の胃袋」もダウン…といったところだ。下痢にやられながらも、街道…

甲武国境の山村、西原に「食」を訪ねて(その18)

(『あるくみるきく』1986年10月号 所収) シコクビエ(その1) 西原で栽培されている雑穀には、そのほかにシコクビエがある。 西原では「チョウセンピエ」と呼んでいるが、その周辺では各地で呼び名が違う。ゆずり原では「エゾビエ」、小菅では「サ…

峠名・ベスト10 (10 Most Frequent Names of Ridges I've Passed)

1975年から2007年末までに全部で1596峠を越えました。 それらのうち、同じ名前をもつ峠を数の多い順に並べてみました。 第1位 桜峠(22峠) 第2位 地蔵峠(17峠) 第2位 中山峠(17峠) 第4位 大峠(16峠) 第5位 三国峠(9峠) …

カソリの峠越え(11) 九州編(11):「人吉→鹿児島」の峠 (Crossing Ridges in Japan: Kyushu Region)

(『月刊オートバイ』1998年6月号 所収) 熊本県の人吉を出発点にし、加久藤峠を越えて宮崎県のえびのに出、つつづいてえびの高原の霧島峠を越えて鹿児島県に入った。鹿児島県内の峠を越えながら南下し、鹿児島市内に入り、西鹿児島駅前を九州編の峠越…

カソリの峠越え(10) 九州編(10):熊本・鹿児島県境の峠(Crossing Ridges in Japan: Kyushu Region)

(『月刊オートバイ』1998年5月号 所収) 熊本・鹿児島県境の峠越えの出発点は、熊本県南部、人吉盆地の中心地の人吉だ。ここから国道267号で久七峠を越えて鹿児島県に入った。 肥薩国境の久七峠越え 今回の出発点の人吉は、日本でも名だたる“霧の町…

カソリの峠越え(9) 九州(9):熊本・宮崎県境の峠(その2) (Crossing Ridges in Japan: Kyushu Region)

(『月刊オートバイ』1988年4月号 所収) 今回は、前回にひきつづいての「熊本・宮崎県境の峠」。その第2弾目だ。 宮崎県側の西米良村を出発点にし、国道219号の横谷峠を越えて熊本県側に入ると県境の峠を次々に越え、熊本・宮崎の両県を行ったり来…

カソリの峠越え(8) 九州編(8):熊本・宮崎県境の峠(パート1) (Crossing Ridges in Japan: Kyushu Region)

(『月刊オートバイ』1988年3月号 所収) 南九州の第2弾目は熊本・宮崎県境の峠だ。 九州の背骨、九州山地を越える峠は、どこも迫力満点。最初に、九州ナンバーワン林道の内大臣椎葉林道で椎矢峠を越えたが、ダート39キロの峠越えルートは“オフロー…

10回以上、越えた峠 (Ridges I've crossed over 10 times)

1975年から2007年までで10回以上、越えた峠は次のようなものです。 内山峠(群馬・長野) 碓氷峠(群馬・長野) 宇津谷峠(静岡) 田代山峠(栃木・福島) 天城峠(静岡) 中山峠(福島)奥会津 兵越峠(静岡・長野) 野辺山峠(山梨・長野) 野尻…