賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

シルクロード横断:第39回 アシハバード→ボジュヌルド

 トルクメニスタンの首都、アシハバードでは「ニサホテル」に泊まった。

 バイキングの朝食を食べ、8時30分に出発。「目指せ、イズタンブール! エイエイオー!」と、全員で声を掛け合い、走り出す。

「さー、行くぞ、DRよ!」

 と、スズキDR-Z400Sにひと声、掛ける。

パトカーの先導でアシハバード市内を走り抜け、前方に立ちふさがるようなコペトダク山脈の山並みに向かって走っていく。

 2車線のコンクリート舗装の道。天然ガスで潤うトルクメニスタンを象徴するかのようないい道だ。だが、交通量はきわめて少ない。国境を越えてイランに向かう車はほとんどないようだ。時々、イランナンバーのトラックとすれ違うだけだった。

 検問所まで来たところで、パトカーはアシハバードに戻っていく。

 検問所でパスポートチェックを受けると、国境の峠に向かって登っていく。アシハバードから44キロでトルクメニスタン・イラン国境の峠に到着。まずはトルクメニスタン側の出国手続き。つづいてイラン側の入国手続き。何しろ10何台ものバイクの手続きなので時間がかかる。国境に到着したのは10時。イランに入国できたのは14時30分。出入国の手続きで4時間30分かかったが、これでも速い方だ。

 いよいよイランに入った。イランのガイドのアリさんが我々を出迎えてくれる。日本語の上手な人。3年間、日本に滞在したことがあるという。トルクメニスタンとイランの国境に連なるコペトダク山脈は、イランではアルボルゾ山脈というのだと教えてくれた。

 また「峠」はペルシャ語では「ギャルダネ」というそうだ。

 イランに入り、峠道を下っていく。かなりの急勾配。イラン側はアスファルト舗装。2車線の道でトルクメニスタン側に負けず劣らずのいい道だ。山中を抜け出ると、広々とした盆地に下っていく。一面のブドウ畑。正面にはエルブルーズ山脈の山々が薄っすらと霞んで見える。

 イラン東部の中心地、メシェッドとカスピ海沿岸の町々を結ぶ幹線道路にぶつかる。T字路を右へ。右手にアルボルゾ山脈、左手にエルブルーズ山脈を見ながらカスピ海に向かって走る。

 シルバンに到着。なつかしい。

 今から30数年前の1971年にスズキ・ハスラーTS250を走らせ、「世界一周」をした。そのときは、パキスタンからカイバル峠を越えてアフガニスタンに入った。ところがアフガニスタン西部でかなり大きな事故を起こしてしまい、全身、血まみれでイランに入ったのだ。

 イスラム教シーア派の大聖地、メシェッドを通り、このシルバンでひと晩、泊まった。ズキズキと脳天にまで響く痛みにひと晩中、泣かされ、

「これから先、どうなってしまうのだろう」

 という不安感にもさいなまれた。

 そんなシルバンの町を通り過ぎ、18時、宿泊地のボジュヌルドに到着。

 アシハバードから260キロ。トルクメニスタンとイランの間には1時間30分もの時差があるので、16時30分の到着となった。

 我々は「ツーリストイン」に泊まったが、「イラン入国」を祝ってみなさんと乾杯! だが、イスラム教国のイランではカンビールは手に入らない。そこでアルコール抜きのビール風ドリンクで乾杯したのだが、これがうまくない…。

 たっぷりと時間があるので、みなさんとの乾杯のあとは町を歩いた。メシェッドへの乗り合いタクシーが、盛んに「メシェッド、メシェッド!」と大声で客の呼び込みをしている。町中を走るバイクが目につく。

 その日はイスラム暦第9月目、断食月「ラマダーン」の第3日目。日が暮れると、イスラム教徒の最初の食事になる。レストランはどこも、あっというまに満員になった。

 1時間あまりボジュヌルドの町を歩き、「ツーリストイン」に戻る。そして町のレストランで夕食。スープを飲み、サフラン入りのライスのついたミンチのカバブーを食べる。カバブーには焼きトマトがついている。イランではトマトは焼くものと決まっている。

 それとヨーグルト。イラン人はヨーグルトをよく食べる。

 飲み物は「チャイ」。ミルクなしの紅茶だ。紅茶の中に砂糖を入れるのではなく、口の中に砂糖を入れて紅茶を飲むのだ。こうしてイランの旅が始まった。

トルクメニスタンの首都、アシハバードを出発

トルクメニスタンの首都、アシハバードを出発

イランに入った!

イランに入った!

ボジュヌルドで泊まった「ツーリストイン」

ボジュヌルドで泊まった「ツーリストイン」

「ツーリストイン」のビール風ドリンクなど

「ツーリストイン」のビール風ドリンクなど