豪州2周 Australia 2 Rounds 1996
※全行程10647キロ(ダート2本2447キロ) ガルフ(カーペンタリア湾)横断を走破してたどり着いた太平洋岸のケアンズでは、DJEBEL250XCのタイヤ、チェーン、スプロケットを交換し、準備万端整えたところで出発だ。 さー、北へ。目指せ、…
※全行程4350キロ(ダート5本1603キロ) (『バックオフ』1997年7月号 所収) 大陸中央部のアリススプリングスからトップエンドのダーウィンまで1500キロ、その間は、一気走りに挑戦だ! 「オーストラリア一周」前編の「ロード編」では、ア…
※全行程5178キロ(ダート5本2614キロ) (『バックオフ』1997年6月号 所収) ナラボー平原横断をなしとげてたどり着いた西オーストラリアの州都パースは、のびやかな都市だ。オーストラリアの未来を感じさせる明るさがある。 ここではうれしい…
※全行程7670キロ(ダート3本2912キロ) (『バックオフ』1997年5月号 所収) 大陸中央部のアリススプリングスは、オーストラリア・ダート・ルートのキーポイントのような町だ。 「すべてのダートはアリススプリングスに通ず!」 と、いっても…
※全行程4131キロ(ダート5本2613キロ) (『バックオフ』1997年4月号 所収) さー、シンプソン砂漠の横断に挑戦! 最大の難関だ。 大陸中央部のアリススプリングスを離れて行くときは、“豪州の熱風カソリ”、思わずスズキDJEBEL250X…
※全行程4134キロ(ダート3本875キロ) (『バックオフ』(1997年3月号 所収) 1996年9月15日は、ぼくにとっては、一生涯、忘れることのできない記念すべき日だ。「オーストラリア2周後編」(ダート編)の出発日なのである。東京・新宿駅…
(『月刊オートバイ』1997年12月号 所収) 「オースラリア一周」も、いよいよ最後の行程だ。ブリスベーンを出発し、R1を南下する。世界最長のハイウエー、オーストラリアの国道1号は、区間ごとに名称が変わるが、ブリスベーンからシドニーまでは、…
(『月刊オートバイ』1997年11月号 所収) オーストラリア最北端のケープヨーク往復の2000キロを走り終え、ケアンズに戻ってきた。そしていよいよ、「オーストラリア一周」のゴール、シドニーを目指して太平洋岸を南下していく。 その途中では、最…
(『月刊オートバイ』1997年10月号 所収) 太平洋岸のケアンズからは、オーストラリアの大陸最北端の地、ケープヨーク(ヨーク岬)へ。その間の1000キロは、ほぼ全線がダートなのだ。 ケープヨークへの道は、オーストラリアでも有数のハードなダー…
(『月刊オートバイ』1997年9月号 所収) 大陸縦断ルートの「ダーウィン-アデレード」間の往復7500キロを走破し、また、ダーウィンに戻ってきた。 オースラリア人は北部地方を“トップエンド(地の果て)”と呼んでいるが、その中心地がダーウィンだ…
(『月刊オートバイ』1997年8月号 所収) ダーウィンから大陸を縦断してたどり着いたアデレードでは前回同様、バックパッカーズの「ラックサッカーズ」に宿泊。ここは日本人ライダーの溜まり場だが、なんと“王様”や“広さん”とうれしい再会をした。 この…
(『月刊オートバイ』1997年7月号 所収) オーストラリア北部の中心地ダーウィンからスチュワートハイウエーを南下し、アリススプリングス経由で大陸を縦断し、アデレードまで行った。 その間では、ノーザンテリトリーの3湯の温泉に入った。どこも、自…
(『月刊オートバイ』1997年6月号 所収) インド洋岸の港町ポートヘッドランドからダーウィンに向かって北に走ると、猛烈な暑さ。スズキDJEBEL250XCに乗っていても目の前がまっ白になる。頭がクラクラし、思考能力ゼロになってしまう。 R1…
(『月刊オートバイ』1997年5月号 所収) ウエスタン・オーストラリアの州都パースは、いかにもオーストラリアらしいのびやかな、明るい都市だ。そんなパースから北へと向かって行く。 シドニーからパースまでの大陸横断は寒さとの戦いの連続のようなも…
(『月刊オートバイ』1997年4月号 所収) アデレードから西へ、パースへと向かっていくと、とてつもなくデッカいオーストラリアに出会うようになる。天も地も、けた外れのデッカさだ。 自分の心の中まで、スコーンと抜けたようなデッカさになのだ。 広…
(『月刊オートバイ』1997年3月号 所収) オートバイ・ツーリングのおもしろさは、いろいろなところで、いろいろな人たちに出会えることだ。 タスマニア島一周を終え、メルボルンに戻るフェリーでは、初めて日本人ライダーに出会った。メルボルンでは3…
(『月刊オートバイ』1997年2月号 所収) 50㏄バイクのスズキ・ハスラーTS50で「日本一周」したときは、日本の最東西南北端の岬に立った。 これが、我らライダーの習性。最果ての地に、すごく行ってみたくなるものなのだ。 「オーストラリア一周」で…
(『月刊オートバイ』1997年1月号 所収) 「メッタメタに走ってやる!」 これがカソリの「オーストラリア一周」、一番の目的。 みなさんもきっと、そんな気持ちになったことがあると思うが、ぼくは無性にオートバイで長距離を走りたくなったのだ。 それ…
※2008年9月23日記す 40代も後半になったところで、ぼくは体力勝負で250㏄バイクのスズキDJEBEL250XCを走らせ、オーストラリアを2周することにした。 「オーストラリア2周」というのは、20代にもやっているので、このときが2度目ということ…