賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

2013-06-01から1ヶ月間の記事一覧

「鵜ノ子岬→尻屋崎2012」(63)

7月18日6時、八戸駅前の「東横イン」を出発。天気は快晴。抜けるような青空が広がっている。 駅近くのマックで朝食を食べ、スズキの650ccバイク、V-ストロームを走らせ、国道45号で八戸道終点の八戸北ICへ。ここで東北道→八戸道と高速道を一…

「鵜ノ子岬→尻屋崎2012」(62)

重茂半島から国道45号に出ると、宮古湾を見ながら走り、宮古に到着。時間は18時。東日本大震災1年後の「鵜ノ子岬→尻屋崎」では、宮古を過ぎると、雪とアイスバーンにさんざん泣かされた。恐怖のナイトランのシーンが思い出されてならなかった。 そんな…

「鵜ノ子岬→尻屋崎2012」(61)

山田からは「日本の秘境」の重茂半島に入っていく。 本州最東端の岬、トドヶ崎への入口が姉吉漁港。ここは今回の平成三陸大津波で38・9メートルという最大波高を記録した所。漁港は大津波に飲み込まれ、大きな被害を受けたが、姉吉の集落は無傷で残った。…

「鵜ノ子岬→尻屋崎2012」(60)

大船渡からは国道45号を北上。釜石を通り、鵜住居へ。ここまでが釜石市になる。 鵜住居は釜石市最大の被災地。ここだけで1000人もの犠牲者を出した。悲劇だったのは、津波の避難訓練に使われていた鵜住居地区防災センターに避難した100人以上もの人…

「鵜ノ子岬→尻屋崎2012」(59)

宮城県の唐桑半島から国道45号に出ると、県境を越えて岩手県の陸前高田に入った。 東日本大震災で町が消えた陸前高田は、今回の「平成三陸大津波」の最大の被災地といっていい。高田松原で唯一残った「奇跡の松」も枯れてしまった。 陸前高田の海岸は地形…

「鵜ノ子岬→尻屋崎2012」(58)

「からくわ荘」の朝食を食べると出発。国道45号への途中では、唐桑半島東側の大理石海岸にある「巨釜・半造」に寄っていく。 まずは巨釜だ。 駐車場にスズキの650ccバイク、V-ストロームを停め、遊歩道を歩き、断崖の突端へ。そこからの眺めは大きな…

『バイクで駆ける 地球食べある記』増補版電子書籍、出ました。

諸事情で、本日ようやっと正式リリースのお知らせとさせていただきます! ご吹聴のほど、よろしくお願い申し上げます。

『極限の旅』(山と渓谷社、1973年)その8

五十二人乗りの飛行機は、ベンガル湾上のモンスーン期の厚い雨雲の中を飛ぶので、グラグラと大揺れに揺れた。デンマーク人一家の五人、アメリカ人四人、インド人二人、それと私。機内はガラガラである。皆、あまりの揺れのひどさに真っ青である。十字をきる…

【ご連絡】4月下旬に『アフリカよ [電子書籍新版]』をお買い上げいただきました方へ

(管理人) 今さらで恐縮ですが、4月下旬の発売当初に電子書籍『アフリカよ』をご購入いただいた方(200円だった時期です)にご連絡差し上げます。 本コンテンツ、バージョンアップしております。目次に戻ったときに縦横が狂うバグを修正し(私も不注意です…

『極限の旅』(山と渓谷社、1973年)その7

大洪水 八輌の客車を引張るジーゼルカー、マンダレー行き急行列車はモンスーン期の、ビルマの穀倉地帯をひた走りに走る。一面に水をかぶった水田がどこまでも続き、田植、稲刈りをする女たち、牛を使って田を耕す男たち、かけ声をかけながら水牛を追う少年、…

『極限の旅』(山と渓谷社、1973年)その6

日が沈みかかると、アスラムさんは「もうすぐベラだよ」と言った。やれやれと思わず安堵の胸をなでおろした。すっかり日が暮れ、あたりが暗くなったころ、バスはポラリ河畔に出た。上流で雨が降ったとみえ、かなりの水量。バスは川を越えることができず、ア…

カソリ、昨夜のOZ戦を語る。

カソリより、昨夜の一戦について。 === 昨夜は勝ってほしかったけれど、 「あー、負けた」 と思った試合を土壇場で追いついてくれて、もうやったー! やった! やったー!の連呼。 ど真ん中のPKを決めたのは本田らしかったですね。 これで展望が大きく…

『極限の旅』(山と渓谷社、1973年)その5

クウェッタからまる二日、クズダールに着くと、大きな市でもあるのだろうか、周辺のステップや砂漠からやってきたラクダに乗った遊牧門がたくさん集まっていた。 話に聞いたとおり、ここからベラまでが実にたいへん。まずバスの便がおそろしく悪いのだ。 「…

『極限の旅』(山と渓谷社、1973年)その4

夜が明ける。目をさますと汽車はインダス川流域の平原から、スレイマン山脈の岩山地帯に入っていた。山々に緑はほとんど見られない。前の日の暑さがまるでうそのようにひんやりとしていた。汽車は苦しそうに汽笛を鳴らし、涸れたボラン川に沿ってゆっくり、…

『極限の旅』(山と渓谷社、1973年)その3

インダス川西岸のドクリ村から、馬車に揺られ三十分ほどで、インダス文明発祥の地、モヘンジョダロ遺跡に着く。強い日ざしに悩まされながら、不気味に静まり返った「死の町」を歩きまわった。 よく整備された街路や下水溝、いくつもある井戸の跡や公衆浴場、…