賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

『極限の旅』(山と渓谷社、1973年)その3

 インダス川西岸のドクリ村から、馬車に揺られ三十分ほどで、インダス文明発祥の地、モヘンジョダロ遺跡に着く。強い日ざしに悩まされながら、不気味に静まり返った「死の町」を歩きまわった。

 よく整備された街路や下水溝、いくつもある井戸の跡や公衆浴場、大学の跡。どうしてこれが数千年も前に栄えた町の跡だと信じられようか。紀元後に作られたという小高い丘の上にある仏教のストーパからは、悠久の歴史を刻み続けてきたインダス川の流れがはるか遠くに望まれた。

 私がモヘンジョダロで最も気をひかれたのは、最盛期の復元図や発掘された石や銅製のシールに見られる牛車の姿に対してである。なんとその牛は、この地方の人々が現在使用しているものと全く同じではないか。

 遺跡に近い町々もモヘンジョダロと非常に似ている。裏通りを歩いていると、あたかも現代から突然紀元前の世界に引き戻されたような気がする。数千年という気が遠くなるほどの時の流れは、この地方の人たちにとって、いったいなんだったのであろうか。歴史とは人類にとってなんだったのであろうか。モヘンジョダロとその周辺の町々を歩きながら、私はさまざまなことを考えさせられた。

 ジャコババード周辺は西アジアでも、暑さが最も厳しい。学校でそう習ったのか「ここがアジアで一番暑いところだよ」と何人もの人が教えてくれた。一年を通じて一番暑い六月の平均気温三十六・八度、つまり日中はつねに五十度近いことになる。アフリカで最も気温が高いと思われるサハラ砂漠の南、マリ西部のカイで、一番暑い五月が三十四度。これをみても、いかにこのあたりの気温が高いかがわかる。

 バスを乗りついでやってきた私は、どくどくと流れ落ちる汗にいたたまれず、ジャコババードに着くやいなや駅の裏で裸になり、何度も水をかぶった。そのおかげで、やっと人心地がつく。

 ジャコババードで夜汽車に乗った。汽車はインドでは考えられないほどガラガラ。パキスタンに入ってすぐ感じた違いのひとつに汽車があったが、パキスタンではどこに行ってもひどい混雑はない。車内の大きな木製荷物棚に寝袋を敷き、寝る用意をする。夜が更けてもまだ暑く、汗が流れ落ちてしかたなかった。