賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

(10)「オーストラリア2周7万2000キロ」(1996年)の「トトロちゃん」

 国道1号での「オーストラリア一周」中でのことだ。

 北部オーストラリアのブルームを出発。猛烈な暑さの中をダービーに向かう。その間は240キロ。昼過ぎ、ダービーに近づいたときのことだ。町まであと10キロぐらいのところを、何と、日本人女性が歩いているではないか。てっきり、彼女がヒッチハイクしているものだとばかり思った。色白のかわいらしい女の子で、小さなザックを背負っていた。

 彼女のかわいらしさに心ひかれ、

「ガンバッテね」

 と、ひと声かけようとUターンした。

「こんにちは~ぁ」

 とあいさつすると、彼女はニコッとほほえんでくれた。

 その笑顔に胸がキューンとしてしまう。

 彼女はヒッチハイクしているのではなく、どうしても見たいものがあるので、この炎天下、ダービーの町から歩いてきたのだという。彼女をそこまで駆り立てたものとは、宮崎駿原作の『となりのトトロ』に出てくる木のモデルになったボーブの大木なのだという。「どうぞ、どうぞ、乗ってくださいよ」

 と、なかば強引にスズキDJEBEL250XCのリアに彼女を乗せ、そのボーブの大木までタンデムで行った。ボーブとはアフリカのバオバブと同じで、世界でもアフリカのサバンナ地帯とオーストラリアのこの地方にしかない。

「オーストラリア一周」で、まさか美人とタンデムするだなんて…、夢にも思わなかった。遠慮がちに、ぼくの肩に、そっとのせた彼女の手のあたたさが、自分の肌に伝わってくる。 そのボーブは“プリズン・ボーブ・トゥリー(牢屋のボーブの木)”と呼ばれる大木で、幹には洞があり、人が楽に入れるほどの大きさなのだ。

“トトロの木”のボーブを見たあと、彼女とふたたびタンデムでダービーまで行き、レストランで食事した。なんとも楽しいひとときだった。食後のコーヒーを飲みながら彼女といろいろな話をした。つい今しがた出会ったばかりだとはとても思えないような、まるで恋人と話しているかのような気分になった。いわゆる「一目ぼれ」というヤツだ。

 彼女は「バスダー」(バスでまわる旅人のこと)で、4ヵ月がかりでグレハン(グレイハウンド)を乗り継ぎ、オーストラリアを一周中。だが、とてもそんな長旅をしているようには見えず、清楚な美しさを保っていた。花でいえば、白いナデシコといった風情なのだ。それがたまらない。

 あっというまに時間が過ぎ、夕方、彼女と握手して別れた。何とも名残おしい別れ…。

 彼女は夜の便のグレハンに乗り、ぼくはナイトランで560キロ先のホールスクリークに向かう。お互いに名前も知らないまま別れたが、彼女のことを「トトロちゃん」と呼ぶことにした。満天の星空の下を走りつづけたが、何度も「トトロちゃん」の笑顔が目に浮かび、ナイトランの辛さをやわらげてくれるのだった。