賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリの新・峠越え:神奈川(10)順礼峠(じゅんれいとうげ)

 2006年6月14日、梅雨の合間を縫っての峠越え。我が家に近い順礼峠を目指す。「天気は大丈夫そうだな」と見極め、昼過ぎに出発。スズキDR-Z400Sを走らせて七沢温泉へ。そこまで7キロ。土山峠編(神奈川-3参照)のときにも立ち寄った「七沢荘」(入浴料1000円)の露天風呂に入る。ここはぼくの好きな温泉なのだ。

「七沢荘」の湯から上がると、すぐ近くにある順礼峠への登り口に行く。七沢温泉とは県道64号をはさんで反対側(東側)だ。

 順礼峠への登り口近くにバイクを停め、歩いて登っていく。順礼峠を越える自動車道はなく、歩いての峠越えになる。山道を登りはじめると、じきに鹿よけの防護柵。自分で防護柵をあけ、また閉めておく。峠までは0・6キロ。15分ほどで登れた。

 順礼峠は板東33ヵ所の札所巡りの巡礼道。5番札所の飯泉(小田原・勝福寺)から6番札所の飯山(厚木・長谷寺)に向かう途中で越える峠だった。しばし峠にたたずみ、白装束に身を包んだ巡礼者たちが、この峠を越えていった時代を偲んでみるのだった。

 順礼峠は十字路になっている。峠を越える「峠道」と尾根を行く「山上道」が峠で交差している。峠は交差点。そのため「辻」といわれることもある。奈良県の国道168号の天辻峠の「辻」などがその例だ。

 いったん、来た道を戻り、DRに乗る。七沢のコンビニでおにぎりとペットボトルのお茶を買い、「七沢森林公園」(入園無料)に行く。駐車場(平日は無料)にバイクを停め、今度は歩いて尾根道を行く。展望台のある「ながめの丘」から順礼峠へと下っていく。下りきったところが巡礼峠になる。

 峠というのは峠道を行けば、登りつめたところが峠になるが、尾根道を行くと下りきったところが峠になる。たとえば、みなさんもよく走る伊豆スカイライン芦ノ湖スカイラインなどのスカイラインは現代版の山上道。それらスカイラインを走ってみればよくわかることだが、下りきったところが峠になっている。峠を通過すると、また登りになる。

 それはさておき、順礼峠からさらに尾根道を歩き、白山まで歩いていく。歩きやすい山道。森林浴をしながら気分よく歩ける。こうしてバイクを離れ、自分の足で歩いてみるのもいいものだ。白山への途中では物見峠、狢坂(むじなざか)峠と、2つの峠を越える。尾根道を行くので「峠を越える」という表現は当たらないかもしれない。より正確にいえば「峠を通る」、もしくは「峠を通過する」ということになるのだろう。

 ところで物見峠は急な坂を登りつめたところが峠になっていた。そこに「物見峠」の表示があった。地形的には「物見峠」ではなく「物見山」。峠を越える峠道は残っていないのでなんともいえないが、おそらく物見峠を歩いて越えていた当時の峠は、今の「物見峠」の表示のある山頂の南側か北側の尾根の鞍部であったことだろう。狢坂峠も同様だ。今の狢坂峠もやはり山頂になっている。これら巡礼峠、物見峠、狢坂峠の3峠のうち、きちんと峠道が残っているのは順礼峠だけだった。

七沢森林公園」から1時間30分、3キロほどの尾根道を歩いて標高283メートルの白山に到着。Tシャツは汗でビショビショ。でも最高に気持ちいい。繰り返しになるが、このようにバイク旅に「歩き」を織りまぜるのはすごくいい方法だとぼくは思っている。

 白山の山頂に誰もいないのをいいことに、裸になってさきほどのコンビニで買ったおにぎりを2個をむさぼり食った。元気が出たところで、山麓の飯山の長谷寺に下っていく。往路は男坂、復路は女坂。この飯山の長谷寺は「飯山観音」で知られているが、桜の季節には大勢の花見客がやってくる。飯山観音を参拝したところで、展望台のある白山の山頂に戻った。

 こうして夕方、「七沢森林公園」に戻ってきたが、往復で3時間30分の山歩きだった。バイクのブーツのままで歩いたので、ちょっと足が痛くなったが、それがかえって心地よかった。DR-Z400Sに乗ると、10分もかからずに我が家に到着。「順礼峠」というひとつの峠を目指しただけで、存分に丹沢の自然を満喫することができたのだ。

順礼峠への尾根道
順礼峠への尾根道

順礼峠の地蔵
順礼峠の地蔵

白山の山頂
白山の山頂

「七沢森林公園」から夕暮れの七沢を眺める
七沢森林公園」から夕暮れの七沢を眺める