賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリの峠越え(22) 中国編(5):広島県西部の峠(パート2) (Ridges in Chuugoku Region)

 (『月刊オートバイ』1995年1月号 所収)

 

 前回の「広島県西部の峠(パート1)」にひきつづいて、今回は、そのパート2だ。

 前回は、中国自動車道を戸河内ICで降りた戸河内を出発点にし、広島・島根県境の峠を中心に峠越えをおこない、戸河内を終着点にした。

 

 今回は、広島・山口県境の峠を中心にしようと思う。このエリアというのは、ぼくにとってはきわめて思い出深い。

 もう20年も前のことになるが、

「日本をトコトン駆けめぐってやるぞ!」

 と決心し、その第一歩を踏み出したところ。“カソリの原点”といってもいいようなところなのだ。

 

20年前の思い出の地

 JR可部線の戸河内駅近くの「戸河内旅館」でひと晩泊まったが、宿のやさしいおかみさんに早めの朝食を頼み、朝食を食べ、7時に出発。DJEBEL200のエンジンを始動させると、いつものように、

「さー、行くぜい!」

 と、ひと声かけて走りだす。天気は上々だ。

 

 まず最初に行ったのは、戸河内から10キロほどの、舗装路の行き止まり地点にある那須という戸数が50戸ほどの山村だ。

「なつかしい!」

 ぼくは20代の大半を費やして世界を駆けめぐったが、自分の国、日本を本気になってまわりはじめたのは、20代も後半のことである。その第一歩として、最初に行ったのが、この広島県西部だった。

 

 広島を出発し、湯来温泉に泊まり、次の日、戸河内からフラリと、この那須の集落までやって来たのだ。冬が終わろうかという季節で、雪が降っていた。

「こんにちは」

 と、通りがかったオバチャンにあいさつをかわしただけなのに、

「お茶でも飲んでいきなさい」

 といわれた。

 

 オバチャンの家に上がらせてもらと、お茶どころか食事までご馳走になった。さらに近所の人たちも集まり、酒を振る舞われ、イロリの火を囲みながらの酒宴の様相となった。

 那須のみなさんには、山を舞台にしての生活の話をいろいろと聞かせてもらったが、胸にスーッとしみ込んでいくような話の数々だった。

“那須”という、地図で探し出すのも難しいような山村だが、そこに立つと、20年前の思い出が色鮮やかによみがえってくる。それは思わず涙ぐんでしまうほどのなつかしさだった。

 

天上山を越える峠道

 名残おしい那須を後にし、JR可部線の戸河内駅前に戻ると、R191からR186に入り、筒賀村で国道を左折。天上山(973m)を越える天上山林道に向かっていく。

 林道入口でDJEBELを止め、地図を見ていると2台のオフロードバイクが下ってきた。そのうち、DT200WRが止まり、乗っている人に声をかけられた。

「カソリさんですよね!」

 

 広島市内でフランス料理のレストランをやっている柿坂忠さん。

「これから、日本海の海を見に、益田まで行ってきますよ」

 という柿坂さんの、そのひとことが、なんともいいではないか。

「カソリさん、天上山林道は今では全線が舗装路になってしまったけれど、天上山を越えて右に入っていく石ヶ谷林道が絶好のダートコースですよ」

 と、柿坂さんからは、林道情報を教えてもらう。

「今度、広島に来るときはぜひともウチの店に立ち寄って下さい。ご馳走します」

 そういって名刺をくれた柿坂さんとの別れだった。これは後日談になるが、峠越えを終えて帰宅すると、ていねいな手紙とともに、ワインが送られてきていた。柿坂さんからのもの。どうもありがとう。

 

 さて、天上山林道だ。柿坂さんの話によると、すこし前までは、かなりハードなダートコースだったとのことだが、今では“山岳ハイウエイ”といったところだ。天上山に向かって登っていくと、見晴らしがよくなり、幾重にも重なり合った山々を一望しながら走っていく。

 天上山の山頂近くの峠には、どでかい林道完成記念碑が建っている。それには参議院議員の名前が、これまたどでかく刻みこまれている。

「この道は、俺さまがつくったんだぞ」

 と、選挙民にいわんばかりの記念碑の、そして名前の大きさである。

 

 峠周辺は高原状の地形。さきほどの柿坂さんに教えてもらった石ヶ谷林道を走ろうと思ったが、入口がわからず、なんと、そのまま峠道を下ってしまった。残念……。

 筒賀村と湯来町の境になっている天上山の峠を下ると、R433とのT字路に出る。右折し、すぐ近くの湯ノ山温泉に行く。湯之山明神の境内にある共同浴場「湯の山温泉会館」の湯につかる。峠を越えたあとに入る温泉が、これがいいんだ! 湯ノ山温泉は歴史の古い温泉で、江戸時代には、広島藩主浅野家の湯治場になっていた。

 

ぐるりと一周の峠越え

 湯ノ山温泉からR433をわずかに西に走ると、湯来町の中心の、R488との交差点に出る。そこを出発点にして、湯来→廿日市→広島→湯来と、ぐるりと峠越えルートを一周することにする。

 R433を南下すると、まず、北谷という集落で峠を越える。峠といっても、ゆるやかな高原状の地形なので、どこが峠なのかわかりにくい。北谷は峠のま上の集落なのだ。

 

 次は、湯来町と廿日市市の境の峠。その名も“峠”という集落を過ぎると、道幅はぐっと狭くなる。とても国道とは思えないほど。交通量も少なくなる。タイトなコーナーが連続する峠道を登りつめ、峠に立つと、廿日市の町並みの向こうに瀬戸内海が見える。

 湯来町と廿日市市の境の峠を下っていくと、R2の西広島バイパスに出る。交通量がいっぺんに増える。

 

 自動車専用道の西広島バイパスをDJEBELのアクセル全開でつっ走り、広島の中心街に入る手前で左折。県道71号広島湯来線に入る。

 Jリーグの広島サンフレッチェのホームグランドで、アジア大会のメイン会場にもなった広島ビッグアーチの前を通り、高架の新交通システム、アストラムラインを見ながら走る。

 

 南阿佐区の大原から桜ヶ峠へ。あっというまに山中に入っていくが、それは、広島という100万都市のすぐ近くまで山々が迫っているのを実感させる。

 桜ヶ峠への道は、峠に近づくにつれて狭くなり、車のすれ違いも難しい。そんな峠道のブラインドのコーナーに、4トントラックが勢いよくつっ込んでくる。

「ワー、ヤラレター!」

 と、思わず観念したが、からくも路肩スレスレでトラックをかわした……。

 

 ふざけた野郎だと、こみ上げてくる怒りをなかなか静められなかったが、衝突していたらもちろん、路肩を踏みはずしても一巻の終わりだった……。

 このようなとき、ぼくはいつも思うのだが、もし路肩を飛び出して谷底に転落し、それが死亡事故になっても、おそらくトラックはそのまま走り去っていくだろう。その結果、当然、事故原因はわからないままなので、自損事故でかたずけられてしまうことだろう。

 

 体の震えるような思いで桜ヶ峠を越え、吉山に下っていく。まわりを山々に囲まれた山村の風景だが、このあたりも広島市なのだ。

 ぐるりと一周コースの最後の峠は、不明峠。さきほどの桜ヶ峠とは違って、幅広い2車線の峠道だ。広島市と湯来町の境の不明峠を越え、峠を下っていくと、R433に出、R488との分岐点に戻ってくる。湯来→廿日市→広島→湯来の70キロの一周コース。おもしろい峠越えのコースだった。

 

がらっと変わる峠道

 R433とR488の分岐点から、今度はR488に入り、湯来温泉へ。ここでは国民宿舎「湯来ロッジ」(入浴料300円)の湯につかる。打たせ湯や寝湯もある大浴場には気分よく入れた。

 湯から上がると、食堂で昼食のカレーライスを食べる。入浴客が多いので、食堂も混んでいた。カレーライスを食べながら、ぼくは感無量だ。

 ぼくは日本中の温泉に入りまくろうと、地図上に温泉の印をみつけると必ず立ち寄るようにしているが、現在、700湯あまりの温泉に入った。その記念すべき第1湯目が、この湯来温泉なのである。

 

 湯来温泉を過ぎると、R488は東山渓谷という美しい渓谷沿いの道になる。国道とは名ばかりのような幅の狭い道を走る。東山渓谷の渓谷美には、何度も目を奪われた。

 湯来町から吉和村へ。やがて渓谷を離れ、峠道を登っていく。峠近くの“もみの木森林公園”まで来ると突然、峠道がよくなる。センターラインの引かれた2車線の道。

「おー、なんだ、これは」

 と、思わず声が出るほどの変わりかただった。

 

 峠の周辺は別荘地になっている。R488のその峠には、とくに名前はついていないようだったが、名無しの峠をくだっていくと、R186に出る。

 ここからは、瀬戸内海の大竹までずっとR186を走り、その途中の温泉を総ナメにし、さらに寄り道して、広島・山口県境の峠を越えるのだ。

 

広島山口県境の峠越え

 R186を西へ。国道沿いの一軒宿の温泉、潮原温泉(入浴料500円)に入る。気分をさっぱりさせたところで峠へ。吉和村と佐伯町の境が、峠になっている。このあたりは高原状の地形で、ゆるやかな峠だ。広電バスの冠高原のバス停がある。このR186の峠には、名前はついていないようだ。

 広島・島根・山口の3県の境にそびえる冠山(1339m)の南側に位置する峠で、このあたりが、広島市内から瀬戸内海に流れ出る太田川の水源になっている。

 

 R186の名無し峠を羅漢温泉まで下っていく。国道のわきにある一軒宿の温泉だ。入浴料300円。ドライブインも兼ねている。さっとひと風呂浴びたところで、R186を離れ、広島・山口県境の生山峠に向かっていく。

 羅漢山(1109m)のすぐ北側に位置する生山峠は標高835メートル。津和野藩(島根県)の参勤交代路になっていたような歴史の古い峠で、現在の自動車道の峠道の近くには、苔むした石畳の峠道か残っている。

 

 生山峠という峠名の由来がおもしろい。

「治承4(1180)年11月8日の夜、黒雲と共に神光が、大原(峠下の山口側の集落)明神社の大岩に落ちた。村人たちが様子を見にいくと、大岩には1匹の大蛇が巻きつき、たいへんなまぐさかった。それ以来この付近の山は“なまぐさ山”と呼ばれるようになり、それが後年、“なま山”になったという」

 と、書かれた案内板が、峠に立っていた。

 

 生山峠を越えて山口県に入る。峠を下るとR434とのT字路に出、右折し、今度は山口・広島県境の松ノ木峠に向かっていく。峠下の渓谷、寂地峡は、絶好のツーリング・スポット。錦川の支流、宇佐川の渓谷である。

 寂地峡は、「日本の名水100選」にも選ばれているような水のきれいなところだが、ここには竜尾、登竜、白竜、竜門、竜頭と、5つの滝が連続し、“5竜の滝”と呼ばれている。一見の価値が十分にある名瀑で、ぜひともオートバイを止めて歩いてみよう。

 

 寂地峡の“5竜の滝”を見たあと、松ノ木峠の峠道を登っていく。

 松ノ木峠に到着。山口・広島県境の標高796メートルの峠だが、その名のとおり、周辺は赤松の林だ。

 山口側は、“錦町松ノ木峠”と標示されているが、広島側は“吉和村冠峠”と標示されている。冠山の南側、冠高原を越える峠なので冠峠なのだろうが、このように同じ峠が別の名前で呼ばれることは、そう珍しいことではない。

 

 松ノ木峠を越えて広島県に戻り、R186に合流。小瀬川に沿ってR186を大竹へ。その途中、ともに一軒宿の岩倉温泉(入浴料300円)、釜ヶ原温泉(入浴料1200円)に入り、R2の大竹に出る。

 ひと晩、宮島を目の前にする宮浜温泉に止まる。翌早朝、R2で広島県から山口県に入り、岩国へ。

 岩国が次回の峠越え「山口・島根県境の峠」の出発点になるのだ。