賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリの峠越え(21) 中国編(4):広島県西部の峠(パート1) (Ridges in Chuugoku Region)

 (『月刊オートバイ』1994年12月号 所収)

 

 広島県西部の中国山地には恐羅漢山(1346m)とか冠山(1339m)といった標高1300メートル前後の山々が連なっている。

 全体がなだらかな中国山地の中にあっては、このあたりは、目立って山並みが盛り上がっている。

 中国地方随一のダートコース、十方山林道もこのエリアにあって、十方山(1319m)の北側を走っている。

 2回にわたって、峠越えのフィールドは、この広島県西部。行きがけに信州に寄り、そのあとは高速の一気走りで広島まで走りつづけた。

 

豪州軍団との再会

 1994年8月21日午前0時、神奈川県伊勢原市の自宅を出発する。峠越えの相棒は、DJEBEL200。相模湖ICから中央道に入り、DJEBEL200のアクセル全開で突っ走る。 じきに雨……。猛暑の夏だけど、ま夜中の雨は寒いよー。

 腹がたつほどなのだが、中央道は、ずっと雨だ。おまけに猛烈な睡魔。ときにはうつらうつらしながら、3時30分、岡谷ICに到着する。

 

 R20で塩尻峠に向かい、その途中で左折し、勝弦峠を登っていく。

 岡谷市と塩尻市の境の勝弦峠から、稜線上のカーブが連続する道を走る。雨は小降りになったが、濃霧がたちこめ、10メートル先も見えない。

 やがて下りカーブになり下るにつれて霧は消え、そのかわりにまた雨が激しくなった。 午前4時、“しだれ栗森林公園”に到着。このあたりには、しだれ栗の木が多いということだ。

 

 この、“しだれ栗森林公園”のキャンプ場で、昨年一緒にオーストラリアを走った“豪州軍団”のメンバーが、キャンプしているのだ。DJEBEL200のエンジン音を聞きつけ、みなさん全員が、飛び起きてきてくれた。

 なんともうれしいみなさんとの再会!

 

 豪州軍団の結束は固く、北は北海道から南は九州から、15人のメンバーのうち12人が集まったのだ。上原和子さん、錦戸陽子さん、増山陽子さんの女性軍は、全員が参加した。

 ここには温泉があって、男性軍につきあってもらい夜明け前の湯に入る。そのあとシュラフにもぐり込んで、2時間ほど、死んだように眠りこけた。

 

 みなさんとの楽しい朝食のあと、ダートを数キロ走り“日本のへそ”にいく。

 雨は上がった。日本各地の何ヵ所かに“日本のへそ”があるが、ここ長野県辰野町には、“日本中心の標”の碑が建っている。その前でのりのいい我ら豪州軍団は、パフォーマンスを織りまぜて記念撮影するのだ。

“日本のへそ”から岡谷に下り、ファミリーレストランで昼食。話がはずみ、1時間以上、ねばる。が、それを最後にみなさんと別れる。次回の再会を約束し、ぼくは岡谷ICから高速に入った。

 

 中央道→名神→中国道と一気に広島に向かう。

 途中の名神は、激しい雷雨。たたきつけるような豪雨にもめげず、DJEBELのアクセル全開で、高速道を一気走りする。大津→吹田間の大渋滞も、豪雨の中のスリ抜けでかわしていく。

 吹田JCTから中国道に入り、西宮名塩SAで、『全国温泉宿泊情報』(JTB刊)のページをめくりながら、広島県千代田町の千代田温泉「千代田パークホテル」に電話を入れる。ラッキー。宿泊OK!

「これで、今晩の宿は決まった」

 心やすらかに、雨の中国道を西へ西へとひた走る。

 

 午前0時、千代田ICに到着。自宅を出てから24時間で900キロ走ったことになる。ICから4キロほどの「千代田パークホテル」にいくと、いやな顔もされずに部屋に案内される。

 風呂が最高!24時間入浴可の大浴場。気分よく入れた。湯から上がると、バタンキューで眠りに落ちた。

 翌朝は、目をさますとすぐに朝風呂に入り、宿の朝食をたべずに、午前7時に出発したが、この千代田温泉「千代田パークホテル」はサービスがよく、いい温泉で、1泊2食の料金が8500円からと、カソリおすすめの温泉宿だ。

 

R191の峠、峠、峠

 千代田ICから中国道をさらに西へ。戸河内ICで中国道を降り、R191を走りJR可部線の戸河内駅前にDJEBELともども立った。そこが、今回の「広島県西部の峠(パート1)」の出発点なのだ。

 まず最初は、R191で広島・島根県境の峠までいってみる。R191は、峠越えの連続するルートなのだ。

 

 戸河内駅前を走り出すとじきに名所の三段峡への道と分岐し、山中へと入っていく。虫木ノ峠を短いトンネルで抜けて越え、峠を下るとR191は、カクンと急角度で左に折れる。

 次に「いこいの村ひろしま」のある深入山(1153m)に向かって登り、西麓の深入峠を越える。峠を下ったところで、大規模林道大朝鹿野線と交差するがこの大規模林道は、山岳ハイウェーのような幅広い舗装路だ。

 

 R191は、つづいて、3番目の道戦峠を越える。戸河内町と芸北町の境の峠だが、何か、いわくのありそうな峠名だ。芸北町に入ると、ゆるやかに起伏する高原の風景に変わる。

 そして第4番目の広島・島根県境の峠に到着。DJEBELを止め、しばらくは、峠の空気を吸う。

 この県境の峠は、ゆるやかな高原の峠だからであろう、とくに、名前はついていないようだ。この峠を越えて島根県に入り、峠を下っていくと、日本海に面した益田に出る。

 

 ところでR191は下関を起点にし、広島を終点にする国道だが、ぼくの好きなルートのひとつだ。

 下関からは日本海のきれいな海岸線に沿って走り、島根県に入ると、益田からは美都町の峠を越え、堀越峠を越えと、一転して峠越えのルートにかわる。海国日本と山国日本の両方を見られるルートなのだ。

 R191は、この県境の峠からさきほどの峠群を越え、戸河内に出ると、広島県最大の川、太田川に沿って、広島市内へと入っていく。

 広島・島根県境の峠で折り返し、ふたたびJR可部線の戸河内駅前に戻ってきたが、往復で50キロの距離だった。

 

名所の三段峡を歩く

 戸河内駅に戻ると、今度は、名所の三段峡に行く。太田川の支流、柴木川のつくりだした峡谷だ。

 戸河内駅前から3キロほどで、JR可部線の終点、三段峡駅に着く。駅前には蒸気機関車のC11が展示されている。

 この三段峡駅が、三段峡の入口。駐車場にDJEBELを止め、柴木川にかかる長淵橋を渡り、遊歩道を歩きはじめる。

 

 崖っぷちの遊歩道。覆いかぶさってくる樹木は、緑のトンネルのようだ。岩をかんで流れる渓流は、白い渦を巻いている。

 さすがに、西日本を代表する渓谷美の三段峡だけあって、

「おー、これぞ、日本の美!」

 と、感動してしまうほどの景色。

 

 三段峡は、長淵橋から、柴木川をせき止めた聖湖までの11キロにわたってつづいているとのことだが、残念ながら1キロ先の赤滝で引きかえした。

 三段峡の入口まで戻ると三段峡温泉の「三段峡ホテル」で入浴を頼んだが、入浴のみは不可。今度来るときは三段峡温泉に泊まり、三段峡の全行程を歩いてやろうと、そう思いながら戸河内駅に戻った。

 

ついに走った十方山林道

 戸河内駅発の第3弾目は十方山林道をメインにしたコース。これといったダートコースのない中国地方にあって、十方山林道は、まさにナンバーワン林道なのである。

 ぼくは今までに、なかなか機会がなくて十方山林道を走れないでいたが、ついにそのチャンスがやってきた!

 

 戸河内の町並みを離れ、まず、内黒峠を越える。

 内黒峠は内黒山(1062m)の西側を越えていく峠だが、峠道の登りで雨になった。峠を越え、峠道を下っていくと、ま正面に標高1346メートルの恐羅漢山が、雨雲の切れ目からみえてくる。広島県の最高峰。その中腹はスキー場。本格的なスキー場としては日本で一番西だという。

 内黒峠を下るとT字路にぶつかり、そこを左に折れると、すぐにダートに入っていく。それが、十方山の北側を走り抜けている十方山林道だ。

 

 雨が激しくなってくる。ザーザー降りの雨をついてDJEBELを走らせる。さすがに中国地方ナンバーワン林道だけのことはあって、おもしろい走りが楽しめる。

 路面はかなりラフで、石がゴロゴロしていたり、ぬかっていたり、大きな水溜まりができている。道幅は狭く、道の両側には、クマザサがおい茂っている。うっそうとした樹林地帯。渓流に沿って走る。DJEBELのエンジン音を森に響かせる。深山幽谷の地に分け入っていくような雰囲気がある。

 

 さあ、十方山林道の峠越えだ。まず最初は、十方山のすぐ北側の水越峠を越える。水越峠は、戸河内町と吉和村の境の峠だ。次にもうひとつ、吉和村の名無しの峠を越え、R488の舗装に出る。十方山林道のダートは18キロだ。

 新しく国道に昇格したR488は、林道を舗装した程度の道。そんなR488をちょっと走り、すぐに三坂八郎林道に入っていく。

 

 長いダートを期待したのだが、残念ながら、3キロ先から舗装路になる。十方山林道も、この三坂八郎林道も、さきほどの大規模林道大朝鹿野線の一部に組み込まれているようなので、近い将来に全線が舗装になってしまうのだろうか……

 舗装林道の峠道を登り、県境の三坂八郎峠をトンネルで抜け、島根県の匹見に下っていった。

 

五里山峠は水墨画の世界

 匹見は、三段峡と並ぶ匹見峡で知られているが、まず“表匹見峡”を見たあとR488で広島県に向って走る。

 県境の五里山峠を登っていくと、峡谷の風景になるが、そこは“裏匹見峡”と呼ばれている。切り立った山々に雲がたなびき、掛け軸の水墨画の世界から、抜け出したかのような風景なのだ。

 

 県境の五里山峠を越え、広島県に入る。峠を下っていくと、さきほどの十方山林道との分岐点を過ぎ、さらに三坂八郎林道との分岐点を通り過ぎ、R186にぶつかる。

 やっと、雨は上がる。そのとたんに、青空が顔をのぞかせ、カーッと強い日差しが照りつけてくる。あわてて雨具を脱ぎ、Tシャツ1枚になって走るのだ。

 

 R186で戸河内へ。国道は中国道に並行して走っている。ゆるやかな峠を越える。石ヶ峠だ。吉和村と筒賀村の境の峠。峠の下りもゆるやかだ。

 戸河内IC近くでR186はR191に合流。戸河内に戻ってくる。「広島西部の峠(パート1)」は、出発点も終着点も戸河内なのだ。

 

 すでに夕暮れ。駅近くの「戸河内旅館」に泊まる。小さな旅館だ。そこでは、岩国から来たという年配の人と一緒になった。

 夕食のビールを飲みながら、その人といろいろと話す。

「朝鮮戦争のころは、岩国はすごいにぎわいだった。米軍の基地があったから、米兵は湯水のように、ドルを使った。あのころのアメリカは、あこがれだった。アメリカ人のような豊かな生活をしたいってね」

 

「あれからもう、40年以上たつけど、今はさっぱりだよ。アメリカ人も、貧乏になってしまったからね。岩国には、ほとんど金を落とさない。日本人のほうが、よっぽど金持ちだ」

「私も若いころは、ずいぶんと、オートバイに乗り回したもんだ。あの当時は国道2号もほとんどが砂利道で、ザーッと滑ってよく転倒したなあ……。だけど、もう怖くてオートバイには乗れないよ」

 そんな岩国の人の話を聞いたが、旅先で出会った人の話というのは、ジーンと胸の奥深くにしみ込んでいく。