賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリの1万円旅(4):本州縦断、無料湯めぐり

(『旅』1995年6月号 所収)

 

 体力の限りをつくし、知力の限りをつくし、自分の限界に挑戦する“1万円旅”のおもしろさには、どんどんとのめりこんでいってしまう。

“1万円旅”のおもしろさに火をつけられたのは、「東伊豆編」の温泉12湯めぐりだった。バイクを1日走らせ、所持金1万円で、熱海温泉から弓ヶ浜温泉までの東伊豆12湯の温泉に入りまくったのだが、旅を終えて帰宅したときは、

「1万円でここまでできるのか!」

 と感動したものだ。

 

 つづいての「北関東編」のはしご湯紀行では“1日1万円旅”の温泉めぐりで塩原温泉郷と三依温泉、川治温泉、鬼怒川温泉の10湯に入った。地図と時刻表をくりかえしながめ、財布の中身と相談しながらの旅だった。1万円という限られた枠の中で、最大限のことをしようと一生懸命に考えるところが、すごくいい!

 

 ということで、今回の“バイク1万円旅”になるのだが、1万円札1枚を持って家を出て、できるだけ長い距離を走ろうと思った。

 ・宿泊費には一銭も使わない

 ・高速道路・有料道路は一切使わない

 ・食費をギリギリまできりつめる

 そんな3つの原則をつくり、本州中央部の無料湯めぐりをすることにした。

 

 まずは自分の知っている無料湯12湯を地図上に落とし、それらを結ぶコースをつくってみる。バイクの持っている機動力をふんだんに発揮し、列車やバス、徒歩ではなかなか行けない秘湯にも足を延ばそうという計画なのだ。

 旅立つ前の、この計画づくりがまた、限りなく楽しい!

 

 1995年3月23日午後12時半、神奈川県伊勢原市の自宅を出発。250ccオフロードバイク、スズキDR250Rのリアにテントやシュラフ、自炊道具などの入ったバッグをくくりつけ、ザックを背負い、カメラの入ったショルダーバッグを肩にかける、という格好で、国道246号を走り出す。

 

 都内へ。14時、日本橋に到着。これから日本海の直江津を目指すのだ。太平洋岸から日本海岸への本州縦断。その途中では、尻焼温泉、切明温泉、燕温泉という秘湯3湯の無料湯の露天風呂に入ろうと思うのだ。

 

 東京・日本橋から国道17号で群馬県の渋川へ。そこから吾妻川に沿って走り、長野原から六合村の山中に入っていく。20時、最奥の温泉、尻焼温泉に到着。さっそく川をせき止めた無料の大露天風呂に入る。川底から湯が湧き出ている。ジャスト適温の湯。外気温が低いので川面からは湯気が濛々とたちこめている。中年のカップルと若いカップル、2組の男女が湯につかっている。長湯できる湯。1時間ほど湯につかり、湯から上がると露天風呂のわきの崖下にテントを張った。

 

 さー、夕食だ。灯油用コンロで、家から持ってきた米を炊き、それに味塩をふりかけて食べる。炊きたてのご飯は、それだけで十分にうまい。お茶漬けのもとを湯に入れ、それを澄まし汁がわりに飲む。

 

 夕食を終えると、また、目の前の大露天風呂に入る。3人のオバチャンたちがやってくる。オバチャンたちは無邪気な歓声をあげながら、水泳大会を始める。自然の湯につかると、年に関係なく、男も女も無邪気になれる。午前0時を過ぎ、オバチャンたちが帰ったところで、ぼくも湯から上がり、テントで寝る。体の芯から温まったので、夜中の寒さも気にならず、ぐっすり眠れた。

 夜が明けるとすぐに露天風呂に入る。今度は誰もいない自分一人だけの湯だ。1時間ほど湯につかり、たっぷりと無料湯を楽しませてもらった。

  

 7時、尻焼温泉を出発。寒い。長野原駅に着いたところで、自販機の缶コーヒーを飲む。つかのまの幸せ。飲む前に缶を両手で握ってあたためる。そのあとで飲むのだが、1本の缶コーヒーのありがた味がグッと増す。このあたりが“1万円旅”のいいところ。すべてのことに感謝したくなる。

 

 長野原からは国道145号→144号で鳥居峠を越える。群馬・長野県境のこの鳥居峠を越えると劇的に変わる。群馬側は国道沿いに残雪が見られ、身を切られるような寒さだったが、峠を越えた信州側は“春うらら”といったところで、春霞に揺れている。上田に下ると、「セブンイレブン」で6枚入りの食パンと6枚入りのスライスチーズを買い、スーパーで4本入りのニンジンを買い、千曲川の河畔で食べる。朝食、昼食は、このパン&チーズ、おかずの生のニンジンという食事になる。

 

 上田から国道18号で直江津を目指す。長野で給油したが、新聞を見せてもらい、無料のコーヒーを飲ませてもらい、さらに無料の信州の地図までもらった。ガソリンスタンドは“バイク1万円旅”のオアシスだ!

 

 長野から切明温泉へと寄り道する。往復で180キロもの寄り道になるが、バイクならば、平気でこのくらいの寄り道ができるというもの。国道117号→405号で越後と信州にまたがる秘境、秋山郷に入っていく。道の両側にはまだかなりの雪が残っている。大赤沢の集落までが新潟県。その先の小赤沢になると長野県。秋山郷最奥の切明温泉まで行き、冬景色同然の雪景色を眺めながら手掘りの川原の露天風呂に入る。風が冷たいので、なかなか湯から出られなかった。

 

 秋山郷最奥の切明温泉から来た道を引き返し、国道18号に戻る。飯綱山、黒姫山と信州北部の火山を見ながら走る。野尻坂を越え、長野県から新潟県に入ると、あっというまに濃霧になった。国道18号から10キロほどの燕温泉へ。このあたりは日本有数の豪雪地帯。妙高山北麓の燕温泉に向かって登っていくと、道路の両側の雪壁はみるみるうちに高くなる。関温泉を過ぎると、なんと4、5メートルの高さ。とても3月下旬とは思えない。バイクで切る風も冷たい……。

 

 最奥の燕温泉まで行き、無料湯の露天風呂「黄金の湯」と「川原の湯」の2湯に入ろうとしたら、道が開いているのは旅館街まで。その先はすっぽりと雪に埋まり、無料湯に入れるようになるのは、5月も下旬のことだという。残念‥‥。

 この「黄金の湯」と「川原の湯」はともにぼくの大好きな温泉。白濁色をした湯の色。「黄金の湯」は巨岩を組み合わせた男女別の露天風呂。「川原の湯」は混浴の露天風呂で湯の白さが強烈だ。

 

 残念ながらそんな燕温泉の無料湯には入れず、国道18号に戻り、直江津を目指した。

 直江津到着は19時。直江津港の佐渡汽船ターミナルを日本横断の第1弾「東京→直江津」のゴールにした。缶紅茶を飲みながら、夕食のパン&チーズを食べていると、佐渡から「おとひめ丸」が港内に入り、岸壁に横づけされた。

 

 直江津を出発し、国道8号で糸魚川へ。途中で雨が降りだす。糸魚川到着は20時30分。ここから国道148号を南下し、葛葉峠を越えて長野県に入り、国道から10キロほど行った小谷温泉へ寄り道をする。小谷温泉まで行くと、道が開いているのは旅館街までで、その先の無料湯の露天風呂への道は冬期閉鎖中。オープンするのは5月1日だという。またしても残念‥‥。日本海側の雪のすごさを思い知らされる。

 日本海の海岸ででも野宿しようと糸魚川に向かったが、雨足が速くなり、大糸線の頸城大野駅で駅泊した。2重丸の寝やすい駅だった。

 

 ぼくは日本中のいたるところで野宿してるが、ずいぶんと駅にも世話になり、“駅泊”もしている。寝やすいのは次のような駅だ。

 ・駅舎のある無人駅

 ・最終の早い駅

 ・待合室がきれいな駅

 ・長いすのある駅

 ・周辺に民家の少ない駅

 ・国道などから離れていて静かな駅

 大糸線の頸城大野駅は上記のような寝やすい駅の条件をすべて満たしていた。

 

 翌朝、目をさますと、ザーザー音をたてて雨が降っている。もうガックリ……。7時になったところで、重い気分で出発。4、5キロで糸魚川に着いたが、100キロの小谷温泉往復だった。

 

 糸魚川から国道8号で富山に向かう。天下の難所、親不知を通って富山県に入り、朝日で小川温泉元湯へと寄り道をする。往復30キロ。立山連峰山麓の一軒宿「ホテルおがわ」から露天風呂への道は、雪崩で埋まり、通れない。露天風呂に入れるようになるのは5月の連休前後だという。日本海側世界の冬は長い。おまけに以前来たときは無料だったが、今は有料で、入浴料300円。その理由というのが何とも悲しいのだが、心ない入浴客が多いからだという。備えつけの賽銭箱を壊した入浴客もいたという。

 

 富山到着は10時30分。富山城の前に立つ。そこが日本横断の第2弾「富山→清水」の出発点だ。国道41号を南へ。雨は小やみなく降りつづく。寒くてどうしようもない。DR250Rのハンドルにしがみつくようにして、ガタガタ震えながら乗る。

 富山県から岐阜県に入り、神岡から奥飛騨温泉郷の栃尾温泉と新穂高温泉に寄り道する。往復60キロ。ただひたすらに我慢、我慢の連続で走ったが、なんと雨は雪に変わり、泣きが入る。

「栃尾温泉、栃尾温泉、栃尾温泉……」と、まるで呪文を唱えるかのように、口の中で栃尾温泉の名を繰りかえす。ところが、その栃尾温泉に着くと、無料露天風呂は工事中で入れなかった。期待が大きかっただけに、落ち込みも大きい。

 

 必死の力をふりしぼって、さらに上流の新穂高温泉へ。雪は一層激しくなり、寒さも一段と厳しくなる。川原の無料湯の露天風呂に着いたときには、震えが止まらず、歯がカチカチ鳴ってどうしようもない。それだけに、新穂高温泉の「新穂高の湯」につかったときのありがたさといったらなく、つかのまの天国の気分を味わった。ここは混浴の露天風呂で、3人の男性と中年のカップルが湯につかっていたが、中年カップルの女性は傘をさしている。その光景が雪見の露天風呂の風情を増していた。

 

 神岡に戻ると、国道41号をさらに南へ。数河峠、宮峠と越えていく。この2つの峠越えは雪で大変……。おまけに身を切られるような寒さだ。中央分水嶺の峠、宮峠通過は15時だったが、峠のデジタル表示の温度計は氷点下4度を示していた。寒いはずである。 宮峠を越え、下呂温泉に下っていくと雪は雨に変わった。下呂温泉では雨に降られながら、飛騨川河畔の無料湯の露天風呂に入った。ここでもやはり中年女性と一緒になったが、新穂高温泉の女性と同じように傘をさして湯につかっていた。この川原の露天風呂はまる見え。対岸の温泉ホテルからは双眼鏡でその女性を見る人たちがいた。

 

 下呂温泉から国道41号→国道257号で舞台峠を越え、18時、中津川着。気温6度。雨も小降りになって、いったんは、楽になった。

 ところが国道19号で長野県の木曽路に入っていくと、またしても雪。それも大雪の様相だ。雪にうちのめされ、何度“1万円旅”を断念しようと思ったことか。温かいラーメンでもすすり、どこか温泉宿で泊まりたい‥‥という誘惑にかられる。そんな自分にムチを打ち、雪道を走る。鳥居峠を越え、21時に塩尻に着く。給油。ガソリンスタンドのストーブにあたらせてもらったが、30分以上も離れられなかった。

 

 なんとしても降雪地帯を夜明け前までには突破しようと、塩尻から国道20号を夜通し走ることにしたが、塩尻峠が最大の難関になった。峠を登るにつれて積雪量が増し、雪で動けなくなった車を何台も見る。ゴーグルにこびりつく雪を振りはらいのけながら、やっとの思いで峠を越える。諏訪盆地への下りでは、ツーッと滑り転倒。膝をしたたか打つ。寒さが厳しいので、よけいに痛みを感じてしまう。

 

 下諏訪から上諏訪、茅野にかけては、交通麻痺の状態で大渋滞。やっと諏訪盆地を抜け、最後の難関の富士見峠を越えた。山梨県に入ると、路面の雪は少なくなった。

  午前1時、韮崎着。雪は小降りになる。韮崎から国道52号で清水へ。雪は雨に変わった。午前2時30分、身延線波高島駅着。前夜にひきつづいての駅泊。夜明けまでの短い時間、シュラフにもぐり込み、死んだように眠った。

 

 なんと、翌朝も雨……。山梨県から静岡県に入り、8時、清水に到着!

 本州縦断の第2弾「富山→清水」のゴール、清水港の岸壁に立った。ほんとうは長野県の白骨温泉(ここには以前、無料の露天風呂があった)と山梨県の芦安温泉に寄りたかったのだが、残念ながら、雪のためにともにパスした。

  

“バイク1万円旅”の最後の行程は「伊豆半島一周」。清水から国道1号で三島へ。柿田川公園で富士山の湧水群を見、三島大社に参拝し、伊豆半島に入っていく。修善寺温泉で無料の露天風呂「独鈷の湯」に入り、戸田峠を越える。「おー、伊豆よ、お前もか」と、思わず嘆きの声が出てしまったほどだが、けっこう激しく雪が降っている。峠は一面の雪景色。

 

 峠道を下ると雪は雨に変わり、西伊豆海岸の戸田まで下ると、ついに雨はやんだ。薄日が射してくる。いつものパン&チーズのほかに、スーパーでサラダとコーヒーゼリー、缶紅茶を買い、戸田漁港の岸壁で昼食にする。天気がよくなったこともあって、満ち足りた食事だった。

 

 西伊豆の海岸線を南下。石部温泉で最後の無料湯の露天風呂に入る。ここでは、まるで“天城の仙人”のような青年と一緒になった。雪の天城山でのテント生活の毎日。湯に入りたくなると、湯ヶ島温泉の共同浴場や、この石部温泉の無料湯の露天風呂に下りてくるという。“天城の仙人”に別れを告げ、伊豆半島最南端の石廊崎へ。岬の先端に立ったときは、思いっきり「万歳!」を叫んでやった。夕日が太平洋に沈んでいく。

 

 石廊崎を後にし、夜道を走る。下田、伊東、熱海と東伊豆を通り小田原へ。伊勢原到着は午後10時。最後の給油。満タンにし、ガソリン代を払う。すると財布の中には335円残った。全行程1702キロ、全費用9665円、“バイク1万円旅”達成の瞬間だ。