賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリの食文化研究所:第20回 函館編

 (『ツーリングGO!GO!』2004年6月号 所収)

「東北縦断」のあと、ひきつづいて函館→稚内の「北海道縦断食べまくり旅」をする。

 夜明け前の函館港フェリー埠頭にスズキDR-Z400Sとともに降り立ったときは、「さー、稚内を目指すゾ!」

 と気合十分。

 まずは北海道の玄関口の函館だ。

 DRを走らせ、函館の市街地を走り抜け、立待岬に立った。目の前の津軽海峡はすごいことになっていた。無数の漁火が煌々と輝き、まるで不夜城のような光景。巨大な石油プラントが暗い海峡に浮かんでいるかのようにも見える。まばゆいばかりのこれら漁火はイカ釣り漁船のもの。

 津軽海峡はイカの一大漁場。日本有数のイカの水揚げを誇る函館は「イカの町」といっても過言ではない。

 夜が明けかかったところで函館駅へ。

 バイクを止めると、函館名物の朝市を歩く。魚介類の売り場では水揚げされたばかりイカがズラリと並んでいる。まだ動いている。

 朝市をひとまわりしたところで、朝市の食堂に入り、「イカソーメン」を注文した。函館に着くと、ぼくは何をさておいても、無性にイカソーメンを食べたくなるのだ。

 食堂のおばちゃんは目の前でとれたばかりのイカ(スルメイカ)をトントントンと鮮やかな包丁さばきで細切りにする。見事な技。

「これはね、まだ生きているイカだからできることなのよ」

 と、おばちゃんはいう。

 活(かつ)イカが簡単に手に入る函館の朝市の食堂だからこそできる料理なのだ。

 さっそくいただく。

 ソーメンを食べるように、ショウガ醤油に汁につけ、スルスルスルッとすするようにして食べる。

 うまい! 

 のどの通りのよさがたまらない。

 シャキッとした新鮮なイカの歯ごたえのよさ。新鮮なイカのかもしだすかすかな甘さ。イカソーメンに添えられているゲソ(足)とゴロ(内蔵)は、ショウガ醤油につけて食べた。まるでそれ自体に命があるかのように、ゲソはまだピクピク動いている。塩辛にするゴロはトロッとした何ともいえない味わい。これらは函館ならではの味覚だった。

 函館ではイカ料理が発達している。

 イカの中に糯米を詰めて煮込んだ「イカめし」や竹串で焼いた「イカの鉄砲焼き」は函館の名物料理。

 さらに酢漬けや沖漬け、粕漬けどのイカ料理がある。松前漬けにもイカは欠かせないものだし、函館産の塩辛も美味なものだ。

 このようなイカ料理の層の厚さがあったからこそ、イカソーメンがこの地で生まれた。函館を含む道南では、もともと細切りの「イカ刺し」(イカの刺し身)だったという理由もあるだろう。

 ここでひとつすごいと感じるのは「イカソーメン」の食感とネーミングだ。

 太切りにした「イカうどん」の食感や「イカそば」のネーミングだったら、これほど多くの人には受け入れられなかったことだろう。

 イカソーメンに北海道の食材の新鮮さと豊かさを見る。さらには日本人の食文化へのあくなき執念と技術の高さ、細やかさを見る。

 日本人とはイカからソーメンをつくり出してしまうような民族なのだ。それが驚きだ。