賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

秘湯めぐりの峠越え(29)安房峠(岐阜・長野)

 (『アウトライダー』1995年9月号 所収)

          

なつかしの新平湯温泉!

 糸魚川から富山までは、北陸道を一気に走る。親不知(おやしらず)を過ぎ、富山県に入ると、やっと雨は上がる。富山からは神通川沿いにR41を南下し、岐阜県に入った。

 神岡の手前で、国道からわずかに右手に入ったところにある割石温泉「神岡町老人福祉センター」(入浴料360円)の湯に入り、かつては鉱山町として栄えた神岡へ。神岡からは神通川の上流、高原川に沿ってR471を走り、奥飛騨温泉郷最大の温泉地、新平湯温泉へ。なつかしの「静山荘」に泊まる。宿のオジサン、オバサンともにお元気だった。

 ぼくが初めて「静山荘」に泊まったのは、今から20年も前のことで、そのときは新婚旅行でやってきたのだ。

 新婚旅行とはいっても、貧乏旅行で、妻の洋子とは、東京・新宿駅を鈍行列車で発ち、松本から大糸線に乗り、糸魚川で1泊した。

 翌日は富山から高山線に乗り、神岡線に乗換え、終点の神岡で下車。たまたま駅前に止まっていたバスに飛び乗り、この新平湯温泉までやってきた。当時は山あいのひなびた温泉で、一重ヶ根温泉といっていた。

 季節外れだったこともあって、大半の宿が閉まっていたが、「静山荘」のオジサン、オバサンは無理を聞いてくれ、ゆっくりしていきなさいといって泊めてくれたのだ。ありがたかった。あやうく新婚旅行で宿なしになるところだった。ぼくたちは「静山荘」が気に入り、2泊した。あのころは、金はなかったけれども、時間だけはたっぷりあった‥‥。

「静山荘」に2度目に泊まったのは、それから10年後、バイクで奥飛騨の峠を越えたときのことだった。

 そのときは、ここ上宝村の村長さんが「静山荘」にやってきて、村長さんが来たからと、議員たちも集まり、臨時村議会風酒宴となり、ぼくもその席に呼ばれた。酔うほどに、みなさんの本音がポンポンと飛び出し、酒宴は夜遅くまでつづき、忘れられない一夜となった。そのおかげで、上宝村がものすごく自分に身近なものに感じられたのだった。

 新平湯温泉の「静山荘」というのは、ぼくにとっては、そのような、なつかしの温泉宿。夕食を終え、コンコンと湯が流れつづける湯船に身をひたしていると、あっというまに過ぎ去っていった歳月が、なつかしく、いとおしく感じられ、胸がジーンとしてしまう。

 翌日は、前日の悪天候とはうってかわって、雲ひとつない上天気。抜けるような空の青さだ。「静山荘」のご主人、曽祢辰三さん、奥さんの静子さんに別れを告げ、奥飛騨温泉郷の温泉めぐりを開始する。

 まず、第1湯目は、栃尾温泉。穂高連峰から流れ出る蒲田川の河畔にある露天風呂に入る。青空のもとで入る大露天風呂は気分爽快。

 第2湯目は、新穂高温泉。新穂高温泉というのは、蒲田、佳留萱、槍見、中尾、穂高、新穂高などの温泉の総称で、ここでは、蒲田川の川原の混浴大露天風呂「新穂高の湯」とバスターミナルにある「新穂高温泉アルペン浴場」の湯に入った。ともに無料湯だ。

 第3湯目は、福地温泉。奥飛騨の民家を移築した「昔ばなしの里」にある「石動の湯」(入浴料500円)に入る。移築民家の田頃家にある湯で、内風呂のあと、露天風呂の湯につかった。目の前のキリの木には、紫色の花が咲き、まわりの山々の緑が色鮮やかだ。

 第4湯目は、安房峠下の平湯温泉。温泉街からは離れた山中にある大露天風呂「神乃湯」(入浴料300円)に入る。栃尾温泉、新穂高温泉、福地温泉、平湯温泉と、奥飛騨温泉郷では露天風呂三昧をしたが、どこも、心に残る湯だった。

安房峠は穂高連峰の大展望台!

 平湯温泉を最後に、奥飛騨温泉郷の温泉めぐりを終え、R158で北アルプスの安房峠を登っていく。DR250Rのアクセルを吹かして峠道を登るにつれて見晴らしがよくなり、岐阜・長野県境に連なる北アルプスの高峰群を間近に眺めるようになる。青空を背にした峰々の残雪の輝きがまぶしい。

 標高1790メートルの安房峠に到着。安房山(2219m)のすぐ北側の峠だ。

 安房峠からの展望は抜群。長野県側に目を向けると、真正面に穂高が見える。左から右に、西穂高岳(2909m)、奥穂高岳(3190m)、前穂高岳(3090m)と連なる穂高連峰の峰々をあますところなく眺めることができる。安房峠は穂高連峰を眺めるのには最適の、大展望台になっているのだ。

 岐阜県側に目を移すと、四ッ岳(2745m)などの山々が見えるが、残念ながら乗鞍はその影に入って隠れてしまっている。

 安房峠から眺めるこれら3000メートル前後の北アルプスの山々は、どの山も、まだたっぷりと雪を残していた。

 安房峠の峠の茶屋で、うまいコーヒーを一杯飲み、名残おしい峠を出発。タイトなコーナーが連続する峠道を下る。峠下には中ノ湯温泉があったが、安房峠を貫くトンネルの工事現場になってしまい、今はない。トンネル工事は、平成9年の完成を目指し、長野県側でも岐阜県側でも、急ピッチの様相だ。

 安房峠を下ると、信州側の温泉めぐりを開始する。第1湯目は、坂巻温泉の露天風呂。R158沿いにある一軒宿(入浴料300円)の温泉だが、トンネルを抜け出て次のトンネルに入る間にあるので、気をつけていないと通り過ぎてしまう。

 第2湯目は、R158から5、6キロ、山中に登ったところにある白骨(しらほね)温泉で、以前の無料の露天風呂が新しく生まれ変わり、川原の洒落た露天風呂になった。そのかわり、入浴料も500円になった。“白骨”の名前どおりの白濁した湯の色だ。

 第3湯目は、白骨温泉から2キロほど行った一軒宿の泡ノ湯温泉(入浴料500円)。ここでも大露天風呂に入ったが、白骨温泉以上に白い湯だ。

 最後に、山地から平地に抜け出たあたりにある一軒宿の妙鉱温泉(入浴料300円)の湯に入り、松本ICに戻った。「松本→松本」474キロの「北アルプス一周」だった。