賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

シルクロード横断(東京→イスタンブール):第1回 東京→神戸

「シルクロード」は子供の頃からの憧れ。10歳(小学校4年)のときのことだ。国語の教科書でスウェ-デンの探検家、スウェン・ヘディンの「タクラマカン砂漠横断記」を読んだ。命がけで大砂漠を越え、ホータン川の河畔にたどり着くまでの物語は胸が熱くなるほどに感動的だった。それにおおいに刺激され、小学校の図書館にあった子供向けの中央アジア探検記を全巻、読みあさった。そして「大人になったら、中央アジアの探検家になるんだ!」と、心ひそかに決めていた。

 

 シルクロードの全域踏破というのはその時からの憧れだ。そんなシルクロードへの憧れを抱いてから49年目にして、ついにそれを実現させる日がやってきた。10歳の少年時代の夢を果たすことができたのが、今回の「シルクロード横断」なのである。

 

 東京・三田の旅行社「道祖神」は「カソリと走ろう!」シリーズのバイクツアーを1993年以来、11度にわたっておこなっている。その第12弾目が「シルクロード横断」。シルクロードの起点、中国の西安からシルクロードの終点、トルコのイスタンブールまで、その全コースを2ヵ月かけて走破しようという壮大なバイクツアー。東京がその出発点になる。

 

 2006年8月16日、午前7時、東京を出発。「新・峠越え」でも使ったスズキDR-Z400Sで東名→名神と走り、神戸へ。このDRではシベリア横断ルートでの「ユーラシア横断」やチュニス→アクラの「サハラ砂漠縦断」など、すでに5万キロ近くを走っている。そんなDR-Z400Sに「シルクロード横断も頼むゾ!」と声をかけた。

 

 神戸では中心街の三宮駅に近い「東横イン」に泊まった。ここで「道祖神」の菊地さんやメカニックの小島さん、20代から70代までの16名の参加者(そのうち2名はサポートカーに乗っての参加)のみなさんたちと落ち合う。神戸からは中国船「燕京号」にバイクともども乗り込んで、中国の天津に向かうのだ。

 

 翌日は「燕京号」の出る神戸港の第4埠頭に各自のバイクを持っていく。埠頭にズラズラッと並んだ15台のバイクは何とも壮観な眺めだ。

 

 そのあとぼくは神戸の周辺をまわった。まずはポートライナーで開港半年目の神戸新空港を見にいった。つづいて三宮駅から電車で明石へ。神戸に戻ると神戸電鉄で有馬温泉まで行き、共同湯の「金の湯」に入り、三田、尼崎経由で三宮駅に戻った。

 

 その夜は三宮のビアホールで飲み会。一緒に「ユーラシア横断」を走った神戸在住の林さんが来てくれたのだ。「シルクロード横断」のメンバーの佐藤さん、石井さん、メカニックの小島さんも同席してくれる。林さんはポルトガルで大きな事故を起こし、奇跡的にも命をとりとめ、2年近いリハビリの結果、ついに回復させたのだ。そんな林さんの全快を祝って「乾杯!」。そのあとはもう大変。2時間飲み放題、食べ放題なので次々に大ジョッキをあけ、フラフラになって「東横イン」に戻った。

 

 翌8月18日、神戸港のポートアイランドの埠頭へ。我々は15台のバイクとともに、停泊している「燕京号」に乗り込んだ。前夜、一緒にしこたま飲んだ林さんが見送りに来てくれる。同じく神戸のあすかさんも。彼女とは一緒に「韓国縦断」を走った。さらに三重県からは一緒にモンゴルを走った北川さんが来てくれた。

 

 12時、銅鑼が鳴り響く中、中国船の「燕京号」は神戸港の岸壁を離れていく。いつまでも手を振ってくれている見送りの林さん、あすかさん、北川さんの姿があっというまに小さくなっていく。

 

 甲板で中国製の「燕京ビール」を飲みながら、遠ざかっていく神戸の町並みを眺めた。「さー、シルクロードだ!」

 

神戸港の第4埠頭にズラリと並んだバイク
神戸港の第4埠頭にズラリと並んだバイク

 

神戸の中心街の三ノ宮
神戸の中心街の三ノ宮

 

有馬温泉
有馬温泉

 

中国船「燕京号」に乗船
中国船「燕京号」に乗船