賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリの林道紀行(23)関東編(その1)

賀曽利隆の雪中オフロー道

目指せ! 野反峠&尻焼温泉露天風呂!!

(『バックオフ』1995年3月号 所収)

1995年の“走り初め”は雪中ツーリングだ。

アイスバーンにおびえ、雪道に悪戦苦闘する雪中ツーリングこそ、走り初めにふさわしい! ということで、カソリ&ハニーの“極寒コンビ”、今年も雪中野宿ツーリングに挑戦し、命を張ったバトルを繰り返す。

さて、その結果は……。

雪の峠道に突入!カソリVSハニーの激闘開始

 新年早々、『BO』編集部で、ハニー(丹羽和之さん)と落ち合い、カソリ&ハニーの“極寒コンビ”は上信越国境の野反峠に向かう。

 バイクはカソリがDJEBEL200、ハニーがセロー。ともに車高が低く、両足ベタづきでき、中低速域でのねばりのあるエンジン特性なので、雪中ツーリングにはもってこいのマシンである。

 ぼくは根っからの“熱帯派人間”。雪とか寒さは大嫌いだ。が、ハニーは“寒帯派人間”。おまけに冬山のエキスパートなので、寒くなればなるほど喜々としてくる。信じられないよ。そんなハニーなので、「今年こそは!」の意気込みで“打倒カソリ”に熱く燃えている。

 群馬県長野原から我ら“極寒コンビ”、いよいよ野反峠を目指す。峠下の和光原を過ぎると、チラチラと雪が降りはじめ、一面の銀世界。その変化が鮮やかだ。

 雪の峠道に突入! カソリ&ハニーのバトルの開始だ。といっても、速さを競うのではない。ハニーがぼくと雪道で速さを競うなんて、まだ、10年早いというものだ。

 そこで、転倒の回数を競う。もちろん、少ないほうが勝ちである。

 峠道を登るにつれて雪は深くなる。タイヤはノーマルのままなので、ツルッ、ツルッと滑り、何度か転倒しかけたが、そのたびにグッとこらえて踏みとどまる。高度を増すにつれて天気は荒れ模様になり、吹雪の中を走るのだ。

 ハニーはこの1年間、“打倒カソリ”を合言葉に修行を重ねただけあって、なかなか転倒しない。だが、峠道を登りつづけ、急勾配のコーナーにさしかかったところで、ついにスッテーン! 

 雪の中でもがいているハニーの姿を見て、

「ヘヘヘヘー、ハニーよ」

 と、カソリ、勝ち誇ったような声を出して笑ってやった。

 これで緊張の糸の切れたハニー、つづいて2度目、3度目と連続転倒し、カソリVSハニーのバトル第1弾“雪中ラン”は、3対0でカソリの勝ちとなった。

腰までもぐる雪を踏み分けて、ついに到達した野反峠!

氷点下15度の厳冬雪中野宿!!

やったぜー、カソリ&ハニー、峠に到着!

 野反峠に近づくと、雪はさらに深くなり、ついに自走不能……。1台のバイクを2人がかりで押し上げる。ギアを1速もしくは2速に入れ、半クラッチを使い、バイクを降りて押す。もう1人が雪まみれになって、リアを押し上げる。そうやって、雪深いセクションを突破していくのだが、これが、キツイ、キツイ……。

 心臓がパカパカ音をたてて、口から飛び出しそうになるし、吹雪だというのに大汗がタラタラ流れ出るし、もう最悪!

 つかのまの休憩では、2人とも、雪の上に大の字になってひっくり返ってしまう。冷っとした雪の感触が、たまらなく気持ちいい。

「フーッ」と、大きく息をつきながら、

「ハニーよ、ナ、ナンデ、こんなに苦しい思いをしなくてはならないんだろうね」

 と、泣き言をいうのだった。

「さー、ハニー、行くゾ!」

 と、気合を入れる。わずかな休憩で体力をとり戻し、再度、雪道に挑戦。ありがたいことに、雪雲が途切れ、夕日が射してくる。気分まで、パーッと明るくなる。あと、もうすこしだと、ハニーと励ましあって、ついに、野反峠に到達した。

 太平洋と日本海を分ける中央分水嶺の野反峠は、別名、富士見峠。残念ながら富士山は見えなかったが、眺望は抜群。浅間山八ヶ岳、奥秩父連峰が見渡せた。

 野反峠での雪中野宿。雪原を踏み固めてテントサイトをつくりテントを張る。とはいっても、強い季節風が吹きまくっているので、テントを張るのも楽ではない。ヘタをすると、テントごと吹き飛ばされてしまいかねないからだ。

 天気はすっかり回復し、晴れ渡った西空に夕日が落ちていく。日が暮れると、まるで冷凍庫のなかにほうり込まれたような寒さ。0度前後だった気温は、あっというまに氷点下10度まで下がる。

 テントの中でラジウス(灯油用の携帯コンロ)の火を起こし、野菜をふんだんにブチ込んで肉を焼き、それをつまみながらカンビールをガンガン飲む。ハニーとの話もはずむ。ラジウスの火とキャンピングガスの灯で、テント内は十分に暖かい。なんともいえない幸せなひとときだ。雪中走行の、雪中野宿の辛さなど、どこかに吹き飛んでしまう。

 焼き肉をたらふく食べた。カンビールもたらふく飲んだ。

 カンビールの空きカンがズラッと並び、カンの冷や酒をも飲みほすころになると、昼間の雪との大格闘の疲れがドドドドドーと噴きだし、猛烈な睡魔に襲われる。もう、目をあけていられない。2枚重ねにしたシュラフにもぐり込むのと同時に、底無し沼のような深い眠りに落ちていく。

 いつも使っているペラペラのシュラフを内側にし、もうひとつの3シーズン用を外側にしたのだが、シュラフの2枚重ねの威力は絶大だ。明け方は氷点下15度まで下がったが、それほどの寒さを感じることなく眠れた。このスタイルで、厳冬期の「釧路―稚内」の往復では、氷点下25度の雪中野宿をしたこともある。

 夜明けの寒さは強烈!テントを出ると、針でチクチク刺されるような痛みを肌に感じる。寒いはずである。空には雲ひとつない。浅間山がよく見える。

 サラサラの雪を手ですくい、雪でもって顔を洗う。キリリッと、肌がひきしまるようで、なんともいえずに気持ちいい。

 ハニーが起きると、ハム&チーズのサンドイッチ、スープの朝食。食後の1杯のコーヒーがうまい。雪中野宿で飲むコーヒーの味には、また格別なものがある。

 そしていよいよ、ハニーとのバトル第2弾“雪中水泳”の開始だ。

 これがキツイ。海パンに着替え、裸になって、素足で雪の中をズボズボ歩く。スタート地点の高台に立ち、「よーい、ドン」の合図とともに、雪の中に飛び込むのだ。この“雪中水泳”、何がキツイかって、足、足なんですよ。なんと紫色に腫れあがり、凍傷寸前。自分のヤワな足を思い知らされる。

 この勝負は引き分け。さすがに“打倒カソリ”に燃えるハニーだけあって、今年は気合が入っている。

“雪中水泳”のバトルを終えると、野反峠から白砂山の方角に向かって、尾根道を歩いてみる。左手に見下ろす野反湖は全面氷結しているが、この水は魚野川→中津川→信濃川となって新潟で日本海に流れ出る。右手の渓谷の水は、白砂川→吾妻川利根川となって銚子で太平洋に流れ出る。今、ぼくたちは、日本列島を二分する中央分水嶺を歩いているのだ。“気宇壮大”といった気分。目の前に見える山のピークまで登り、そこから野反峠に引き返した。

 我ら“極寒コンビ”、バイクのシートに凍りついた雪を振り払い、エンジンをかける。十分にアイドリングしたところで出発だ。

 名残おしい野反峠に別れを告げ、峠道を下っていく。前日、さんざん苦労して登った雪道も、下りは楽だ。ただ気をつけなくてはならないのは、ツーッとスピードがのってしまうので、登り以上に転倒しないようにすることである。うっかりブレーキでもかけようものなら、ステーンといってしまうので、こまめにギアチェンジを繰り返す。

 登りで3回転倒したハニーは、下りはゼロ回。立派なものだよ。ハニーとのバトル“雪中ラン・峠道下り篇”は引き分けだ。

 野反峠を下ったところで、車が止まり、乗っている人に呼び止められた。

 埼玉県所沢市の田中英樹さん。

「こんな季節に、こんなところをバイクで走るだなんて……、カソリさんに違いないって、そう思ったんですよ。やっぱりカソリさんだ!」

 そういって喜んでくれた田中さんは、ふだんはXLRバハに乗る『BO』の愛読者なのである。

 田中英樹さんとガッチリ握手をかわして別れたあと、ハニーとのバトル第3弾“滝打たれの行”に挑戦だ!

“極寒コンビ”が“極楽コンビ”に変身して温泉三昧!

尻焼温泉の露天風呂は無料&混浴。最高だ!

 カソリVSハニーのバトル第3弾の舞台は、野反峠下の名瀑“白糸の滝”。だが“白糸の滝”すっかり凍りつき、巨大な氷柱になっている。そこで“滝打たれ”から“氷中沐浴”に種目を変更。滝壺の厚い氷を丸太でブチ破り、氷がプカプカ浮かぶ中で、沐浴しようというのだ。

 海パンに着替え、氷の上を歩き、「ウォー!」と、雄叫びを上げ、滝壺の氷水につかる。

「ヒェーッ、痛、痛いよー」

 全身があっというまに凍りつく。

 心臓も凍りつく。

 それを我慢して氷水につかったが、カソリ&ハニー、ほぼ同時に滝壺を飛び出し、この勝負も引き分け。ハニーよ、なかなかやるなあ。

 壮絶なバトルを終えると、“極寒コンビ”のカソリ&ハニーは“極楽コンビ”へ、ガラリと変身し、野反峠下の温泉三昧をくりひろげる。

 まず、第1湯目は、尻焼温泉。長笹沢川をせき止めた天然の大露天風呂に入る。川の中から熱い湯が湧き出ているのだが、ブクブク湧き出る湯の上に尻を乗せようものなら、

「アッチチチー」 

 と、飛び上がってしまうほどで、まさに尻焼温泉なのである。

 ここは無料で、うれしい混浴。昼間だと水着で入浴する女性が多い。が、夜になると、水着を着る女性はほとんどいない。月光に照らされた素肌の美女と一緒になったときなど、

「おー、これぞ、日本の温泉だー!」

 と、絶叫したくなるほどである。

 つづいて、第2湯目の花敷温泉「花敷の湯」(入浴料500円)、第3湯目の応徳温泉「六合山荘」(入浴料300円)の湯に入る。最後が湯ノ平温泉(入浴料500円)。

 たっぷりと長湯し、東京に戻ったが、雪道&温泉を存分に満喫した1995年の“走り初め”だった。