賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

秘湯めぐりの峠越え(36)傘松峠(青森)

 (『アウトライダー』1996年6月号 所収)

 八甲田山は紅葉のまっ盛りだった。

「おー、これぞ、日本一の紅葉!」

 と、思わずそんな声が出てしまう。

 あまりにもきれいな、目のさめるような赤や黄に染まった木々の葉に、スズキDJEBEL200を何度、止めたことか。

「すごいゾ!!」

 そんな八甲田山には、名湯、秘湯があちらこちらにある。まさに温泉天国。青森を出発点にし、R103で傘松峠を越え、R102で十和田に下っていったが、ルート沿いの温泉に1湯、また、1湯と入るのだった。

消えゆく八甲田の秘湯…

「カサカサ、カサカサ」

 乾いた音をたてながら、ブナの落ち葉がびっしりと敷きつめられた山道を歩く。八甲田山の温泉群の中では、一番の秘湯といわれている田代元湯温泉に向かっているのだ。

 胸がワクワクしてくる。

“秘湯めぐりのカソリ”、今までに何度もその名を聞いているが、いつも行きそこねていた温泉。それだけに、「今度こそは!」という気持ちが極めて強いのだ。

“八甲田・雪中行軍”の銅像前から南に2キロ走り、左に折れ、ブナ林の中のダートを1キロ走り、行き止まり地点に着いた。そこにスズキDJEBEL200を止め、歩きはじめた。こう書くと、簡単な道のりのようだが、温泉への案内は一切出ていないので、道を探すのに、さんざん苦労した。

 DJEBELを止めた地点から山道を下り、10分ほど歩くと、渓流のわきに出る。微塵の汚れもないきれいな流れ。その渓流を渡ったところに山中の1軒宿「やまだ館」があった。だが、渓流わきの秘湯の1軒宿はすでに朽ちはじめ、廃業状態になっていた。

 ありがたいことに、湯屋はそのまま残り、自噴の湯がこんこんと木の湯船に流れ込んでいた。すぐさまブーツを脱ぎ、ウエアを脱ぎ、湯につかる。ジャスト適温。いい湯だ!

 湯屋から外に出たところに、木の湯船と岩風呂の露天風呂がある。湯船の底に苔がはえはじめていたが、両方とも、十分に、気持ちよく入れる湯だった。

 露天風呂の湯につかっていると、もう1人、入浴客がやってきた。やはりライダーで、浜松から三沢に移ってきたというKDX125氏。彼からいろいろと話しを聞いて、すべてを理解することができた。このきれいな渓流にダムをつくるので、そのために田代元湯温泉は廃業に追い込まれたのだという。

 何ということ‥‥。

 日本中を探したって、これほどいい温泉は、そうはない。

阿蘇の戸下温泉や岩手県の石淵温泉が消えたように、八甲田山の田代元湯温泉も、ダム建設のせいで消えていこうとしている。何も、こんなところにダムをつくらなくてもいいのに‥‥。

混浴千人風呂

 傘松峠にほど近い酸ヶ湯温泉は、さすがに八甲田山の一番人気の温泉だけあって、広い駐車場は観光バスや自家用車で埋めつくされていた。豪壮な造りの一軒宿に入ると、混浴の千人風呂も、ワサワサという感じで混み合っていた。

 ぼくはこの酸ヶ湯温泉は好きで、以前に何度か来たことがある。酸ヶ湯の名前通りの強酸性の湯。それだけに体によく効くと評判の湯で、湯治客が多く、湯治場の風情をよく残していた。が、それも今では、昔の話し‥‥。

 驚いたのは、混浴の千人風呂に、男女の入浴ゾーンを分ける男ゾーンと、女ゾーンができていたこと。混浴の湯とはいっても、男の入浴客のほうが圧倒的に多い。

 女ゾーンの湯には、オバチャン、オバアチャンに混じって若い女性が3、4人入っていたが、当然のことながら、男たちの視線は若い女性に集中する。これでは、あまりにも、彼女たちがかわいそうではないか。

 東北の温泉の魅力のひとつに、混浴の湯の多いことが上げられる。オバチャン、オバアチャンと一緒になるのもいいが、若い女性と一緒になったときなど、胸がときめき、しばらくは舞い上がった気分で、その思い出はいつまでも忘れないものだ。

 宮城県の湯ノ倉温泉や岩手県の大沢温泉、松川温泉、秋田県の赤川温泉、孫六温泉などの混浴の湯でのいい思いは、ぼくにとっては一生の宝物といってもいいほどなのである。

 このように、混浴の湯で若い女性と一緒になるということは、それほどまでに男を有頂天にさせるもの。だが、混浴の湯には、それなりのマナーというものがあるのだ。見て見ぬふりとでもいうのか、ごく自然体で湯につかることである。でないと、岩手県の須川温泉や秋田県の玉川温泉のように、せっかくの混浴千人風呂が男女別々の、壁で仕切られた小さな湯船になってしまう。

 せかされるような気分で湯から上がり、酸ヶ湯温泉を後にしたが、混浴千人風呂がいつまでも残りますように! と祈りながら、傘松峠に向かっていった。混浴千人風呂というのは、混浴の魅力、千人風呂の魅力を合わせ持った、超魅力の温泉だからなのである。

■コラム■            

 東北の名峰、八甲田山は、一大火山群の総称だ。最高峰の大岳(1585m)をはじめ、高田大岳、硫黄岳などの8峰がある。

 楯状火山(アスピーテ)の上に、円錐状火山(コニーデ)、釣鐘状火山(トロイデ)がのるような形になっている。山上には、湿原が多い。「神の田」といわれる湿原がそれら8峰の各所にあるところから、「八神田」と呼ばれ、それが「八甲田」になったという。

 広い意味で八甲田山というと、それら8峰の「北八甲田」のほかに、赤倉岳や乗鞍岳、櫛ヶ峰などの「南八甲田」の山々をも含む。その「北八甲田」と「南八甲田」の間の峠が傘松峠なのである。

「傘松峠編」で入った温泉一覧

1、三内温泉  「三内温泉」(入浴料300円) 青森県青森市三内   

縄文遺跡の三内丸山遺跡近くの温泉。東北道の青森ICにも近い。公衆温泉大浴場。塩分を含んだにごり湯。飲湯可。

2、雲谷温泉  「雲谷温泉」(入浴料300円) 青森県青森市雲谷   

R103から500メートルほど入ったところにある公衆温泉浴場を兼ねた一軒宿の温泉。宿の前からは八甲田山を眺める。

3、田代元湯温泉「やまだ旅館」(入浴無料) 青森県青森市駒込   

ランプの宿として知られていた渓流沿いの一軒宿の温泉だったが残念ながら廃業。東北屈指の秘湯が今、消えていく。

4、深沢温泉  「深沢温泉」(入浴料300円) 青森県青森市駒込   

田代平にある1軒宿の温泉。内風呂と混浴の露天風呂。食堂もある。湯上がりに食べた山菜うどんがうまかった。

5、八甲田温泉 「八甲田温泉」(入浴料500円) 青森県青森市駒込   

大浴場は草色の湯、露天風呂は白濁色の湯と異なる泉質。冬期休業。

6、寒水沢温泉 「ホテル八甲田」(入浴料500円) 青森県青森市荒川   

八甲田山ロープウェイの麓駅に隣り合ったリゾートホテル。リッチな気分で入浴できる。

7、城ヶ倉温泉 「ホテル城ヶ倉」(入浴料500円) 青森県青森市荒川   

ブナ林と白樺林の中にたたずむ北欧風造りの温泉リゾートホテル。岩風呂の大浴場。

8、酸ヶ湯温泉 「酸ヶ湯温泉」(入浴料400円) 青森県青森市荒川   

標高920メートルの青森県最高所の温泉。千人風呂はヒバの木の湯船。6ヵ所の源泉はそれぞれに成分が違う。

9、猿倉温泉  「猿倉温泉」(入浴料400円) 青森県十和田湖町奥瀬 

蔦川最上流の1軒宿の温泉。2つの湯船。湯量豊富。熱い湯は灰色、温い湯は白濁色。露天風呂と天然蒸気の蒸し風呂もある。

10、谷地温泉 「谷地温泉」(入浴料300円) 青森県十和田湖町谷地 

山中の1軒宿の温泉。“400年の秘湯”。熱めの湯は白色、温めの湯は草色っぽい。昔ながらの素朴さが残る湯治宿。

11、蔦温泉  「蔦温泉旅館」(入浴料300円) 青森県十和田湖町奥瀬 

八甲田山中では酸ヶ湯温泉と並ぶ人気の湯。古風さを残す1軒宿の温泉。総ブナ造りの大浴場。無色透明の湯。飲湯可。

12、焼山温泉  「町民の家」(入浴料200円) 青森県十和田湖町法量 

奥入瀬渓谷の入口、焼山にある。猿倉温泉から引湯。十和田温泉郷とも呼ばれているが、約20軒の宿がある。

管理人コメント:

うおお! 旅行前にこの記事をアップしておれば・・・。酸ヶ湯が千人風呂だと知ってはいましたが(だから行った)、あそこまで強烈な混浴とは知らず。ウチは上さん(小さなタオル一枚ぶら下げ、娘を連れてて目があまり良くない)が犠牲になってしまいました・・・。今回の旅行中、だいぶトラウマになってた模様。

構造がストリップ小屋みたいになってるのが良くないし、券売機から脱衣場に至るまでの注意喚起も足りないようです。

ま、そんなのも混浴の面白いところなんですが。