賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリの1万円旅(3):18きっぷで北関東温泉めぐり

(『旅』1994年4月号)

 

“青春18きっぷ”の、冬期利用期間最終日の1994年1月20日、午前4時30分、ぼくは東京・上野駅しのばず口に立った。1日をフルに使い、鈍行列車を乗り継ぎ、バスを乗り継ぎ、徒歩を織り混ぜ、1万円でできるだけ多くの温泉に入ろうという“1万円温泉旅”に出発するのだ。

 

 上野駅を一番列車で旅立ち、最終列車で戻ってこようと思う。“列車1万円旅”の基本は一番列車での旅立ち。使えるお金は、1万円から青春18きっぷ1枚分(2260円)を引いた額の7740円である。

 

 何気なく過ごしているとあっというまに過ぎてしまう1日だけど、ふだんの生活に追われているとなんとも軽い1万円だけど、この1日、1万円を最大限に利用すれば、きわめておもしろい旅ができる。それが、”1日1万円旅”なのだ。

 

 自分自身の心の中にひそむチャレンジ精神がおおいに刺激され、財布から出ていく10円、20円といったお金にもいとおしさを感じるようになる。それに、テレビゲームなどよりはるかにおもしろいゲーム感覚をも楽しむことができる。

 

 今回は栃木県北部を目的地とし、塩原温泉郷を中心として14湯の温泉に鈍行乗り継ぎなどで入りまくろうという計画だ。

 さー、どうなることやら…。 

 

 ぼくは誘惑に滅法弱い。上野駅前のラーメンの屋台から流れてくる食欲をそそる匂いをかぐと、たまらずに、

「ラーメン、お願いします」

 と、衝動的に頼んでしまった。まずは、600円が飛んでいく。

「これから大変なことをするのだから、まあ、いいか…。腹ごしらえをしなくては」

 

“屋台のダンナ”は、「こんなに早くから、もう、仕事かね。大変だなあ…」

 と、声を掛けてくれる。

「いやー、これから栃木まで、温泉に入りに行くんです。でも、お金があんまりないんで、鈍行で、それも一番列車で行くんですよ」

「それはいい。金をたくさん使えば、いい旅ができるというものじゃない。今日日(きょうび)、あくせく働くばかりが能じゃないんだよ。温泉に浸かれば、気分も転換できるし…。気をつけて行ってきな」

 そんな“屋台のダンナ”の励ましが胸にしみる。600円を使ったけれど、気分のよくなる旅立ちだ。

 

 改札口で“青春18きっぷ”に日付のスタンプを入れてもらい、JR宇都宮線鈍行の一番列車、5時09分発の黒磯行きに乗る。7両編成の列車はガラガラ。5番ホームを定刻どおりに出発すると、ボックス型シートに足を投げ出して座る。

 

 夜明け前の、まだ暗い東京の町並みを窓ガラス越しにながめる。鈍行といっても、並行して走る京浜東北線の電車と比べるとはるかに速い。止まる駅は都内では尾久と赤羽。荒川を渡って入る埼玉県では浦和と大宮だ。大宮から先が各駅停車になる。

 

 大宮駅でチラホラと客が乗った。通路をはさんだ反対側の座席には、ミニスカートのポチャポチャ顔の、ちょっとかわいい女の子が座った。ミニスカートからはみだした彼女の太ももに、チラッチラッと視線を送るカソリ。“ミニスカートの女の子”は久喜で降りた。それとともに、また心安らかに車窓を流れていく風景に目をやることができるようになった。栗橋まで来ると、まだ6時を過ぎたばかりだというのに、上りホームは東京方面への通勤客で混み合っていた。

 

 利根川を渡り、茨城県をかすめて栃木県に入る。うっすらと夜が明けてくる。宇都宮到着は6時54分。列車は北へ。北関東の平野を突っ走る。昇ったばかりの朝日を浴びて、列車の影が平野に長々と延びる。氏家を過ぎると、山々がグッと間近に迫ってくる。矢板を通り、西那須野到着は7時34分。ここで列車を降りる。塩原温泉郷の玄関口にやってきたのだ。

 

 西那須野駅の駅舎を一歩、出た瞬間の寒さといったらない。冷たい空気が肌にキリキリッと突き刺さってくるようだ。東京とは気温が全然、違う。駅前道路の薄く積もった雪が凍りつき、ツルンツルン状態。見事にそれにひっかかり、ステーンとひっくり返る。まわりにいた人たちの視線を一斉に浴び、いやー、恥ずかしい‥‥。

 

 7時45分発の塩原温泉行きJRバスに乗る。バスは西那須野の中心街を走り抜け、国道4号を横切り、国道400号を行く。前方には塩原から那須へとつづく塩那の山々。東北自動車道の西那須野塩原インターを過ぎると、塩那の山々はみるみるうちに大きくなり、やがて塩原渓谷に入っていく。那珂川最大の支流箒川のつくり出す渓谷だ。

 

 西那須野駅から50分、塩原温泉郷の入口、大網温泉に着き、バスを降りる。この大網温泉を含め、全部で11湯の温泉を総称して塩原温泉郷といっているが、1湯ずつ、しらみつぶしに入っていこうと思う。目指すのは、塩原温泉郷の全湯制覇なのだ。

 

“温泉のハシゴ旅”で入る第1湯目ほど、うれしいものはない。期待で胸がふくらみ、ワクワクしてしまうほど。大網温泉の1軒宿、温泉ホテルのフロントで入浴料300円を払い、“天然岩風呂”に入りにいく。国道から箒川の谷底へ、長い石段を下っていくのだ。

 

 入浴客はぼく1人。巨岩がゴロゴロしている箒川の渓流を目の前にながめながら入る。「天然岩風呂」は、温泉情緒満点。自然と一体となって湯につかっている気分がたまらない。温泉がなんともありがたい“自然からの贈りもの”であることを実感できる湯。岩の割れ目の奥の方から湯が湧き出ているようだ。

 

それと、木枠で囲った露天風呂もある。岩風呂の湯は温め、露天風呂の湯は熱めと、湯温の違う2つの湯に交互に入るのはいいものだ。そのほかに、女性専用の露天風呂もある。

「大網温泉には今度は泊まりで来よう」

 この天然岩風呂には、ひと晩、宿に泊まり、カンビールを片手に長湯を決め込んで渓谷の星空を見上げながら入ってみたいと、そう思わせるものがあった。

 

 大綱温泉から福渡温泉までは、箒川に沿った“塩原渓谷歩道”を歩く。雪が舞うようにチラチラ降ってくる。この、4キロあまりの遊歩道歩きは忘れられない。霜柱をサクサク踏んで歩いたり、薄く雪をかぶった落葉の上をガサガサ音をたてて歩いたり、雪の上に残るウサギやキツネの足跡を追って歩いたり、カチンカチンに凍りついたアイスバーンの坂道で何度もツルリンスッテンと転んだり…で、冬の山道のいろいろな状況を楽しめた。途中には塩原の名所、布滝の観瀑台もあって、歩きながら眺める風景は飽きることがない。

 

 福渡温泉に着くと、塩原渓谷歩道のわきには露天風呂の「不動の湯」がある。湯は若干、赤茶けた色をしている。湯量は豊富。樋から勢よく湯が流れ落ちている。混浴の湯で、黒磯から来たという中年夫婦と一緒になった。

「家からだと、那須も塩原も、すぐにやってこれるので、こうして、女房を連れてよく来ますよ」

 と、ご主人。そういわれて、奥さん孝行などほとんどしたことのない我が身を振り返り、思わず反省してしまう。

 

 温泉が大好きだという夫婦だけあって、2人とも、肌がツヤツヤしている。“温泉めぐりのカップル”の奥さんは湯で火照り、少女のようにほほを赤くしている。上半身を湯から出した時に見えてしまう乳首は、まるで紅を塗ったかのように赤い。あー、目の毒。

 

“温泉めぐりのカップル”に別れを告げ、もうひとつの露天風呂の「岩の湯」に行く。ともに箒川の河畔の湯。「岩の湯」も混浴で、草色っぽい湯の色をしている。「不動の湯」よりも熱めの湯だ。ここでは“3人のオバチャンたち”と一緒になった。

「兄さん、今、どこから来たの?」

「大綱温泉から遊歩道を歩いてきましたよ」

「雪で大変だったでしょ」

「ええ、そうなんですよ。でも、雪よりは氷。凍った道でひっくりかえりました」

「兄さん、そうやってね、歩いては温泉に入って、また歩くというのは、体に一番いいことなのよ」

 

 こうして“3人のオバチャンたち”と、なんとも楽しい“湯の中談義”が始まる。

「まあ、どうぞ、どうぞ」

 酒をつぐような仕草でコップに流れ落ちる湯をくむと、ぼくに飲ませてくれる。オバチャンたち、ノリがいいのだ。「岩の湯」の飲泉効果は大きいという。

「ひとつ、いいことを教えてあげましょうね。タオルを3つに折って、頭の上にのせてごらんなさい。そう、そうよ。その上から、お湯をあてるのよ」

 

 オバチャンの1人にいわれたとおりにしてみたが、ギャーッと、思わずのぞけったしまうほど、流れ落ちてくる湯は熱い。が、それをジッと我慢して何度かくり返しているうちに、なるほどオバチャンのいうように、体がシャキッとしてくる。打たせ湯の効果は知っていたが…。頭のてっぺんに熱い湯を当てるのは、オバチャンにいわせると、ボケ防止に最高に効く方法なのだという。

「それではお先に」

 といって「岩の湯」を上がったが、“3人のオバチャンたち”との別れには、ちょっぴり寂しくなるものがあった。

 

 箒川にかかるつり橋を渡ったところに料金所がある。「不動の湯」、「岩の湯」の2つの露天風呂に入ってたったの100円。福渡温泉は“1万円温泉旅”にはぴったりの温泉だった。

 

 福渡温泉では、ちょうどうまい具合にやってきたJRバスに飛び乗り、2つ先の停留所、塩釜温泉で降りる。バス代150円。箒川にかかる塩湧橋の畔ではポリバケツに湯をくむ人の姿。パイプからふんだんに湯が流れ出ている。誰でも、自由に湯をくんでいける。湯をくむ人の姿は、いかにも湯の町らしい光景だ。

 

 さー、第3湯目の塩釜温泉だ。塩湧橋を渡った「ホテル八峰苑」に行くと臨時休業。つづいて「ホテル塩原ガーデン」に行くと入浴のみは不可。やっと「塩原簡易保険保養センター」の湯に入れた。入浴料700円と高かったが、さすがに“カンポの宿”だけのことはあって、設備の整った大浴場だ。ところが男湯の大浴場には、女性が入っているではないか…。一瞬、あ、いけネー、男湯と女湯を間違えてしまったと思い、浴室の外に出てしまったほどだ。で、もう一度確認したが、やはり男湯なのである。男湯に入っている女性は50代後半ぐらいのオバチャン。

 

「ごめんなさいね。女湯にも入ったのだけど、男湯とどう違うのか興味があって、誰もいなかったので、ちょっと入らせてもらったのよ」

 

 この好奇心! ぼくは旅のおもしろさは好奇心に尽きると思っているが、“男湯のオバチャン”の旺盛な好奇心には拍手を送りたくなるほどだ。

 旅先で出会う年配の女性たちは、みなさん、例外なしに生き生きとしている。それに対して男性は力を無くしてうなだれている、ように見える。この差こそ、男女間の好奇心の違いだとぼくは思っている。女は年をとっても好奇心旺盛だし、何でも学びとってやろうという向学心がある。ところが男は、ある程度年をとると、まるで枯ススキのように好奇心も向学心もなくしてしまう。この差は大きいゾ!

 

 塩釜温泉から箒川の支流、鹿股川に沿って登り、塩ノ湯温泉へ。かつては大変なにぎわいを見せたという温泉だが、今はさびれている。最初に訪ねた「玉屋」は休業中。2番目の「明賀屋」は入浴のみは断られた。3軒目の「柏屋」は浴槽の清掃中で湯を抜いてしまっている。塩ノ湯温泉には、この3軒の温泉宿しかないのだ。困ってしまい、もう一度、「明賀屋」に戻る。

 

「あのー、今、塩原の温泉全部に入ろうと温泉めぐりをしているのですが、ここ、塩ノ湯温泉ではほかに入浴させてもらえるところもないので、なんとかお願いできないでしょうか…」

 平身低頭して頼み込む。が、ダメなものはダメといった取り付く島のない態度で断られ、塩ノ湯温泉に入れないまま、スゴスゴと来た道を塩釜温泉に戻った。往復3キロの時間のロスが痛い‥‥。

 

 塩釜温泉から畑下温泉までは、歩いてわけない距離だ。畑下温泉に着くと、国道から下った最初の宿「大和屋旅館」を訪ねる。玄関で何度か声を掛けたのだが返答がなく、次の「はとや旅館」に行く。出てきた宿の若奥さんはフィリピン人女性。生後1歳5ヵ月になるというかわいらしい赤ちゃんを抱いている。入浴を頼むと、すこしたどたどしい日本語で、

「いいですよ」

 といってくれる。ありがたい。塩ノ湯温泉での辛い思いが吹き飛ぶような”フィリピン人女性の若奥さん”のやさしい笑顔だ。

「あのー、入浴料は、おいくらでしょうー?」

「いいんですよ」

 なんと、タダにしてくれた。”フィリピン人女性の若奥さん”の好意に甘え、モスグリーン色をした湯に入った。ほんとうに、どうも、ありがとう!

 

 第5湯目の門前温泉と第6湯目の古町温泉は、箒川をはさんでひとつづきの温泉街で塩原温泉郷の中心になっている。ふつう塩原温泉というとこの地域を指し、2つの温泉を合わせると30軒以上の温泉旅館やホテルが建ち並んでいる。

 

 門前温泉には100円で入れる露天風呂の“もみじの湯”があるが、営業期間は5月から9月まで。冬期間はやっていないので、「塩原温泉ホテル」の、湯けむりがモウモウとたちこめる大浴場に入った。入浴料は700円。古町温泉では「中会津屋」の“武者の湯”に入った。木の湯船。入浴料は500円。2つの温泉の入浴料を合わせた1200円の出費は“1万円温泉旅”には痛い。共同浴場のたぐいが門前温泉、古町温泉にないのが辛いところだ。

 

 古町温泉からは、第7湯目の中塩原温泉を目指し、国道400号、愛称“湯の香ライン”を懸命になって歩く。この道はバイクで何度か走ったが、歩いてみると距離感がまったく違い、なかなか着けない。やっとの思いで中塩原温泉に着くと、国道沿いの食堂「いけなみ」の湯に入った。入浴料700円。雪に降られ、寒風に吹きさらされて歩いてきたので、湯に入った瞬間、手足の指先がはちきれんばかりに痛む。あっというまにひびの切れてしまった太ももはヒリヒリする。

 

 中塩原温泉の湯から出た時点で、国道からはずれた新湯温泉と元湯温泉を断念し、第8湯目の上塩原温泉に向かって歩く。上塩原温泉には、無料で入れる”いさきの湯”があるのだ。なんとしても、”いさきの湯”には入りたい…。だが、上塩原温泉までの距離も長かった。

 

 上塩原温泉14時28分発のバスで野岩鉄道の上三依塩原駅に出ないと、このあとの鉄道乗り継ぎで入る三依温泉、川治温泉、鬼怒川温泉の3湯に入れなくなってしまうのだ。残念無念‥‥。“いさきの湯”を目前にした塩原田代というバス停で、ついに上塩原温泉をも断念し、東武バスに乗った。

 

 バスはあっというまに上塩原温泉を通り過ぎ、降りしきる雪をついて尾頭峠を登っていく。峠のトンネルを抜け出ると雪の降り方は一段と激しくなり、一面の銀世界に変わる。峠を境にしての鮮やかな変化。路面は雪で覆いつくされている。雪の峠道を下り、東武バスは終点の野岩鉄道上三依塩原駅に着いた。

 

 野岩鉄道の上三依塩原温泉駅。ストーブの燃える待合室では、売店で買ったカンコーヒーを飲みながらあんまんを食べた。腹の底にしみ込むような計240円の味。14時51分発の快速浅草行きに乗る。会津鉄道の会津田島駅からやってきた4両編成の電車はガラガラだ。山間の雪景色を見ながら、東武鉄道のターミナル駅、浅草行き電車に乗っていると、現実離れした、何か、奇妙な気分になってくる。

 

 ひと駅乗って、次の中三依駅で下車。電車賃は270円。無人の駅舎を出、雪道を歩いて駅前の「中三依温泉センター」に行く。ところが臨時休業。

 

 そこで「みより荘」の“まるみの湯”に入る。入浴料300円。ヒノキの湯船につかりながら窓ガラス越しに降る雪をながめる。「みより荘」には食堂もある。湯上がりに、名物のとち餅を食べた。秋に山で拾い集めたトチの実のアクを抜いて粉にし、それを糯米に混ぜて搗いた自家製の餅。糯米とトチ粉は半々の分量だということだ。木の台に竹の葉を敷き、その上に3切れの焼いたとち餅がのっている。小豆色をしたとち餅には砂糖醤油がかかり、黄粉をまぶしてある。口の中にわずかに残る渋味が強烈に山の味覚を実感させる。400円のとち餅に大満足だ。

 

 15時58分中三依発の下今市行き電車に乗り、川治湯元駅で下車。電車賃は450円。川治温泉まで来ると雪はやんだ。駅から15分ほど歩き、男鹿川沿いにある男女別の岩風呂に入る。入浴料100円。つづいて、混浴の露天風呂に入る。こちらも入浴料100円。ともに料金箱に入浴料を入れるようになっている。

 

 地元の常連のみなさんたちが、男女を越えたような関係で、長湯しながら湯の中で話に花を咲かせている。さりげなくみなさんの会話に耳を傾けたが、サルの話が傑作だ。サルの群れが山から里に降りてきてさんざんワルサをしているらしいのだが、うまく子ザルを捕まえて「日光猿軍団」に売ると2万円になるという。ところが親ザルにひっかかれ「医者代に2万円以上も払ったよ」と嘆く人がいた。

 

 すっかり暗くなった川治温泉をあとにし、15分ほど歩いて川治温泉駅へ。17時59分発下今市行き電車に乗り、東武鬼怒川線の鬼怒川温泉駅で下車。いよいよ最後の温泉、第10湯目の鬼怒川温泉だ。駅から30分ほど歩き、「仁王尊プラザ」の湯に入る。入浴料350円。ここは24時間営業で、内湯と露天風呂がある。鬼怒川温泉にはフラッと行って入れる温泉がないので、「仁王尊プラザ」はありがたかった。

 

 凍てつく寒さの中を歩いて鬼怒川温泉駅に戻る。下今市駅までの切符(190円)を買い、ストーブにあたりながら、ここまでの出費を計算してみる。ガーン! なんともショックなのだが、出費は1万352円で1万円をオーバーしてるではないか…。

 

 痛恨のきわみは中塩原温泉だ。入浴料700円の中塩原温泉をパスして上塩原温泉の無料の湯“いさきの湯”に入っていれば9652円ですんだのだ。どうせ1万円を超えたのだからと、駅前のコンビニ店で一番安い309円の弁当を買い、待合室で食べたが、これで出費の合計は1万661円になった。

 

 20時36分発の下今市行きの電車に乗る。終点の東武下今市駅からJR今市駅まで歩く。徒歩15分。また“青春18きっぷ”のお世話になる。21時31分発のJR日光線宇都宮行きに乗り、宇都宮で乗り換え、22時08分発野宇都宮線上野行き最終に乗車。上野到着は23時49分だった。始発で上野駅を発ち、最終で上野駅に戻ってきた。

 

 残念ながら1日14湯の温泉には入れなかったが、1日10湯だったので悔いはない。ひとつ残念なのは1万円を661円、オーバーしてしまったことだ。だが、こうして1日をフルに使った満足感がこみあげてくる。

「また別な機会に“1日1万円旅”に挑戦してやるゾ!」

 とカソリ、到着ホームの上野駅8番ホームで吼えるのだった。