賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

「鈍行乗り継ぎ湯けむり紀行」(8)

(月刊『旅』1994年9月号 所収)

 

宇高連絡船ルートで四国に入る

 四国ワイド周遊券(東京発2万7400円)を持っての「四国一周」だ。

 東京駅9番ホームから23時40分発の“大垣行き”に乗る。「中国一周」の、超満員の“大垣行き”とはうってかわって、梅雨に入ったばかりのこの季節。旅行者風の乗客は少なく、楽々と乗れた。乗客の大半は通勤客で、藤沢、平塚と過ぎると車内はガラガラになり、車内放送のなくなる小田原を過ぎたところで眠りについた。

 翌朝、列車が豊橋に到着したところで目がさめる。

 すでに夜が明け、うれしいことに晴れている。名古屋を過ぎ、終点の大垣到着は6時56分。すぐに網干行きに乗り換え、米原で下車。姫路行きの新快速に乗り換えるまでの40分間を利用し、トイレ、洗面をすませ、朝食の立ち喰いうどんを食べ、8時19分米原始発の新快速姫路行きに乗り込む。

 京都、大阪、神戸と通り、姫路で三原行きに乗り換え、12時25分に岡山に着いた。

 ところで今回の「四国一周」では、高松を出発点にし、終着点にするつもりなのだが、高松にはどうしても船で瀬戸内海を渡って行きたかった。

 そこで岡山からは、かつての宇高連絡船のルートをたどることにした。

 岡山駅の13番線ホーム先端にある短い12番線ホームから、12時34分発の宇野線宇野行きに乗る。“鈍行”のイメージどおりのローカル線。途中の茶屋駅で瀬戸大橋線と分かれ、13時25分に終点の宇野に着く。

 宇野駅を出ると、目の前が本四フェリーの乗り場だ。

 高松までの料金は380円。

 第八十七玉高丸に乗る。出航するとすぐに船内の食堂で讃岐うどんを食べ、甲板に上がる。胸がワクワクドキドキしてくる。瀬戸内海は海の銀座通り。東西に行き来する船の列をフェリーはたくみに横切っていく。本州の山々が遠くなるのにつれて、四国の山々が間近に迫ってくる。

 瀬戸内海の船旅を十分に楽しませてくれる高松港までの1時間だった。

城山温泉はビロードの湯

 高松駅は四国鉄道網の起点。四国の各地に出ていく列車がズラリと並んだ光景は壮観だ。そのうちの5番ホームから発車する15時03分発の観音寺行き鈍行列車に乗り、「四国一周」を開始する。

 観音寺行きは2両編成の電車。四国のJR線のうち、予讃線の高松―伊予市間と土讃線多度津―琴平間が電化されている。

 15時23分、鴨川着。四国の温泉めぐり第1湯目の城山温泉に歩いていく。

 沿道のショウブの花が盛りで、目を楽しませてくれる。城山温泉は駅のホームから見えるが、高台にある一軒宿の温泉。駅から徒歩10分。ここには800人収容の演劇場があり、毎日、大衆演劇が上演されている。入浴料は温泉と観劇がセットになって1500円だが、すでにショーは終わり、半額の750円で入浴できた。

 無色透明の、ビロードのような感触の湯で、フワッと肌にまとわりついてくる。とってもやわらかな湯だ。

 温泉めぐりで入るこの第1湯目ほどうれしい湯はない。

 湯につかり、手足を伸ばしていると、東京から10数時間かけて四国にやってきた疲れがスーッと抜けていく。体がウソのように楽になる。重りがポロリと落ちたような軽やかさを感じる。体が軽くなると、心も軽くなる。

 鴨川駅までの帰り道は、鼻唄気分で歩いていくのだった。

 鴨川発16時11分の列車に乗り、坂出到着は16時16分。高松駅から電話を入れた今晩の宿、さぬき瀬戸大橋温泉の「瀬戸内荘」に歩いていく。坂出の中心街を通り抜け、郊外の常磐公園へ。徒歩約30分。

「瀬戸内荘」の展望風呂は、坂出の町並みを望み、気分よく入れる。湯には若干のぬめりがあり、肌がスベスベしてくる。24時間入浴可なのがありがたい。

 湯から上がると夕食。刺し身や焼き魚、てんぷら、煮物、酢の物のほかに、エビや野菜類、シイタケなどの入った讃岐うどんの鍋の出てくるところが、いかにも讃岐の温泉宿らしかった。

 夜の8時になると、宿のサービスで、マイクロバスで常磐公園の展望台まで乗せていってくれる。そこからの展望は忘れられない。

 イルミネーションに彩られた瀬戸大橋が曲線を描いて岡山側へと延びている。瀬戸大橋線の快速「マリンライナー」が、鉄橋を渡る音をともなって1本の光の帯となり、流れ星のように流れていった。

“湯の中談義”で温泉情報を得る

 翌朝は4時に起き、すぐさま朝風呂に入る。ほかに入浴客もいないので、大浴場を独り占めにし、ゆったりとした気分で湯につかる。これが24時間入れる温泉のよさというものだ。

 5時に出発。夜明けの道を歩き、坂出駅へ。5時42分発の一番列車、観音寺行きに乗る。車内では、前の晩に宿でつくってもらった朝食用のおにぎりを食べる。カン入り緑茶を飲みながら車中で食べる、このおにぎりがうまい。

 観音寺で今治行きに乗り換え、香川県から愛媛県に入り、伊予路の温泉めぐりの開始だ。四国には温泉が少ないといわれているが、“温泉不毛地帯”の山陽本線沿線とは違って、たんねんに拾っていくとけっこうな数の温泉がある。

 川之江伊予三島新居浜伊予西条と通り、8時09分に石鎚山駅に着く。

 ホームに降り立つと、四国の最高峰、石鎚山(1921m)を中心とする四国山脈の山々がグッと近くに迫って見えている。このあたりは、瀬戸内海の海岸線から四国山脈の稜線まで、それほど距離がないので、立体感のある、迫力満点の山岳風景になっている。

 石鎚山駅無人駅。駅舎を出ると、駅前を国道11号が走り、石鎚神社の大鳥居が立っている。交通量の多い国道11号を高松方向に200メートルほど歩き、右に折れた田園地帯の中に、一軒宿の温泉、湯之谷温泉がある。

 外来客の入浴は9時から22時まで。入浴料280円。かなりの人気の湯のようで、9時のオープンとともに、次々に入浴客がやってくる。湯の中では、「この一番湯に入りたくてねー」といって、車で今治からやってきたという年配の人と話した。この地方では湯之谷温泉のほかには本谷温泉権現温泉の泉質がいいのでよく入りにいく、という。

 温泉の泉質の良さは、1度ぐらいドボンと入ったぐらいではなかなかわかるものではない。ところが通うようにしてひんぱんに入っている人たちにとっては、泉質の良し悪しがすぐに体にはねかえってくるのでじつによくわかっている。

 それだけに、このような地元の人たちとの“湯の中談義”で得られる温泉情報というのは貴重なもので、実際に自分でその温泉に入ってみたいと思わせるものがあるし、行ってみてまず外れがない。

 ということで、さっそく本谷温泉に行ってみる。

 駅から離れているので、最初の予定には入っていなかった温泉だ。

 石鎚山発9時23分の列車に乗り、伊予三芳到着は9時50分。駅から6キロの道のりを汗まみれになって本谷温泉へと歩く。一軒宿の「本谷温泉館」(入浴料300円。宿泊不可)は、建て替えられたばかりで、木の香がプンプン漂っていた。大浴場もきれいなものだ。掛け湯して汗を流し、どっぷりと大浴場の湯につかった。

 泉質自慢の本谷温泉は、道後温泉、鈍川温泉とともに、“伊予三湯”のひとつに数えられている。1300年前の開湯という歴史の古い温泉でもある。それだけ昔から知られていた温泉ということになる。

 気分よく入れる湯に満足したあと、休憩室で自販機のカップヌードルを食べ、それを昼食にし、また伊予三芳駅まで歩いていく。

“鈍行乗り継ぎ”では、“鈍行列車プラス徒歩”という旅の仕方を貫き通しているが、けっこう辛いものもあって、伊予三芳駅に着いた時には頭から水をかぶったような汗‥‥。ホームに誰もいないのを幸いに、裸になり、温泉で使ったタオルで汗まみれの体をよくふくのだった。

 伊予三芳発からは伊予北条に行き、駅から5分ほど歩き、目の前に横たわる鹿島に、渡船(260円)に乗って渡る。鹿島温泉のある島だ。したたるような緑の島で、野生のシカが生息している。一軒宿の国民宿舎「鹿島」に行く。だが、入浴は宿泊客のみ。そのかわりに、“伊予の江ノ島”といわれる風光明媚な島の小道を歩いた。今度は泊まりで来よう…。

 伊予北条発14時32分の列車で堀江へ。権現温泉は松山郊外の、この堀江駅から歩いていく。だが、ちょっと道がわかりづらい。

 そこで年配の人に道を尋ねた。

「私も権現温泉の近くまで行くので、一緒に行きましょう」

 ということになって、歩きながら、“堀江の年配の人”の話を聞いた。

「堀江駅も、すっかりさびれて…。今では無人駅になってしまいましたよ。だけど以前はにぎやかな駅でした。駅前から権現温泉に行くバスが出ていたし、タクシーの乗り場もありましたよ」

“堀江の年配の人”はほんとうに寂しそうな表情でそんな話をしてくれた。だれでもそうだが、自分の住む土地がさびれていくことほど、辛く、悲しいことはない。

「あとは、この川に沿っていけば、着きますよ。あそこはいい湯ですよ」

 と、教えられたとおりに歩き、権現温泉へ。駅から徒歩で30分ほどの距離だ。

 権現温泉では、「権現温泉センター」(入浴料310円)の湯に入る。若干、白濁した湯の色。湯にはぬめりがある。飲湯できるようになっている。無味無臭なので、抵抗感なく飲める湯だ。時間に余裕があったので、ゆっくりと湯に入り、帰り道もプラプラタラタラと歩く。川では子供たちが水遊びをしている。そんな“権現温泉の子供たち”の写真をとらせてもらったが、いわれてしまった。

「オジサン、また権現温泉に来てね。いつでも一緒に遊んであげるからね」

鷹ノ子温泉の常連サン”

 松山到着は16時43分。『全国温泉宿泊情報』(JTB刊)を見ながら、松山市内温泉の「ビジネスホテル泰平」に電話を入れる。宿泊OK。駅構内の観光案内所で市内地図をもらい、伊予鉄の市電に乗って今晩の宿まで行く。まずは温泉だ。さっと大浴場の湯に入る。ここの湯は、奥道後温泉からの引湯だという。

 さっぱりとした気分でふたたび市電に乗り、道後温泉へ。

 有名な「道後温泉本館」(入浴料280円)に行ったが、超人気の温泉だけあって、入浴券の売り場には列ができていた。脱衣所も、浴室の中も入浴客でごったがえしていた。“立ち寄り湯”の客だけではなく、温泉宿に泊まってやって来る入浴客が多かった。

 道後温泉駅から市電に乗って、伊予鉄ターミナル駅松山市駅へ。今度は、伊予鉄の郊外電車、横河原線に乗って鷹ノ子温泉に行く。

 鷹ノ子駅で下車し、歩いて10分ほどの「鷹の子温泉センター」(入浴料280円)の湯に入る。大浴場の湯はヌルヌルヌルヌルとぬめりが強く、肌にスーッと、薄い膜が張るような感触の湯だ。打たせ湯のついた露天風呂もある。

 おもしろかったのは、

「岩の上に登らないで下さい。もし落ちてケガをしても責任は負いません」

 と書かれた注意書。

 このような注意書があるということは、隣の女湯をついついのぞきたくなるような輩がいるということなのだろう。美人の多い松山だけに、わかるなあ…、その気持ち。ここにはスチームサウナもあって、たっぷり汗を流したところで、ドボーンと飛び込む水風呂が快感。280円の入浴料は安い。

「鷹の子温泉センター」には、屋台風の飲み屋もある。

 ホルモン焼きを肴に、湯上がりの冷たいビールを飲む。隣に座っているこの店の常連サンと飲みながら話したが、ぼくが神奈川から来たというとなつかしそうな顔をし、それだけで喜んでくれた。

鷹ノ子温泉の常連サン”は、慶応大学を昭和30年代の前半に卒業している。

「あのころは、大学のある日吉からは富士山がよく見えたよ。溝ノ口に下宿していてね、駅の周辺にはペンペン草がはえていた。この前、東京に行ったついでにあの辺を歩いたんだけど、すっかり変わっていた。学生時代、遊びに行くといったら横浜でね、なつかしいなあ…、横浜は我が青春の地だよ」

鷹ノ子温泉の常連サン”は大学を卒業したあと、東京の大手建設会社に就職したが、上司と大ゲンカして故郷の松山に帰ってきたという。過ぎ去った30数年という時の流れを振り返り、目尻に涙を溜め、感無量といった表情をする。

「いやー、キミはいいねー、じつにすずやかな顔をしている。関東人の典型だな」

 などとおだてられ、ついつい酒量が上がり、忘れられない鷹ノ子温泉になるのだった。

夕暮れの四万十川を眺める

 松山発5時54分の八幡浜行き一番列車に乗る。2両の気動車で、車内はガラガラ。車窓の風景をながめながら、駅近くのコンビニ店で買ったおにぎりを食べ、カン入り緑茶を飲む。JTBの大型時刻表のページをめくり、昭文社の分県地図をながめる。鈍行列車の旅のよさをしみじみと実感できる瞬間だ。

 この満ち足りた気分は、何といったらいいのだろうか…。自分だけの“動く書斎”を持ったようなもの。これが、鈍行の一番列車のよさなのだ。

 内子、伊予大洲と通り、八幡浜到着は8時00分。予讃線の終点、宇和島へ、ほんとうは8時42分八幡浜始発の鈍行で行きたかったが、その先、予土線の乗り継ぎがうまくいかないので、残念ながら8時59分発のL特急「宇和海3号」に乗った。3両編成のステンレス車両で、軽快な乗りごこちだ。

“鈍行乗り継ぎ”のなかで乗る特急列車というのは、きらめくような新鮮な感動を味わえるものだ。

 宇和島着9時34分。すぐに予土線窪川行きのワンマンカーに乗り換える。1両の気動車だ。予讃線との分岐駅、北宇和島を過ぎると、列車はジーゼルのエンジン音を苦しげに響かせ、峠へと登っていく。

 峠の短いトンネルを抜けると、パーッと開けた盆地の風景。四万十川の支流、吉野川の水系に入ったのだ。宇和海の一番奥、宇和島湾に面した宇和島の背後、距離でいえば10キロにも満たないところが、もう、四万十川の世界なのだ。

 この鉄道の峠には名前はついていないようだが、“峠のカソリ”としては、このような峠にはぜひとも名前をつけてほしいのだ。

「ただいま列車は○○峠のトンネルを抜け出ました」

 などといったアナウンスがあれば、もっといいのだが…。

 列車は川沿いに走り、いくつもの駅に止まり、やがて峡谷に入っていく。そこが愛媛と高知の県境。いよいよ土佐路の温泉めぐりの開始だ。

 吉野川四万十川本流に合流する江川崎で下車し、用井温泉へ。徒歩30分。一軒宿の「西土佐村・山村ヘルスセンター」に行く。だが、入浴は午後3時から……。残念。土佐路の温泉めぐりの第1湯目に入りそこねてしまった悔しさを胸にいだいて、ふたたび、予土線に乗る。

 江川崎からは四万十川の本流をさかのぼり、窪川到着は13時34分。この宇和島窪川間の予土線は、ローカル線情緒満点で、さらに流れていく車窓の風景も美しく、十分に満足できる路線だ。

 窪川からは、土佐くろしお鉄道に乗り換え、終点の中村へ。その途中、荷稲で下車する佐賀温泉(入浴料500円)と、有井川で下車する井ノ岬温泉(入浴料600円)に立ち寄った。佐賀温泉も、井ノ岬温泉も、ともに駅から歩いて30分くらいの距離にある一軒宿の温泉。とくに井ノ岬温泉は、黒潮の洗う太平洋岸にあって、“カソリおすすめ”の温泉だ。

“四国の小京都”中村では、四万十温泉の「サンリバー四万十」に泊まった。1泊2食4800円からという料金の安さと近代的な建物、設備の“公共の宿”。大浴場の湯船で、豪華な気分でひと風呂浴びたあと、夕暮れの四万十川下流にかかる橋の上に立つ。

 中村から宿毛に通じる鉄路が建設中。

「ぜひとも、開通までこぎつけてほしい!」

 と願ってしまう。

 完成のあかつきには、高松から特急列車で宿毛まで行き、フェリーで九州の佐伯(日豊本線)に渡れるようになる。そんな新しい鉄道の旅のコースができるのだ。

 翌日は窪川まで戻り、今度は、土讃線沿線の温泉めぐりをする。

 とはいっても、駅から離れた温泉ばかりなので、セッセセッセと歩かなくてはならない。

 まずは吾桑駅で下車する桑田山温泉だ。

 雨の山道を歩く。見事な棚田。雨に濡れたアジサイの花が色鮮やかだ。40分ほど歩き、山間の一軒宿、桑田山温泉(入浴料600円)の湯に入る。湯から上がると、宿の入口で売っている5個100円の夏ミカンを買い、たてつづけに3個食べた。夏ミカンの酸っぱさが、湯上がりの体にしみ込んでいく。

“夏ミカンパワー”で、来た道を吾桑駅に戻るのだ。

 次に土佐加茂駅で下車する加茂温泉。ここは土讃線沿線では唯一の、徒歩2、3分と、駅に近い温泉なのだが、なかなかうまくいかないもので、金~月が休日。

 その日は月曜日…。

 宿のおかみさんに頼んで、カラッポの湯船にぼくが入っているところを写真にとってもらった。

 波川駅で下車する蘇鶴温泉は徒歩30分。

 一軒宿の温泉で、入浴料は400円。食堂つきの温泉宿。休憩室では、湯から上がったオバチャンたちが、ダンナの悪口や嫁の悪口、隣近所の悪口をこれでもか、これでもかといわんばかりに、大声で話している。

「もしもし、オバチャンたち、誰が聞いているか、わかりませんよ」

 と、ちょっと声をかけたくなるほどのすごさ。

 だが、これも温泉効果!?、いいたいだけのことをいうと、“蘇鶴温泉のオバチャンたち”はさっぱりした顔つきで、

「さ、お昼にしましょ!」

といって、食堂に出ていった。オバチャンたちのパワーのすごさには、ただ、ただ圧倒されてしまう。

 高知の2つ手前、円行寺口駅で下車する円行寺温泉は、一直線に背後の山並みに向かったところにある。徒歩40分の「ファミリー温泉・湯川」(入浴料600円)の大浴場の湯につかる。入浴料以上に豪華な気分を味わえる温泉だ。ここまで来てみると、高知の市街地のすぐ背後にまで、山並みが迫っているのがよくわかる。

 最後は土佐山田駅で下車する夢野温泉。片道5キロと、けっこうな距離がある。それを制限時間90分で勝負するのだ。

 ヒーヒーハーハーいって走り、30分ほどで、物部川の河畔の夢野温泉に着く。

 一軒宿の温泉(入浴料500円)。かわいらしい湯舟につかる。

 時間がギリギリなので、サッと湯から上がり、着替えて外に出た。ところが、そのわずかな間に天気が変わり、なんと、土砂降りの雨…。帰りは、ずぶ濡れになって土佐山田駅まで走り、土佐路の温泉めぐりを終えるのだった。

阿南海岸・宍喰温泉の湯

 土佐山田発16時29分の阿波池田行きに乗る。あっというまに山中に入り、トンネルが連続する。次の新改駅ではスイッチバック。峠の長いトンネルを抜け、土佐山田の2つ先、繁藤駅に下ると、そこは“四国三郎”の吉野川の水系だ。

 土佐穴内駅で吉野川の本流に出会うと列車はそのまま吉野川沿いに走り、高知・徳島の県境を越え、長い大歩危トンネルに入っていく。石鎚山の東、瓶ヶ森(1896m)を水源とする吉野川はおもしろい川で、本来ならば高知で太平洋に流れ出るのが自然なのだが、四国山脈をブチ割って徳島へと流れていく。その現場が大歩危小歩危の峡谷ということになる。

 このような例は、日本ではほかには中国地方の江ノ川ぐらいしかない。

 17時45分、大歩危着。吉野川第一の峡谷美を眺めながら1時間ほど歩くと、今晩の宿の大歩危温泉「サンリバー大歩危」に到着。平成2年に掘り当てた新しい温泉。銘石“阿波の青石”をふんだんに使った岩風呂は、湯量が豊富で、24時間入浴可。気分よく湯に入ったあとの夕食の膳には、アユの塩焼きが出た。吉野川の、それも大歩危小歩危周辺のアユは絶品なのだ。

 翌朝は4時に起き、たっぷり時間をかけて朝風呂につかり、5時に宿を出発する。

 今度は小歩危駅に向かって歩く。徒歩30分。

 朝霧のたちこめる吉野川を右手に見ながら歩いた。

 6時21分発の一番列車、阿波池田行きに乗る。吉野川が山地から平地に抜け出るあたりに位置する阿波池田駅への到着は6時41分。すぐに、吉野川沿いに走る徳島線に乗り換えた。

 右手に四国山脈、左手に吉野川讃岐山脈を車窓に眺めながら徳島へ。

 徳島到着は8時59分。

「四国一周」もいよいよ大詰めだ。

 徳島から牟岐線に乗り換え、終点の海部へ。その途中、四国霊場八十八ヶ所の第23番札所、薬王寺のある日和佐駅で下車。薬王寺に参拝したあと、薬王寺温泉の一軒宿「ホテル千羽」(入浴料400円)の広々とした大浴場の湯に入る。この日和佐は海ガメのやってくる町としても知られているが、駅の改札口には「カメさん情報」のボードが掲げられ、それには「本日までの上陸頭数は16頭」と書かれてあった。

 牟岐線の終点、海部から、阿佐海岸鉄道に乗る。阿波と土佐を結ぶ鉄道だ。次の宍喰駅で降り、宍喰温泉へ。「四国一周」の最後の温泉だ。第1湯目の城山温泉から数えて第18湯目になる。

 駅から徒歩5分の「宍喰温泉保養センター」(入浴料400円)の湯に入る。灰を溶かしたような湯の色。窓越しに国定公園にもなっている阿南の海を見る。胸がジーンとしてくる。湯につかりながらいい風景を眺めるのは最高の贅沢だ。

 宍喰からさらに南へ、県境を越えて高知に入る。宍喰の次の駅が阿佐海岸鉄道の終点、甲浦。ここでは温泉のかわりに、人一人いない海岸で泳いだ。

 梅雨空の雲の切れ目からカーッと照りつける太陽が肌を焼いた。

 甲浦発16時36分の牟岐行きに乗り、牟岐で高松行きのL特急「うずしお22号」に乗り換える。徳島から高松までが高徳線。高松到着は19時44分。駅構内の店で、最後にもう一度、讃岐うどんを食べる。高松を発ってからわずか4日でしかないのに、なにか、10日も、20日も、ずっと四国をまわっていたような気がしてならない。

 カンビールを持って20時37分発の東京行き寝台特急「瀬戸」に乗り込み、「四国一周」を終えるのだった。

◇◇◇

第5章で入った温泉

1、城山温泉(香川県

2、さぬき瀬戸大橋温泉(香川県

3、湯之谷温泉愛媛県

4、本谷温泉愛媛県

5、権現温泉愛媛県

6、松山市内温泉(愛媛県

7、道後温泉愛媛県

8、鷹ノ子温泉(愛媛県

9、佐賀温泉(高知県

10、井ノ岬温泉(高知県

11、四万十温泉(高知県

12、桑田山温泉(高知県

13、蘇鶴温泉(高知県

14、円教寺温泉(高知県

15、夢野温泉(高知県

16、大歩危温泉徳島県

17、薬王寺温泉(徳島県

18、宍喰温泉(徳島県