賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリの1万円旅(2):駆けた! 入った! 東伊豆12湯

(『旅』1991年5月号)

 

 1000円札9枚と、100円玉10個をギュッと握りしめて、250ccバイクのスズキDR250Sで神奈川県伊勢原市の自宅を出発したのは、1991年2月28日の、まだ暗い、午前5時のことだった。

 

 この1万円で、東伊豆の海岸線の温泉に、1湯でも多く入ろういう試みの旅だ。バイクは満タンにしてある。最後に伊勢原に戻ったときにガソリンを入れ、満タンにするというレンタカー方式をとる。

 

 朝食・昼食の食事代を浮かせるために女房につくってもらった弁当と、タオル、地図、カメラ、雨具を持っての日帰りのツーリング。宿泊費に一銭も使わなければ、1万円でもけっこうな旅ができるはずだ。

 

 熱海到着は午前7時。さっそく「駅前温泉浴場」に行く。いままでに何度も入っている公衆温泉浴場で、ここを第1湯目にするつもりでいた。ところが、閉まっているではないか…。午後2時から10時までが営業時間だった。

 

 それではと、駅周辺の温泉ホテルに入浴を頼むが、当然のことのように断られた。

 断られるたびに、シュンと気分は沈んでしまう。気をとりなおし、温泉旅館にあたる。やっと、駅近くの「竜宮閣」という温泉旅館の湯に入ることができた。無色透明の湯につかりながら、ホッと救われたような気分になる。入浴料600円。第1湯目の温泉に入ることのできた喜びで、思わずニコニコしてしまう。

 

 熱海から国道135号を南へ。

 第2湯目は網代温泉「あじろ第一ホテル」(入浴料500円)の湯だ。

「泊まりの学生さんが、お湯の中にシャンプーを入れちゃいましてね。今の若い人たち、いったい、なにを考えているのかしら…。それで、すこしあぶくが残ってますけど、どうぞごゆっくり」

 やさしそうなおかみさんが印象的な湯だった。

 

 第3湯目は宇佐美温泉の温泉民宿「おっとと村」(入浴料500円)。ここの大展望風呂はよかった。すばらしい景色をながめながらの入浴。眼下の宇佐美湾は、雲の切れ目から射し込む日の光を浴びて、キラキラまぶしいくらいに光り輝いていた。湯から上がると高台にバイクを止め、海にストンと落ちる山や湾、漁港、町なみをながめながら、朝食の弁当を食べた。

 

 第4湯目は伊東温泉。まず、伊東駅に行く。駅は情報の宝庫。駅舎内の案内板で共同浴場を探し、行ってみる。だがここも、熱海と同じように午後から…。そのかわり温泉旅館「松林館」(入浴料300円)の湯に入った。

 

 伊東温泉を過ぎると、雨になる。それも、“春一番”の強風をともなっての雨。まるで暴風雨だ。

 春の嵐の中を走り、第5湯目の大川温泉では温泉旅館「きむらや」(入浴料500円)の湯に入った。

 湯から上がると、宿のおかみさんはうれしそうな声で「湾岸戦争の停戦が発表されましたよ」と教えてくれた。

 

 第6湯目の北川温泉では温泉旅館「大屋丸」(入浴料500円)の湯に入る。ここまですべて無色透明で無味無臭の湯だったが、ここの湯は塩からい。東伊豆の温泉の大半は食塩泉だが、このように同じ食塩泉でも塩分の濃度には濃淡がある。

 

 第7湯目の熱川温泉では「ホテルみどり館」(入浴料500円)の露天風呂に入った。 第8湯目の片瀬温泉では温泉旅館「福松荘」(入浴料500円)の湯に入った。

 大川温泉から片瀬温泉までの4湯の湯は、まるで取り決めでもしているかのようにすべて入浴料500円。短い距離の間でのハシゴ湯なので、けっこうフラフラになる。それでも、

「もっと、もっと1湯でも多くの温泉に入るゾ!」

 と気合を入れる。

 温泉のハシゴ湯というのは気合がすべてなのだ。

 

 伊東以南の東伊豆では最大の温泉地、稲取温泉には高層の温泉ホテルや温泉旅館が40軒近くもあるが、これらの温泉ホテルや温泉旅館で入浴を頼んだが、どこでも「入浴はお泊まりのお客さまだけでして‥‥」と断られた。公衆温泉浴場の「寿湯」に行くと臨時休業。もう一軒の「都湯」に行くとまだ開いていない。ガックリ‥‥。

 温泉のハシゴ湯の難しさをかみしめる。

 

「困ったときには飯を食え!」

 というのがカソリの旅の格言なので、さきほどの半分残してある弁当をひろげ、白い波頭のたつ稲取の海を見ながら食べた。

 食べおわると気持ちがすごく落ちつき、

「稲取温泉はパスだ!」

 と、そう決め、第9湯目の今井浜温泉に向かった。

 

 地獄のあとの天国とはまさにこのこと。

 今井浜温泉の町営露天風呂(入浴料500円)は最高だ。目の前に広がる大海原を眺めながら湯につかる。断崖にぶつかる波しぶき‥‥。

「おー、これぞ、温泉!!」

 露天風呂の湯につかりながら、自分の体と大自然が一体になるかのような陶酔感にひたった。稲取温泉の湯に入れずに落ち込んだ気持ちなど、どこかに吹き飛んでしまう。

 伊勢原から148キロの下田到着は夕方の4時。ここで給油。

 6・7リッター入って959円だった。

 

 第10湯目は下田温泉の公衆温泉浴場「昭和湯」(260円)。

 下田からさらに伊豆半島南端の石廊崎を目指し、第11湯目、弓ヶ浜温泉「弓ヶ浜ロイヤルホテル文雅」(入浴料700円)の湯に入る。こうして東伊豆から南伊豆におかけての海岸線の温泉、11湯に入り、夕暮れの石廊崎に立った。灯台に灯が入る。誰もいない岬の先端に立ちつくし、水平線が闇の中に沈んでいくまで海を眺めつづける。潮の香に黒潮の匂いが入り混じっているようだった。

 

 さて、最後の12湯目に挑戦! 

 来た道を引き返し、稲取温泉まで戻ると、まっすぐに「都湯」(入浴料260円)に行く。ねらいは的中し、開いていた。営業時間は午後3時半から9時半までとのこと。

「やったネ!」という気分で、さっそく「都湯」に入る。

「ここの湯はな、ホテルなんかのボイラーで沸かした湯よりもよっぽど効くんだ。兄さんはいい湯に入ったよ」

 湯船で一緒になった地元の常連さんにそういわれた。

 のぼせるくらいに長湯し、意気揚々と湯から上がる。

 

 なんともいえない達成感を感じる。ここまで、温泉の入浴料とガソリン代しか使っていないので、まだ3421円残っている。最後のガソリン代を1000円ぐらいみておけばいいので、2000円は使える計算になる。

「よーし、ここで夕食だ!」

 

 伊豆急行の伊豆稲取駅近くで、キンメ(金目鯛)の味噌漬けとイワシの塩焼きをおかずに、ご飯と味噌汁の夕食にした。夕食代は1500円。山形県酒田の出身だという店のおかみさんとすっかり話し込み、気がつくと時間は10時を過ぎていた。

  

 夜道を走りつづけ、伊勢原に帰りついたのは夜中の2時。

 24時間営業のガソリンスタンドで給油し、DR250Sのタンクを満タンにすると、ガソリン代は7・7リッターで939円。まだ482円も残っている。

 21時間、9518円をかけての東伊豆温泉三昧。

 そして思った。

「1万円温泉旅はおもしろい! 今度は西伊豆温泉三昧をやろう!!」

 

■後日談

 この東伊豆12湯の1万円温泉旅はなんともおもしろいものだった。「うーん、1万円でここまでできるのか」といった驚きがあったし、1万円という枠を設定し、そのなかで懸命になって頭と体を使う旅の仕方がすごく気に入った。

 このあとすぐに、『旅』の誌面で宣言したとおり、西伊豆の1万円温泉旅に出た。

 1991年4月9日のことだ。

 バイクは250ccのロードバイク、スズキ・アクロス。神奈川県伊勢原市の自宅を午前4時に出発し、伊豆半島南端の石廊崎には午前9時に着いた。

 そこから西伊豆を北上したのだ。

 

1、雲見温泉の温泉民宿「さかんや」(入浴料200円)

2、雲見温泉の海辺の露天風呂(無料湯)

3、石部温泉の温泉旅館「いでゆ荘」(500円)

4、石部温泉の平六地蔵露天風呂(無料湯)

5、岩地温泉の温泉民宿「やまさん」(入浴料300円)

6、堂ヶ島温泉の共同浴場(入浴料200円)

7、堂ヶ島温泉の沢田公園露天風呂(入浴料500円)

8、浮島温泉の共同浴場(無料湯)

9、土肥温泉の屋形共同浴場(150円)

10、戸田温泉の「壱の湯」(300円)

11、修善寺温泉の「独鈷の湯」(無料湯)

  という順番に、全部で11湯に入った。

 これら温泉の入浴料の合計は2150円。

 

 最後は沼津ICから東名高速に入り、秦野中井ICまで走り、午後10時に伊勢原の自宅に戻ってきた。全行程392キロ。

 行きに西湘バイパス(100円)、帰りに東名高速(1150円)を走ったので、有料道路代が1250円。ガソリン代が2610円、3度の食事代が2350円(朝の朝定食500円、昼のラーメンライス550円、夜の刺し身定食1300円)、それと石廊崎のジャングルパーク入場料が700円、土肥金山入場料が800円。合計9860円。

 140円、残った「1万円旅」だった。