カソリの1万円旅(1):「伊豆半島一周」の温泉めぐり
(『ジパングツーリング』1998年10月号 所収)
“バイク1万円旅”のおもしろさは、自分の持っている体力、知力の限りを尽くしてやるところにある。それだから「1万円でできそうなツーリング」などは論外で、1万円でできるかどうかわからない、ギリギリの線を狙うのが最高におもしろい。
で、今回、計画したのは「伊豆半島一周」の温泉めぐり。共同湯をメインにし、20湯以上の温泉に入ろうというものだ。
ルールはひとつ、入浴料の上限を500円とする。
“温泉のカソリ”が“湯魂”を旗印に、自分の持っているパワーのすべてを「伊豆半島一周」にぶつけるのだ。
1998年7月13日午前5時、JR東海道線の三島駅前で“G麺ヒラシー”こと、カメラマンの平島格さんと落ち合う。
それまでの10日間ほどというものは毎日、地図と温泉情報とのにらめっこ。その結果の、練りに練ったルートが「三島→熱海」だ。反時計回りに伊豆半島を一周しようというもの。三島駅前午前5時集合というのもすごく意味のある時間なのだ。1万円で最大限のツーリングをするときには、事前の情報収集と計画づくりは欠かせないが、これがまたすごく楽しい!
「さー、出発だ!」
“バイク1万円旅”といったが、今回はスクーター。
スズキのスカイウエイブに乗って颯爽と走りだす。この250㏄のスクーターは、なんとも楽チン。シートの下には檜の桶とタオルの温泉セットが入っている。
まずは伊豆の一宮、三島大社に参拝し“1万円旅”の成功を祈願する。三島は昔も今も伊豆国の中心だ。
「伊豆半島一周」温泉めぐりの第1ステージは“中伊豆篇”。R136を南下し第1湯目の伊豆長岡温泉へ。
こにには4軒の共同湯があるが、早朝からやっているのは「あやめ湯」だけ。6時半のオープンと同時に「あやめ湯」到着。
お見事、お見事!
この6時半という時間に合わせての、三島駅前5時集合だった。
第2湯目の修善寺温泉「独鈷の湯」に入り、第3湯目の湯ヶ島温泉へ。よく知られた共同湯「河鹿の湯」は午後からなので、もうひとつの共同湯「世古の湯」に入った。こうして“中伊豆篇”の3湯に入り、幸先のよいスタートを切った。
修善寺温泉に戻ると、コンビニで6枚入りの食パンと、6枚入りのスライスチーズを買う。それを持って戸田峠まで行き朝食にする。2枚のパンに1枚のチーズをはさんで食べるのだが、これが「伊豆半島一周」の主食。2年前の1996年には、ぼくはこのチーズサンドを主食にして「オーストラリア2周7万2000キロ」を走った。
戸田峠を下り、戸田温泉に着いたところで、第2ステージの“西伊豆篇”の温泉めぐりを開始する。
共同湯「壱の湯」は10時オープンだが、ぴったり10時に到着し、「あやめの湯」同様、最高に気持ちのいい一番湯に入ることができた。
次の土肥温泉には4軒の共同湯があるが、朝からやっている「大藪共同浴場」に入り、湯から上がったところで番台のオジサンとひとしきり温泉談義をした。
土肥からは国道136号で西伊豆の海岸を南下し、浮島温泉、堂ヶ島温泉、祢宜之畑温泉、大沢温泉、松崎温泉と5湯の温泉をハシゴ湯する。さらに岩地温泉、石部温泉、雲見温泉と3湯の無料混浴の露天風呂に入る。3湯とも若い女性たちと一緒になったが、全員が水着‥。
西伊豆から第3ステージの南伊豆へ。
弓ヶ浜温泉では「みなと湯」、下田温泉では「昭和湯」と共同湯に入り、「昭和湯」を出るころには夜になっていた。
下田のスーパーで食料を買い込み、国道135号で今度は、東伊豆の海岸を北上。第4ステージの東伊豆に入っていく。
稲取温泉の共同湯「都湯」に入り、熱川温泉に着いたところで海岸でテントを張ってキャンプする。夕食は豪華版。150円引きのカツオの刺し身を肴に、ヒラシーと“下田温泉ビール”で乾杯。3本58円のキューリと1束100円の葉ショウガに味噌をつけ、バリバリ食った。そのあと飯を炊き、味噌汁をつくり、半額セールのサンマの塩焼きとカレイのあんかけをおかずにして食べた。満腹だ!!
翌朝は、夜明けとともに起き、太平洋に昇る朝日を眺める。心が清められるような瞬間だ。
熱川温泉の共同湯「高磯の湯」は9時半オープンなので、その前に隣の第17湯目になる北川温泉に先に行く。
6時オープンの北川温泉の混浴露天風呂「黒根岩風呂」は入浴料が500円を超えるが、ここだけは唯一の例外とした。長湯を決め込み、コンビニでパンと一緒に買った缶ジュースをなるべくもたせるようにチビチビ飲みながら湯につかる。若いカップルと一緒になったが、彼女はギュッと体にバスタオルを巻き付けていた。
湯につかりながら聞く太平洋の潮騒が胸に響いた。
次に大川温泉を通り越したところにある赤沢温泉の無料の混浴露天風呂に入った。
ここでは埼玉からやってきた若者2人組と一緒になったが、胸がジーンとするほど、気分のいい若者たちだった。大学生とフリーター。夜中の1時に突然、「海に行こうゼ!」ということになり、オンボロ車を走らせてやってきたという。
北川温泉、赤沢温泉と2湯の温泉に入ったところで、熱川温泉に戻り、海辺の露天風呂「高磯の湯」に行く。
受付のお姉さんに、
「男湯は今、入れないのよ。女湯でよければどうぞ」
といわれ、嬉しくなってしまう。
お姉さんには「女性客が来たらここで待ってもらうから、ゆっくり入っていいのよ」といわれたが、「いやー、ぼくたちは全然かまいませんよ」というカソリ&ヒラシー。女湯というだけで、湯には若き女性の肌の香りが漂っているようだった。
そしていよいよ第20湯目の大川温泉の「磯の湯」に入る。まずは目標とした20湯を達成したのだ。「磯の湯」は、海辺の男女別の露天風呂。ここは11時オープンなので、それに合わせてやってきた。入浴料の500円を払って残ったお金が2063円。まだ余裕を残している。次の伊東温泉の共同湯は午後2時から。時間的にもかなり余裕がある。
そこで、「磯の湯」から上がると、東伊豆を観光することにした。
最初に行ったのは、東伊豆第一の海岸美を誇る城ヶ崎海岸の門脇岬。岬突端の切り立った断崖上に立ち、門脇灯台(無料)に登り、城ヶ崎海岸を見下ろした。
次に一碧湖に行く。周囲4キロの小さな湖だが、海の近くにあるとは思えないほどの奥深さ、神秘さを感じる。
湖畔でチーズサンドの昼食にし、食後は30分の昼寝をむさぼった。
13時45分、伊東着。
第21湯目の伊東温泉では、伊東駅近くの共同湯「第一共同浴場」に行った。すでに常連の何人かの人たちが開くのを待っていた。ぼくたちも一緒に並び、午後の2時になるのと同時にオープンした共同湯に入り、湯につかりながら常連さんたちの話をそれとはなしに聞くのだった。
第22湯目の宇佐美温泉に入り、ついに16時45分、第23湯目の熱海温泉に到着。共同湯の「駅前温泉浴場」の湯に入り、ガソリンを満タンにして熱海駅前をゴールにしたが、駅前の“トレビの泉”風の間歇泉に1円玉2個を投げ入れ、253円が残った。合計9747円の“1万円旅”。1万円でここまでできるのだ!
熱海駅前をゴールにしたが、そのまま東京に帰るようなカソリではない。
徹底的に“1万円旅”にこだわり、残金の253円で熱海で贅沢な夕食にする。残っているのはパン2枚とチーズ1枚、ニンジン1本。ここはヒラシーと勝負だ。同じ253円を持ってスーパーに行き、1円でも安い買い物をする。制限時間は15分。
その結果はカソリが完熟トマト大1個(100円)、バナナ1本(40円)、ヨーグルト200g(98円)、消費税11円で合計249円。残金4円。ヒラシーは安売りコーラ(39円)、ヒレカツ(100円)、消費税10円で合計219円。残金34円。ヒラシーの打倒カソリへの道はまだ遠かった…。
カソリはまず完熟トマトをガバッと食い、生のニンジンとヨーグルト・バナナをおかずにチーズサンドを食べ、ヨーグルトをデザートにした。
ヒラシーはコーラを飲みながらチーズ&ヒレカツサンドを食べ、ヨーグルトをデザートにした。カソリ&ヒラシーともに満ち足りた夕食となった。
■「伊豆半島一周」で入った温泉
1、伊豆長岡温泉「あやめ湯」300円
2、修善寺温泉「独鈷の湯」無料
3、湯ヶ島温泉「世古の大湯」100円
4、戸田温泉「壱の湯」300円
5、土肥温泉「大藪共同浴場」200円
6、浮島温泉「しおさいの湯」500円
7、堂ヶ島温泉「沢田公園露天風呂」500円
8、祢宜ノ畑温泉「やまびこ荘」500円
9、松崎温泉「国民宿舎伊豆まつざき荘」210円
10、大沢温泉「かじかの湯」500円
11、岩地温泉「ヨット風呂」無料
12、石部温泉「平六地蔵露天風呂」無料
13、雲見温泉「雲見露天風呂」無料
14、弓ヶ浜温泉「みなと湯」300円
15、下田温泉「昭和湯」340円
16、稲取温泉「都湯」340円
17、北川温泉「黒根岩風呂」600円
18、赤沢温泉「赤沢露天風呂」無料
19、熱川温泉「高磯の湯」500円
20、大川温泉「磯の湯」500円
21、伊東温泉「第一共同浴場」170円
22、宇佐美温泉「おっとと村」500円
23、熱海温泉「駅前温泉浴場」350円
入浴料合計6710円
■「伊豆半島一周・一万円旅」で使ったお金
(第1日目)
温泉入浴料 4090円
ガソリン代 966円
食費 953円
缶ビール 228円
賽銭 5円
(第2日目)
温泉入浴料 2620円
ガソリン代 383円
食費 170円
缶ビール 230円
缶紅茶 100円
熱海駅前 2円
合計9747円
(残り253円)
スーパー食費 249円
(残り4円)