賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

秘湯めぐりの峠越え(42)美笛峠

 (『アウトライダー』1996年11月号 所収)

 苫小牧を出発点にして、最初はR36沿線の千歳市や恵庭市の温泉をめぐった。このエリアには、黒湯の温泉が多い。

 次に舞台を支笏湖に移し、支笏湖温泉、丸駒温泉、伊藤温泉と湖畔の露天風呂に入った。丸駒温泉の露天風呂は絶景湯!

 支笏湖畔からはR276で美笛峠を越え、さらにR230で中山峠、道道1号で朝里峠を越えて小樽に出た。

キリマンジャロ温泉って、ナンダ!

 キリマンジャロ温泉の名前を聞いたときは、

「えー、ナンダ、ナンダ、それって?」

 と、猛烈に好奇心を刺激された。キリマンジャロといえば、標高5895メートルのアフリカ大陸の最高峰ではないか。

 北海道の地名には、アイヌ語に由来するものが多いので、アイヌ語にキリマンジャロ、もしくはそれに近い発音の言葉があるのかもしれない‥‥。

 もしかしたら、コーラ色の黒湯の温泉だということで、キリマンジャロ・コーヒーにちなんでの温泉名なのかもしれない‥‥。

 と、いろいろと想像をめぐらし、興味津々。日本に3000湯あまりある温泉のなかでは一番といっていいほどの珍しい、奇妙な、興味を引かれる温泉名なのである。

 スズキDJEBEL250XCを走らせ、R36で千歳から恵庭に向かっていくと、恵庭の市街地の手前、サッポロビールの工場が目印の交差点に、ドデカイ“キリマンジャロ温泉”の看板が建っている。

 ドデカイのは看板だけではない。その交差点を右折し、1キロほど走ると、天を突くような朱塗りの大鳥居が建っている。なんと、それがキリマンジャロ温泉の入口なのだ。大鳥居の額には、“篠筍貴神社”とある。

 キリマンジャロ温泉の園内に入ると、そこは、ふんだんに巨岩の庭石を配した、これまたドデカイ庭園。かなりの大池もある。その一角に“篠筍貴神社”がまつられていた。

 キリマンジャロ温泉は日帰り入浴の温泉施設。入浴料500円を払い、さっそく湯に入る。内風呂は無色透明の湯だが、2つある大露天風呂は、ともに濃く入れたキリマンジャロ・コーヒー色の湯。真夏の強い日差しを浴びながらコーヒー色の湯につかった。

 湯から上がると、フロントで話を聞く。篠筍貴は“ささき”と読むそうで、創業者の先代社長をまつる神社なのだという。キリマンジャロは、すべてが雄大にということで名づけられたという。いかにも北海道らしい話ではないか。創業は10年前だとのことだが、昔からここには、“美人湯”で知られる温泉があったという。

丸駒温泉の絶景湯

 支笏湖と洞爺湖といえば、道央を代表する“二大湖”。支笏洞爺国立公園は、この2つの湖を中心にしている。そのうち支笏湖のほうが、はるかに太古そのままといった自然を残している。原始の匂いをかげる湖なのだ。

 その支笏湖の北岸、恵庭岳(1320m)の山裾が湖に落ち込むところに、1軒宿の丸駒温泉がある。「丸駒温泉旅館」は大正4年の創業という歴史の古い温泉宿だ。

 大正の頃は、恵庭岳の山麓からは盛んに硫黄が採掘されていた。それを運搬する馬がケガしたときなどに、この地の温泉でいやしたことから丸駒温泉の名がついたという。

 ぼくが初めて丸駒温泉の湯に入ったのは、今から20年ほど前のこと。その当時は秘湯そのものといった感じで、道もダートだった。

「さすが、北海道!」

 といった、いかにも北海道らしい秘湯の温泉宿の風情に感激したものだ。

 丸駒温泉の湯には、その後も何度か入ったが、秘湯ブームも手伝って、行くたびに丸駒温泉旅館の建物は立派になっていった。今では秘湯の温泉宿の風情は薄れたが、それをとり巻く支笏湖の自然は昔も今も、そう、変わりはない。

 なつかしい気持ちもこめて、丸駒温泉の湯に入る。ここの露天風呂は最高だ!

 スコーンと抜けた青空。それは、夏というよりも秋を思わせるような透明感。空の色映して、よけいに青い支笏湖の湖面‥‥。

 湯にどっぷりとつかりながら、目の前に広がる支笏湖を眺める。対岸の、いかにも火山といった山容の、風不死山(1103m)と樽前山(1038m)を眺める。自分の体が北海道の大自然の中に溶け込んでいくかのような不思議な気分を味わう。

 丸駒温泉の露天風呂から眺めるこの風景はすごくいい。北海道ナンバーワンの絶景露天風呂といってもいいほどだ。温泉につかりながら絶景を堪能するというのは、この上もなく贅沢なことのように思えるのだった。

 最高にいい気分で丸駒温泉を後にし、さらにもう1湯、伊藤温泉の露天風呂にも入り、支笏湖畔からR276で美笛峠に向かった。

■コラム■美笛峠

 ぼくは美笛峠の峠名が好きだ。

“美笛”とは、なんともきれいな峠名ではないか。

 R276の美笛峠は千歳市と大滝村の境の峠だが、峠名は峠下の、支笏湖西岸の美笛からきている。

 湖岸には、美笛キャンプ場がある。

 美笛の“ビフエ”はアイヌ語で“小石原の流れ”を意味する言葉だそうで、美笛峠から支笏湖へと流れる美笛川をいっているのだろう。

 アイヌのみなさんにとっては、ビフエを勝手に美笛にされて腹のたつ話だが、それはおいて、ビフエに美笛の字を当てた感性のよさに感心してしまう。

 美笛峠を越える前に、ぜひとも、支笏湖を一周したらいい。

 恵庭岳の北側を通るが、そこでは神秘的なオコタンペ湖が見られる。また西岸には約7キロのダート区間があるが、ロードバイクでも走れるくらいの路面の状態。

 支笏湖側から美笛峠を越えると洞爺湖への道は2ルートある。峠下で左折するR453経由のルート、喜茂別で左折するR230経由のルート。ともにいいルートだが、長流川の渓流を眺め、途中で北湯沢温泉と蟠渓温泉に入れるR453経由のルートがよりおすすめだ。

■「美笛峠編」で入った温泉一覧

1、鶴ノ湯温泉 鶴ノ湯温泉旅館(入浴料400円) 北海道早来町北町

静かな環境の一軒宿の温泉。ハス池の庭園が見事。薄茶色の湯につかりながら、ハス池を見下ろす。

2、信田温泉 信田温泉旅館(入浴料310円) 北海道千歳市泉郷

JR千歳駅前からR337で14キロ。国道沿いにあるラジウム泉。かわいらしい湯船のこげ茶色の湯。

3、松原温泉 松原温泉旅館(入浴料400円) 北海道千歳市泉郷

コーラ色の湯。食塩泉と重曹泉の2つの湯船。やさしい宿のおかみさんにアイスクリームをもらった!

4、キリマンジャロ温泉 キリマンジャロ(入浴料500円) 北海道恵庭市戸磯

内風呂は無色透明の湯、露天風呂はコーヒー色の湯。泉質は植物性のモール泉。美人湯。10時~22時。

5、恵庭温泉 ヘルスセンター(入浴料400円) 北海道恵庭市恵南

「恵庭ヘルスセンター」の湯。内風呂と露天風呂があるが、湯の色はともに濃いコーラ色をしている。10時~22時。

6、支笏湖温泉 支笏湖北海ホテル(入浴料700円) 北海道千歳市支笏

支笏湖の東側にある湖畔最大の温泉地。「北海ホテル」には大浴場と露天風呂。ともに無色透明の湯。

7、丸駒温泉 丸駒温泉旅館(入浴料1000円) 北海道千歳市幌美内

支笏湖畔の1軒宿の温泉。大正4年の創業。湖に面した露天風呂が最高。対岸に樽前山を眺める。

8、伊藤温泉 伊藤温泉ホテル(入浴料700円) 北海道千歳市幌美内

支笏湖畔の1軒宿の温泉。丸駒温泉の手前で左に入る。湖岸の露天風呂。11月下旬~4月は冬期休業。

9、登川温泉 寿楽荘(入浴料300円) 北海道留寿都村泉川   

R230沿いの1軒宿の温泉。「寿楽荘」は高原の湯治宿といった風情。

10、豊平峡温泉 豊平峡温泉(入浴料1000円) 北海道札幌市南区定山渓

森林浴しながら入る大露天風呂がいい。入浴料&本場インド風カレーのセット料金(1500円)はお得。

11、定山渓温泉 定山渓白糸ホテル(入浴料500円) 北海道札幌市南区

定山渓R230沿いにある。豪華温泉ホテルの立ち並ぶ定山渓温泉の中にあって8500円の宿泊費は安い。

12、小金湯温泉 黄金湯温泉旅館(入浴料450円) 北海道札幌市南区小金湯

ここで1晩泊まった。昔ながらの湯治宿の風情がよく残っている。定山渓温泉から5キロ、札幌寄り。

13、朝里川温泉 湯鹿里荘(入浴料500円) 北海道小樽市朝里川温泉 

朝里川温泉の一番奥にある日帰り温泉入浴施設。10時~19時。近代的施設の「かんぽの宿」も入浴可。