賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリの峠越え(5) 九州編(その5):大分・宮崎県境の峠 (Crossing Ridges in Japan: Kyushu Region)

 (『月刊オートバイ』1996年10月号 所収)

 

 九州の峠越え、第5弾目は、大分・宮崎県境の峠。

「阿蘇の峠」を終えたあと、国道57号で熊本県から大分県に入り、竹田盆地の中心、竹田の町に出た。

 

 竹田は胸にキューンとしみるようないい町だ。大分と熊本を結ぶ豊肥本線の豊後竹田駅前に、峠越えの相棒のDJEBEL200とともに立ち、「さー、行くゼ!」と、ガッツポーズ。峠越えの出発の儀式を終えたところで走り出す。竹田が「大分・宮崎県境の峠」の出発点なのだ。

 

岡城跡を歩く

 竹田は城下町。豊後竹田駅前を出発すると、竹田の中心街を走り抜け、山上の岡城跡に行く。駐車場にDJEBELを止め、城跡の観覧料、300円を払うと、巻物風の岡城の案内図がもらえた。

 

 竹田は中川氏7万石の城下町として栄えたが、絵図で見るその城は見事なものだ。今は、壮大な石垣が残るのみ‥。そんな城跡を歩いていると、もの悲しさを感じてしまう。

 

 本丸跡に立つ。北西の方角に、九重連山を眺める。左に九住山(1786m)、中央に大船山(1786m)、右に黒岳(1357m)。九重連山の主峰群が青く霞んでいる。

 

 目を南に向けると、大分宮崎県境の祖母山(1757m)、傾山(1602m)が特徴のある山容で、はっきりと見える。これからその、祖母山、傾山に向かって走っていく。 岡城跡は名曲「荒城の月」の舞台。

 

 城跡を歩きながら思わず口ずさんでしまったが、「荒城の月」を作曲した滝廉太郎は竹田で生まれた。竹田はいい町だ。竹田盆地も心に残る風景だし、岡城跡も忘れられない。

 

日本のナイアガラの滝

 DJEBEL200のアクセルを軽く2度、3度、吹かし、走り出す。名残おしい竹田の町に別れを告げ、国道502号でゆるやかな峠を越え、隣り町の緒方へ。そこから県道7号緒方高千穂線に入っていく。目指すのは、大分宮崎県境の峠、尾平越だ。

 

 前方の祖母山、傾山を眺めながら走る。絶景だ。祖母山、傾山を中心とした一帯は、祖母傾国定公園になっている。

 

 平地から山地にかかるあたりには“日本の滝100選”にも選ばれている原尻ノ滝がある。高さ17メートル、幅120メートル。「おー!」と、思わず声を上げてしまうほどの大滝だ。

 

“日本のナイアガラ”ともいわれているが、ナイアガラは、ちょっとオーバーだな。でも、日本離れした大陸的な滝であることには間違いない。

 

 滝を間近に眺める食堂で、早めの昼食にする。名物の団子汁を食べながらの滝見物だ。団子汁は「阿蘇の峠」で、熊本の郷土料理として紹介したが、大分の郷土料理でもある。ここで食べた団子汁は、キシメン風の幅広の麺だった。

 

 ところで本家のナイアガラの滝だが、「アメリカ全州走破」をしたときに見た。世界の大河、セントローレンス川が高さ50メートル、1000メートル以上の幅で落ちる様は、言葉ではいい表せないほどの迫力だ。

 

 また、「アフリカ大陸縦断」では、ビクトリア滝を見た。「南米大陸一周」では、イグアス滝を見た。これらは“世界3大滝”だが、カソリの採点だと1位がビクトリア滝、2位がナイアガラ滝、3位がイグアス滝になる。

 

尾平越、通行不能

“日本のナイアガラ”原尻ノ滝を目の底に焼きつけたところで、大分宮崎県境の尾平越に向かって出発。平地から山地に入り、祖母山と傾山の間の尾平越に向かって登っていく。

 

 最奥の集落が尾平。ここには、尾平鉱山があった。歴史の古い鉱山で、江戸時代には、竹田藩のスズ鉱山として栄えた。尾平のスズ鉱山は盛衰を繰り返しながらも、明治以降もつづき、閉山されたのは昭和54年のことだった。

 

 その尾平を過ぎると、峠に向かっての、一気の登りになる。急カーブが連続する。DJEBEL200のエンジン音が山肌にぶつかり、はねかえってくる。

 

 じつは、この県道57号緒方高千穂線を走ってくる途中では、何度か、“尾平越通行止”の案内板を目にした。だが、オートバイならば通れるぐらいの気持ちで走った。

 

 ところが、大分宮崎県境の峠、尾平越に着くと、峠のトンネルは全面改修の工事中で、大型の掘削機がはいっていて、通行は、まったく不能‥。さー、困った。こういうときは、すばやく、どうしたらいいのかを考えなくてはならない。地図を広げて考える。そして、結論を出す。「よし、竹田まで戻ろう」

 

神話のふるさと、高千穂へ

 尾平越から竹田まで40キロ、来た道を引き返す。原尻ノ滝をもう1度、見る。

 竹田からは、今度は県道8号竹田五ヶ瀬線を行く。原尻ノ滝のある緒方川に沿って上流へ、上流へと走っていく。

 

 大分県からいったん、熊本県に入り、ゆるやかな津留峠を越える。峠を下ると津留の集落だ。そこから、宮崎県に入り、崩野峠を越え、国道325号に出た。

 

 日本の神話の故郷、高千穂へ。高千穂鉄道の終点、高千穂駅に行き、高千穂神社に参拝し、高千穂峡を見る。そのあとで、高千穂の町から10キロほどの天岩戸神社に行く。西本宮に参拝。天照大神をまつっている。

 

 まさに神話の世界で、岩戸川の対岸に、天照大神が隠れたという洞窟がある。ここに八百万の神々が集まり、天ノ岩戸に隠れた天照大神に出てきてもらうために舞ったのが、今の高千穂の夜神楽の起源だという。

 

 天岩戸神社前の道が、宮崎県道7号高千穂緒方線で尾平越に通じている。今度は、宮崎県側から尾平越まで登るのだ。

 

 岩戸川の谷間に入っていく。見事な棚田の風景がつづく。祖母山からの湧水が流れ落ちる常光寺滝を見る。最後の集落、中野内を通り過ぎ、峠へ。宮崎県側の登りは、大分県側に比べるとゆるやかだ。

 

 尾平越に到着。峠のトンネルの前で、DJEBEL200を止める。トンネルこそ抜けられなかったが、こうして、最初は大分県側から、次に宮崎県側からと、両方向から峠を登ったのでこれでよしとしよう。“峠のカソリ”、峠には、トコトン、こだわりたいのだ。 

 

 尾平越からは、来た道を引き返し、峠を下る。天岩戸神社近くまで戻ると、県道か山中に入ったところにある天岩戸温泉(入浴料400円)に行く。大浴場はこのあたりには温泉がほかにないこともあって、けっこう、ワサワサと混み合っていた。打たせ湯、サウナもある。湯上がりに、休憩所で冷たいカンジュースを飲み、また、高千穂の町に戻るのだった。

 

九州の秘湯に泊まる

 高千穂から国道218号で延岡方向へ。隣り町の日之影町に入ったところで、旧道で日之影の町へ。高千穂鉄道の日之影駅前にDJEBEL200を止める。じつは、ここが日之影温泉。駅舎内の温泉なのだ。

 

 自動券売機で入浴券(300円)を買い、2階の浴室へ。駅舎内の温泉らしく入口には、鉄道用の信号。列車の到着15分前になると青信号が黄色に変わり、5分前になると赤信号に変わる。

 

 さっそく湯につかる。湯気のモウモウとたちこめる浴室の中央には円形の湯船がある。窓際にも湯船。そこからは、湯につかりながら、高千穂鉄道の線路を見下ろすことができる。

 

 湯から上がると、階下の食堂でシシ汁定食(700円)を食べた。このあたりはイノシシがたくさんいるので、シシ汁は名物料理になっている。味噌味の汁の中には、ダイコンやニンジン、コンニャクとともに、シシ肉がゴッソリと入っている。うまかった!

 

 満ち足りた気分で、県道6号日之影宇目線を走る。この県道6号は、県境の峠の杉ヶ越を越えていく。

 

 夕暮れ。日之影川の谷間には、ポツン、ポツンと集落がある。家々に明かりが灯る。やがて見立渓谷に入っていく。その中に、ポツンと、1軒宿の温泉がある。九州でも屈指の秘湯、白滝温泉(1泊2食7000円)だ。そこが、今晩の宿。前から1度、泊まってみたい!と思っていた温泉なのでうれしい。さっそく湯に入る。湯上がりに、キューッと飲むビールのうまさ!

 

 翌朝は早朝の出発。峠に向かって登っていくと、険しい山並みの山岳風景が、ウワーッと間近に迫ってくる。県境の杉ヶ越は、傾山東側の峠。峠のトンネルを抜け、大分県側に入ると、山並みは宮崎県側に比べ、はるかにゆるやかなものになった。

 

3藩境の三国峠

 国道326号にいったん出たところで、来た道を長淵という集落まで引き返し、県道45号宇目清川線で梅津越を越える。宇目町と清川村の境の峠だ。梅津越は明治10年(1877年)の西南の役の激戦地。政府軍に破れた薩摩軍は峠を越えて南へと敗走していった。また、峠からは尾根づたいにダートの梅津越林道が分岐しているが、また今度、別な機会に走りにこよう。

 

 梅津越を下っていくと、清川村の牧口に出る。そこから国道502号で三重町の三重へ。三重からは国道326号で三国峠に向かう。峠への一気の登り。

 

 国道326号の新道は峠をトンネルで抜けているが、トンネル入口の手前で左に折れて入る旧道の峠道がよかった。傾山からつづく山並みを見渡す。 

 

 三国峠は標高660メートル。なぜ、三国峠なのか峠に立つまで、すごく疑問だった。ふつう、三国峠というのは、昔の国の3国境もしくはその近くの峠をいうからだ。ところが、この三国峠は、豊後1国の「一国峠」なのである。あえていえば、北の大野郡(三重町)と南の南海部郡(宇目町)境の郡境峠だ。

 

 旧道で三国峠に立って、その疑問が解消された。峠には案内板が立っていた。それによるとこの峠が江戸時代、岡藩(竹田)と臼杵藩、佐伯藩、3藩の境で、それで三国峠なのだという。知的好奇心が満たされたような、なにか、すごく得したような気分で三国峠を下り、新道の国道326号に合流するのだった。

 

 宇目町楢ノ木で国道326号を左折し、榎峠を越える。ゆるやかな峠。峠のま上に宇目町役場がある。つづいて、井ノ内峠、目白峠と越えて野津町で国道10号に出た。

 

 国道10号で大分へ。犬飼町で大野川の河畔に出る。やがて広々とした平野の風景に変わっていく。

 大野川は祖母山の南西を源とし、竹田盆地を流れ、原尻ノ滝のある緒方川などを合わせ、大分の近くで別府湾に流れ出る。全長110キロ。大分県では一番、大きな川だ。

 

 今回の「大分宮崎県境の峠」では、あちこちで大野川水系の流れを見てきた。峠越えのよさのひとつは、川がどのように流れているのかが、じつによくわかることだ。

 

 大分に近づくにつれて、交通量は増え、最後は渋滞に巻き込まれての大分到着となった。 国道10号沿いの大分市内温泉「ぽかぽか温泉花園の湯」に入り、気分をよくしたところで、大分駅前でDJEBEL200を止め、そこを「大分宮崎県境の峠」のゴールにするのだった。