賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

秘湯めぐりの峠越え(45)人形峠編(岡山・鳥取)

 (『バイクで越えた1000峠』1995年9月JTB刊 所収)

ウラン鉱と人形伝説の人形峠

 中国山地の人形峠を越えようと、「インドシナ一周」(1992年~1993年)を走ったスズキRMX250Sで岡山県津山市にやって来たのは、まだ、残暑の厳しい季節だった。

 岡山県は旧国名でいうと、吉備の国が分かれた備前、備中(備後は広島県)と美作の3国から成っているが、津山は昔も今も美作(略して作州という)の中心地になっている。津山盆地に位置し、美作では、唯一の市になっている。

 中国道を夜通し走り、津山に着いたのは、午前6時。まず、津山の町をぐるりとまわってみる。姫新線、因美線、津山線の各線が集まる津山駅前に立ち、吉井川を渡り、シャッターが下りている商店街を走り抜け、津山城跡を歩いて見てみる。津山は松平市10万石の城下町だった。

 さて、出発だ。R179で岡山・鳥取県境の人形峠を目指す。中国道の院庄ICの前を通り北へ。前方にはなだらかな中国山地の山々が連なっている。津山盆地を抜け出て、山間部に入っていく。岡山県には吉井川、旭川、高梁川という3大河川が流れているが、R179はそのうちの吉井川に沿っている。

 山あいの集落をいくつも通り過ぎていくと、やがて奥津渓。西日本でも有数の渓谷美を誇っているだけのことはあって、RMXを止め、しばし岩の上に座り、渓谷美をながめるのだった。

 奥津渓を過ぎると、湯郷温泉、湯原温泉とともに“美作三湯”に数えられている奥津温泉に着く。ここでは、国民宿舎「錦山荘」(入浴料300円)の湯に入った。さらにもう1湯、上斉原温泉でも国民宿舎の「白雲閣」(入浴料200円)の湯に入った。

 人形峠下の美作の2湯に入ったあと、辰巳峠を越えるR482との分岐点を過ぎ、人形峠に向かって登っていく。人形峠の新道は、中国山地をブチ抜く全長1865メートルの人形トンネルだが、新道を左に折れ、旧道に入っていく。曲がりくねった舗装路。大半の車は新道を通るので、旧道の交通量はほとんどなく、気分よく走れる峠道だ。

 中国山地の人形仙(1004m)の東側にある標高739メートルの人形峠に到着。

 人形峠といえば、ウラン鉱で有名だが、昭和30年に発見され、一躍、脚光を浴びた。その鉱床は人形峠の周辺から、東の辰巳峠周辺にまでつづいているという、日本最大のものだ。人形峠にはウランの精錬所がつくられ、濃縮ウランのプラントもつくられ、日本を代表する原子力の峠になった。

 ここには、動力炉核燃料開発公団の資料館があり、実物のウラン鉱を見ることができる。さらに原子力発電の仕組みや核燃料のサイクルなどもわかりやすく展示してある。一見の価値のある原子力資料館だ。

 人形峠が原子力の峠になったのは最近のことだが、峠自体の歴史はきわめて古く、昔から山陽と山陰を結ぶ峠であった。岡山側の人たちは、人形峠を越える街道は倉吉に通じているので、倉吉往来とか倉吉街道と呼んでいた。鳥取側の人たちは、津山に通じる街道なので、津山往来とか津山街道と呼んでいた。また、伯耆(鳥取県西部)と美作を結ぶ街道なので、伯美街道と呼ぶこともあった。

 この人形峠の峠名の由来がおもしろい。「蜂の大王伝説」が伝わっている。この峠には蜂の大王がすんでいて、この蜂に刺されると、峠を越える旅人は生きては帰れなかったという。ある日、旅の坊さんが、

「大きな人形をつくって峠に立てなさい。そうすれば、3日もすれば、その蜂の大王は死ぬであろう」

 と、いった。さっそく村人たちは、人間ほどの大きさの人形をつくり、峠に立てた。すると、ほんとうに3日後に、オバケのような蜂が死んでいたという。蜂の大王は、木でつくった人形をほんとうの人間だと思い、何度も何度も刺し、ついに力つきてしまった。村人たちはその人形を土に埋め、峠の守り神にしたという。

伯耆の温泉めぐり

 人形峠を越えて鳥取県に入る。旧国名でいうと、伯耆に入ったのだ。

 倉吉へと下っていく。その途中で、三朝温泉に立ち寄る。伯耆の温泉めぐりの第1湯目だ。

 三朝温泉といえば、城崎温泉、皆生温泉と並ぶ“山陰の三大温泉”。ここには、すごくいい河原の露天風呂がある。おまけに無料で混浴。“水着の着用、厳禁”の注意書きもある。熱い湯と温い湯の、2つの湯船がある。目の前を流れる三朝川をながめながら湯につかる気分は最高!

 三朝温泉でさっぱりしたところで、伯耆の中心、倉吉の町に入っていく。町をひとまわりしたあと、山陰本線の倉吉駅へ。町の中心から駅までは、かなり離れている。

 倉吉からさらにR179を走り、日本海に向かう。広々とした倉吉平野のかなたに“伯耆富士”の大山がそびえている。

 伯耆の温泉めぐりの第2湯目は、東郷池の湖畔にある羽合温泉。ここでは、「ハワイゆーたうん」(入浴料300円)の湯に入る。ところで羽合温泉は、羽合とハワイの語呂合わせがすっかり受けて、今ではハワイ温泉になっている。日本のハワイなのだ。羽合農協もハワイ農協だし、羽合産の野菜もハワイ野菜。湯から上がると、R9で日本海に出たがそこはハワイ海水浴場。羽合温泉のある羽合町は、ハワイ一色だ。

 そのあと第3湯目の、東郷池をはさんで羽合温泉とは反対側にある東郷温泉では、「東湖園」(入浴料200円)の湯に入り、また、倉吉に戻るのだった。