賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

秘湯めぐりの峠越え(46)犬狭峠編(鳥取・岡山)

 (『バイクで越えた1000峠』1995年9月JTB刊 所収)

倉吉から犬狭峠へ

 前回の「人形峠編」を終えたあとは、倉吉からR313で鳥取・岡山県境の犬狭峠に向かった。

 峠下が関金温泉。

 ここでは大きな酒樽に湯の入った大樽露天風呂を名物にしている「ホテルせきがね」(入浴料400円)の湯に入ろうとしたのだが、名物・大樽露天風呂の入口に立ちふさがっている人に、

「今、撮影中なので、入浴はご遠慮下さい」

 と、いわれた。

「フザケルナ、この野郎」

と、ムッときたが、腹だたしい気持ちを抑えて内風呂に入った。

 だが、そのくらいのことで、おとなしく引き下がるようなカソリさんではない。湯から上がると、大樽露天風呂を囲っている垣のすき間から、中をのぞき込んでやった。

「アーッ!」

 と、思わず、息を飲む。

 透き通るような白い肌の美人が、酒樽の湯につかっているではないか。美人の白い肌はほんのりと桜色に染まっている。それがなんともなまめかしい。

 カメラマンは、「あーだ」、「こーだ」とポーズをとらせてパシャリ、パシャリと写真をとっている。カメラマンて、いい商売だねー。

 ところでここには昔、鳥取藩の関所が置かれ“湯の関番所”と呼ばれていた。

 R313のすぐわきには案内板が立っていて、それには次のような、関所にまつわる話が書かれていた。

 通行手形を持たない旅人が、作州(岡山)方面から倉吉に行こうとして、番所にお尻のほうから入った。

「これこれ何れに参る」

「ヘイ、作州でございます」

「どちらから参った」

「ヘイ、伯耆からで‥‥」

「手形は」

「ヘヘッ、どうぞごらんなさいやし」

 と、何か包んだものを差し出した。

「馬鹿者め、天下の番所を手形なしで通行しようとは、不届千万、早々に引き返せ」

「ヘヘッ」

 といって、旅人は倉吉方面に抜けていった‥‥という話だ。

 今の時代でいったら、パスポートなしで、国境を越えるようなもの。通行手形を持たない旅人が、知恵を働かせて関所をうまく通り抜けていくのは笑える話だが、関所の役人の人情味もこもっていて、なんともいい話ではないか。

 関金温泉からは、犬狭峠を登っていく。上蒜山、中蒜山、下蒜山とつづく蒜山の山々が目の前。その蒜山の東側を越える峠が犬狭峠だ。

 標高514メートルの鳥取・岡山県境の犬狭峠に到着。この街道を鳥取側の人たちは美作につうじているので、作州街道と呼び、岡山側の人たちは、伯耆に通じているので、伯州街道と呼んでいる。犬狭の峠名の由来だが、その名のとおり、犬が通り抜けるのも困難なほどの峠道だったからだといわれている。昔の峠越えの大変さが目に浮かぶようだ。

美作の温泉めぐり

 犬狭峠を下った美作側では、温泉めぐりをした。第1湯目は津黒高原温泉で、国民宿舎「津黒高原山荘」(入浴料250円)の湯に入った。

 第2湯目は“美作三湯”のひとつ、湯原温泉。

 温泉街の一番奥、旭川の河原に大露天風呂がある。無料&混浴の露天風呂。目の前には、旭川をせき止めた湯原ダムがそそり立っている。

“水着の着用は、ご遠慮下さい”と、注意書きがしてあるが、水着姿の若い女性が2人、「温泉って、いいわねー」などといいながら、うれしそうに入っている。湯原温泉の、この無料&混浴の露天風呂は、西日本では最大だ。

 第4湯目は足温泉。戦国時代、高田(勝山)城の守将、佐伯辰重が戦いで傷ついた将兵たちを治すために、樽に入れてこの温泉に送りこんだので、樽温泉といわれるようになったという。足温泉の名はそこからきている。公衆温泉浴場(入浴料130円)の湯に入ったが、けっこうな人気で、次々と入浴客がやってきた。

 第5湯目は真賀温泉。公衆温泉浴場(入浴料250円)の湯に入ったあと、R313に面した温泉旅館「もりや」に泊まった。宿の奥さんはきれいなひとだったし、夕食は手のこんだ料理だったし、うれしくなるような温泉宿だった。

 翌日はザーザー降りの雨。中国道の落合ICに向かって走ったが、神庭の集落で国道を右折し、「日本の滝100選」にも選ばれている神庭滝に寄り道する。「日本一の名瀑」と書かれた看板にひかれたのだ。滝を見るのに300円とられるが、これが一見の価値のある滝だった。高さ110メートルの神庭滝は、大雨で川が増水していたこともあって、ものすごい迫力で流れ落ちてくる。

 こうして美作の温泉めぐりを終えると、勝山、久世と旭川沿いの町々を通り、落合ICで中国道に入った。

 東京を目指し、中国道→名神→東名と、ひたすらに雨中の高速道を走るのだった。