賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

「鈍行乗り継ぎ湯けむり紀行」(6)

(月刊『旅』1994年7月号 所収)

超満員の“大垣行き”

 “鈍行乗り継ぎ”の定番列車“大垣行き”に乗ろうと“青春18きっぷ”を手に、午前0時30分、東海道本線小田原駅にやってきた。30分ほど待って到着した列車を見て、

「いやー、まいったなあ……」

 と、ぼくは思わず嘆きの声を上げてしまった。なんと超満員なのだ。

 春休みの最中で、なおかつ土曜日の夜の東京発ということで、よけいに混んでいるのだろう。

“大垣行き”は、静岡を過ぎても、浜松を過ぎても超満員のままで、座席には座れない。やがて、うっすらと夜が明けてくる。豊橋、名古屋を過ぎても、まだ座れない。立ちっぱなしのままで、とうとう大垣に着いてしまった。

 これには、まいった……。

 というのは、その2週間ほど前に、伊豆半島の林道をバイクで走行中、痛恨の転倒。右肩の鎖骨を折り、右足を強打してしまった。幸いなことに右足は骨折こそしなかったが、プクーッと腫れあがり、右側に湾曲し、足をズルズル引きずらなくては歩けないような状態で、立っているのも辛かった。

 そのような満身創痍の体で小田原から大垣までの6時間あまりを立ちっぱなしだったので、大垣駅のホームに降り立ったときは頭がクラクラッとしてしまった。

 接続している大垣発7時03分の加古川行きには、うまい具合に座れた。おまけに、なんともラッキーなのだが、京都・大阪・神戸の三都めぐりをするという“女子大生3人組”と一緒の席になった。

 3人とも、まだ女子高生の面影をたっぷりと残したかわらしい女性たち。そのようなめったにないチャンスだというのに、列車が動き出すと、もう目を開けていられない。「小田原→大垣」間の疲れがドーッと噴き出し、なんと、京都に着くまでコンコンと眠りつづけた。

 カソリ、一生の不覚。

 それも、“女子大生3人組”を目の前にして、ヨダレをたらしながら眠ったのだ。

 恥ずかしい‥‥。

 京都駅で一緒に降りた“女子大生3人組”には、

「どうぞ、いい旅をつづけて下さいネ」

 と、一声かけて、ぼくは山陰本線の0番線ホームに向かう。

 これから、行きは山陰本線、帰りは山陽本線でぐるりと中国地方を一周するのだ。

「九州一周」にひきつづいての「中国一周」。「分割・日本一周」の第2弾目といったところなのである。

城崎温泉共同浴場「地蔵湯」

 山陰本線の京都発9時38分の園部行きに乗ると、次の丹波口駅で、行き違い電車の待ち合わせになる。山陰本線は、最初から単線。このローカル線ぽくて、不便なところが、山陰本線の魅力にもなっている。

「京都→園部」間は電化区間で、嵯峨野線の愛称がついているが、園部から先はジーゼルになる。福知山で乗り換え、京都府から兵庫県に入る。

 豊岡で乗り換え、14時18分、城崎着。山陰本線の沿線では最大の温泉地、城崎温泉に行く。1400年の歴史を誇る日本でも屈指の名湯だ。駅から5分も歩けば、共同浴場の「地蔵湯」(入浴料300円)に着く。城崎温泉には全部で6つの共同浴場(入浴料はどこも300円)があるが「地蔵湯」を最初として、それら6湯を“はしご湯”してまわろうと思うのだ。

 城崎温泉では、昔から、外湯めぐりが盛んにおこなわれていた。温泉宿(内湯を持たない宿が多かったし、今でもそのような宿が何軒もある。そのため温泉街は、外湯を中心にして発展した)に泊まり、共同浴場の湯にひとつずつ入っていくのが外湯めぐりである。今でもその影響は色濃く残り、宿の浴衣を着て共同浴場にやってくる人たちの姿をよく見かける。

 これは前にもふれたことだが、ぼくは共同浴場めぐりが大好きなのだ。温泉宿に泊まっても、共同浴場のあるような温泉地だと、宿の湯に入ったあとで共同浴場の湯に入りにいく。共同浴場が何湯もあるような温泉地だと、全湯に入ってみたくなるのである。

 城崎温泉の外湯めぐりをするとはいったものの、「地蔵湯」で、かなり緊張していた。というのは、骨折から17日目で、病院の先生からは温泉に入ってもいいといった許可をもらっていないし、痛みも、まだかなりのものだ。脱衣所では、右手を使えないので、左手一本で服を脱ぎ、肩を固定している“鎖骨バンド”をおそるおそるはずした。そして浴室に入り、大浴場の湯につかる。

 衝撃的な痛み。

 ガーンと、ハンマーで頭を一撃されたようなもの。

 思わず「ギャー!」と、叫び声を上げるところだった。湯船から上がると、洗い場のかたすみで、しばらくうずくまってしまった。

 ところで、栃木県の川俣温泉では、地元の猟師さんと一緒の湯に入ったことがある。そのときの猟師さんの言葉が、今でも忘れられない。

「わしら猟師は、山で怪我をするとすぐに、温泉に入る。そうすると、傷の治りかたが全然、違うのだ」

 ぼくは実際に、そのような経験をしたことがある。

 帝釈山脈の安ヶ森林道をバイクで走行中に転倒し、膝をかなり切ったときのことである。峠を下り、湯西川温泉共同浴場のコンコンと湧き出ている湯で傷口をよく洗い、我慢して湯につかったが、そのあとの傷の治り具合は信じられないくらいに早かった。温泉の湯を使っての応急処置がよかったのだ。

 また、那須連峰の大川林道をバイクで走行中にも、やはり転倒。歩けなくなるくらいに足を強打したが、近くの板室温泉の湯で痛めた足をさすると、なんとか歩けるようになったのだ。温泉には、このようなミラクルを実現させる速効性もある。

 それともうひとつ、甲州各地にある“信玄の隠し湯”を代表として、日本各地には、戦国の武将たちが傷ついた将兵を湯治させたという伝説の温泉がいくつもある。ぼくは“武将たちの隠し湯”にも興味をもって入っている。

 このような猟師さんの話、自分自身の体験、さらには“隠し湯伝説”あたりをよりどころとして、ちょうどいい機会だから、自分の体を実験台にして温泉の効能を確かめてやろう、骨折した右肩をはじめとして、打撲した右腰、右膝、右足を治してやろうと、今回、旅立ったのだ。

 しかし、あまりの痛みに「地蔵湯」でうずくまっていると、弱気になってしまう。

「あー、やっぱり、無理だったのかなあ……」

 嵐のような痛みが過ぎ去ると、鉛のように重い体をむりやりに引きずって、次の「柳湯」に行く。円山川の支流沿いに城崎温泉の温泉街は細長く延びているが、その中に点々と共同浴場があり、「柳湯」でも激痛に打ちのめされて湯につかった。

 ところが不思議なことに、「一の湯」「御所の湯」「まんだら湯」と共同浴場にひとつ入るごとに、ハンマーで殴られるような痛みはすこしずつ弱まり、湯の中で肩や腰、膝、足をさすれるような余裕が生まれてくる。

 最後の「鴻の湯」では、一番最初の「地蔵湯」のときとは比べものにならないくらいに痛みが薄らいでいた。

カニカニカニ

 城崎温泉の外湯めぐりを終え、城崎駅に戻ると、駅前から香住町温泉の温泉民宿に電話をかけまくる。松葉ガニで有名な香住町温泉に今晩、泊まろうと思っているのだ。

 10軒目くらいの電話で、柴山温泉の「たかはしや」が宿泊OK!

「これからすぐに行きますから」

 といって、城崎発17時20分の鳥取行きに乗る。香住町温泉というのは山陰本線の佐津、柴山、香住、餘部の4駅周辺にある香住町内の温泉の総称で、30軒ほどの温泉民宿がある。

 城崎を出発し、次の竹野駅を過ぎると、右手の車窓には日本海の風景が開けてくる。

 列車は山陰海岸国立公園を行く。山々は断崖となって海に落ち込み、小さな入江の海の色は、あくまでも青い。このあたりは、山陰本線の一番の絶景といっていい。

 17時42分、柴山着。駅の周辺が柴山温泉で、何軒かの温泉民宿がある。夕暮れの海辺を歩き、柴山漁港まで行ってみる。この柴山漁港と隣の香住漁港、円山川河口の津居山漁港が、但馬(兵庫県北部)の松葉ガニ漁の中心になっている。漁期は11月中旬から3月末まで。今晩の宿の「たかはしや」では、松葉ガニを食べさせてもらえることになっているのだ。

「さあ、カニだ、カニだ!」

 と、喜び勇んで、温泉民宿の「たかはしや」に行く。湯から上がると、部屋の食膳には“カニスキ”が用意されている。“カニスキ”とは、カニ鍋のことである。大皿には、野菜類やしらたきなどと一緒に、松葉ガニがまるごと1匹、ドーンとのっている。大鍋では湯がグラグラ沸いている。

 山陰の松葉ガニは、越前海岸では越前ガニと名前を変えるが、ともにズワイガニのことで、冬の日本海には欠かせない味覚。その日本海の味覚の代表選手に間に合ったのだ。

 さっそくカニ三昧を開始する。びっしりと肉の入った脚をさっとゆで、三杯酢につけて食べる。次に、生で食べる。さらに、宿のおかみさんに頼んで、焼いてもらう。ゆでてもよし、生でもよし、焼いてもよしの松葉ガニだ。脚を食べ終わると、甲羅をゆでて貪るようにして食べ、最後に、鍋の中にご飯を入れてカニ雑炊にする。汁にはたっぷりとカニのうま味がしみ込んでいるので、ことのほか美味だった。

“ハワイ”温泉でトロピカル気分

 翌朝は5時59分発の一番列車で柴山を出発。兵庫県から鳥取県に入り、7時25分鳥取着。ここでは鳥取温泉の湯に入った。

 池田氏32万石の城下町の鳥取はあまり知られていないが、鹿児島同様、県庁所在地の温泉町なのである。駅の近くには、温泉にちなんだ末広温泉町や、永楽温泉町、吉方温泉町といった町名がある。そのうちの末広温泉町にある公衆温泉浴場「日乃丸温泉」(入浴料250円)に行く。駅から徒歩3分。地元の常連のみなさんたちと一緒に、朝風呂を楽しんだ。

 この朝一番で入る温泉というのは、まさに快楽の極致といったところで、最高に気持ちがいい。ここにはもう2つ、「元湯温泉」と「木島温泉」という公衆温泉浴場があるが、この時間帯からやっているのは「日乃丸温泉」だけである。

 鳥取温泉の次は、鳥取駅から4つ目の浜村駅で下車する浜村温泉。ここには2軒の共同浴場があるが、ともに午後からなので、駅から徒歩5分の温泉旅館「たばこや対翠閣」(入浴料500円)の露天風呂に入る。山陰本線の線路わきの露天風呂で、湯につかりながら、通り過ぎていく列車の音を聞く。その音が“駅前温泉”を強く感じさせた。

 浜村駅の3つ先、松崎駅で下車する東郷温泉も、浜村温泉と同じように“駅前温泉”である。この“駅前温泉”というのは“鈍行乗り継ぎ”で入る温泉としては最高。それに何よりも、“駅前温泉”という言葉の響きがいいではないか。

 ここでは温泉旅館「谷水」(入浴料500円)の大浴場“羽衣岩の湯”に入ったが、信じられないような出来事がおこった。

 時間は昼前。脱衣所の脱衣篭にはほかの人の衣服は見られなかったので、自分一人で湯を独占できるゾと、ホクホク気分でガラッと大浴場の戸を開けた。すると、なんと20代半ばぐらいの若い女性が、一人で湯に入っているではないか……。

 ここは入口こそ男女別々だが、中で一緒になる混浴の湯だった。

 彼女はびっくりしたような大きな目でぼくを見たが、湯船から上がると、ぼくなど目に入らないかのように洗い場で体を洗いはじめる。たんねんに、まるで宝石を磨き上げるかのようにして洗う。胸の小さめの女性だが、腰から下は、“カモシカのような”の形容ぴったりで、スラッとした脚がのびている。

 ぼくは息をころして、音をたてずにジッと湯につかっている。

のぼせながらも、湯の中から、チラッチラッと彼女の裸身に視線を送る。

まっ白な彼女の裸身が目の底にこびりつき、白日夢でも見ているような錯覚にとらわれるのだった。

 東郷温泉は、東郷池に面した温泉だが、対岸には羽合温泉が見える。わけない距離のように見えるので、痛む足を引きずって歩いていく。が、実際には6キロ近くもあり、1時間半かかってやっと羽合温泉にたどり着いた。

“羽合“と“ハワイ”の語呂合わせですっかり有名になった羽合温泉だが、ここには絶好の立ち寄りの湯「ハワイゆ~たうん」(入浴料300円)がある。ガラス張りの明るい大浴場の湯には、トロピカル気分でゆったりと入ることができた。羽合温泉からの帰りは、15時20分発の東郷池の渡船(1日3便。料金280円)で東郷温泉に戻った。

 東郷温泉から『全国温泉宿泊情報』(JTB刊)を見ながら、日吉津温泉の一軒宿、国民宿舎の「うなばら荘」に電話を入れる。宿泊OK! 料金が安くて、設備がよくて、料理もまあまあの国民宿舎は人気の宿だが、平日だと、このように飛び込み同然で泊まれることもある。

 松崎発15時32分の米子行きに乗り、次の倉吉駅をすぎると、左手の車窓には蒜山の山々が見えてくる。中国地方の最高峰、大山(1711m)も見えてくる。16時27分伯耆大山駅着。ホームに立って眺める“伯耆富士”の大山は、傾いた西日を浴びて、残雪が茜色に染まっている。

 駅から日本海に向かって1時間ほど歩くと日吉津温泉。夕焼けに燃える日本海の砂浜を裸足になって歩く。城崎温泉と並ぶ山陰の大温泉地、皆生温泉の高層温泉ホテル群が前方にみえる。

「さー、温泉だ!」

 と、「うなばら荘」に到着すると、さっそく日本海を一望する大浴場の湯につかる。

 塩分の濃い湯だ。湯につかりながら眺める夕焼けは心にしみた。

 夕食を終えると、夜道をプラプラ歩いて皆生温泉まで行き、「皆生温泉浴場」(入浴料250円)の湯につかる。大きな温泉浴場だが、駐車場は車で埋まり、けっこう混んでいた。皆生温泉でただ1軒の共同浴場だからであろう。

“お湯かけ地蔵”が、ぼくの松江温泉

 伯耆大山発5時47分の一番列車に間に合わせるため、翌朝は4時に起き、4時半に「うなばら荘」を出発。一番列車は大阪発出雲市行きの寝台急行「だいせん」で、倉吉―出雲市間が普通列車(快速)になるのだ。

青春18きっぷ”で急行列車に、それも寝台急行にのることができて、何かすごく得したような気分になる。次の米子駅を過ぎると、列車は鳥取県から島根県に入った。

 松江到着は6時37分。出雲路の温泉めぐりの開始だ。

 第1湯目は松江温泉。松江駅で下車し、宍道湖の名産ヤマトシジミがたっぷりと入っている駅弁の“もぐり寿し”を食べ、松江温泉まで歩いていく。

 宍道湖から中海に流れる大橋川を松江大橋で渡ったが、橋の周辺には何隻もの船が出てヤマトシジミをとっている。まさに松江の風物詩。30分ほど歩くと、一畑電鉄ターミナル駅の松江温泉駅に着く。そこから先が松江温泉。宍道湖の湖畔に高級温泉ホテルが建ち並んでいる。

 松江温泉では1軒1軒聞いてまわったが、入浴のみはすべて断られた。

「島根社会保険センター」には入れるというので行ってみたが、10時から……。

 温泉街の一番奥に“お湯かけ地蔵”がまつられている。そこには熱い湯が湧いている。その湯で顔を洗い、湯に浸したタオルで体を拭き、ぼくにとっての松江温泉とした。

(このように入れなかった温泉というのはチクチクと心にひっかかるもので、バイクに乗れるようになるとすぐに、山陰を走った。そのときには、しっかりと松江温泉の「島根社会保険センター」の湯に入った。建物の4階にある展望大浴場で、真下に宍道湖を眺める眺望抜群の温泉だ。入浴料も300円と高くはなかった)。

 第2湯目は玉造温泉松江駅の2つ先、玉造温泉駅で降りる。桜並木の玉湯川の土手を15分ほど歩くと温泉街に着く。開湯1300年という歴史を誇る玉造温泉だが、ここでも湯に入るのは難しい。1軒、共同浴場があるが、午後から……。何軒かの温泉旅館を聞いてまわり、やっと「新寿館」(入浴料1000円)の湯に入れた。湯から上がると、茶菓子が用意されていた。

 第3湯目は、玉造温泉駅から3つ先、荘原駅で降り、5分ほど歩いたところにある湯ノ川温泉。田園の中にある温泉だ。駅から近い順に「松園」、「はらだ荘」と温泉旅館を聞いてまわり、3軒目の「内田荘別館」(入浴料500円)のジャングル浴場に入れた。やわらかなビロードのような感触の湯で、やさしく肌にまとわりついてくる。

 湯ノ川温泉は、出雲神話の美人伝説にも登場するような歴史の古い温泉だが、和歌山県龍神温泉群馬県の川中温泉とともに、“日本3大美人の湯”に数えられている。龍神温泉には何度か入ったが、川中温泉はまだなので、今度、吾妻線に乗るときは、ぜひとも川中温泉の湯には入ろうと、心に決めるのだった。

 山陰本線も、出雲市駅を過ぎると、列車の本数がグッと少なくなる。出雲路の温泉めぐりを終え、同じ島根県でも出雲から石見に入り、仁万駅で下車する湯迫温泉に行く。

 駅から徒歩30分の一軒宿「湯迫温泉旅館」(入浴料250円)の湯に入る。山あいの温泉宿のこじんまりとした湯船だ。

 夕暮れが迫るころに、温泉津駅に到着。歴史の古さを感じさせる町並み。江戸時代には、石見銀山の積み出し港としてさかえた港町でもある。駅から徒歩20分の温泉津温泉へ。 昔ながらの温泉街のただなかにある「長命館」という古びた木造3階建ての宿に泊まる。外湯の共同浴場に入るというスタイルも昔ながらのもの。温泉津温泉にやって来ると、時間の流れが止まってしまったかのような心の安らぎをおぼえるのだった。

温泉でよみがえった!

 温泉津駅を5時48分に発車する一番列車に乗って浜田へ。浜田で乗り換え、さらに益田で乗り換え、島根県から山口県に向かう。

 益田始発の列車は、1両の気動車。車内はガラガラで、数人の行商のオバチャンたちが乗っているだけ。そのオバチャンたちも島根県内の駅で降り、山口県に入ったのはぼく一人だった。

 列車は日本海に沿って走る。北長門海岸国定公園の美しい海岸の風景が、右手の車窓いっぱいに広がる。山口県内の各駅では、ポツリポツリと乗る人がいて、1両の気動車はやがて満員になる。そして萩の玄関口の東萩駅で乗客はゴソッと降りた。

 長門市駅着9時49分。下関行きの、これまた1両の気動車に乗り換え、次の黄波戸で下車。長門路の温泉めぐりの開始だ。

 徒歩10分の黄波戸温泉へ。漁港前の「龍宮荘」(入浴料500円)の湯に入る。浴室のガラス越しに青海島を眺める。

 次に、黄波戸の2つ先、人丸で下車し、油谷湾温泉へ。50分ほど歩き、「ホテル揚貴館」(入浴料800円)の展望大浴場の湯に入る。油谷湾を一望できる絶景の湯だ。

 油谷湾温泉からは、30分ほど歩き、伊上駅に出た。無人駅の伊上の待合室では、オバアチャンと孫の幼稚園児のような男の子が,列車を待っていた。2人の会話がおもしろい。「オバアチャン、ぼくねー、今夜、Jリーグのテレビを見るんだ。清水エスパルス沢登が大好きなんだ」

 オバアチャンの、清水エスパルスって何だい? 沢登って何だい? といったキョトンとした表情がなんともユーモラスだった。

 14時02分発の列車に乗る。伊上の3つ先の駅が、山陰本線の難解駅名ナンバーワンの特牛。これで“こっとい”と読む。特牛の次の滝部で下車し、滝部温泉へ。一軒宿「滝部温泉」(入浴料800円)の大浴場と露天風呂に入る。あいにくと雨が降り出す。頭の上にタオルをのせ、雨に打たれながらの露天風呂になった。

 15時58分川棚温泉駅着。春の嵐のような天気になる。傘もさせず、ずぶ濡れになって30分ほど歩き、川棚温泉に着く。

 城崎温泉から数えて17湯目の川棚温泉では、「川棚観光ホテル」に泊まった。さっそく大浴場に入ったが、湯につかりながらホッとした気分を味わった。城崎温泉では不安いっぱいだった右肩鎖骨の骨折の痛みはほとんどなくなり、右足の腫れも引いてかなりふつうに歩けるようになっていた。身をもって温泉の効能を証明したのだ。

 湯から上がると、部屋に用意された豪華な夕食を目の前にし、ビールで乾杯!

骨折後、初めて飲むビールは、腹わたにキューッとしみた。

 ビールを飲みながら、ぼくはうれしかった。自分自身との戦いに勝ったなと思った。

 体を悪くすると、どうしても気弱になってしまうが、

「こんな体では、温泉めぐりは無理だよ‥‥」

 と、山陰本線の車中では何度、旅を断念し、東京に戻ろうとしたことか‥‥。

 途中で断念しないで、ほんとうによかった。

 川棚温泉では、あらためて人間は“気”の生き物であることを強く思い知らされた。

 病気などはまさに“気の病”で、気が弱くなり、気がボロボロになったところで、病につけこまれてしまう。怪我だって、まったく同じこと。気が弱くなると、それだけ治り方が遅くなってしまう。ぼくは川棚温泉の湯につかりながら、温泉のすさまじいまでの効能を知るのと同時に、人間の“気”と“体”の関係についても考えてみるのだった。

 翌朝、川棚温泉駅5時36分発の一番列車で下関へ。山陰本線の終点、下関駅到着は6時14分。京都から677キロ、本州の最西端駅に着いたのだ。

 骨折の辛さを乗り越えての到着なだけに、下関がひときわ感動的だった。

◇◇◇

今回入った温泉

1、城崎温泉兵庫県

2、香住町温泉(兵庫県

3、鳥取温泉(鳥取県

4、浜村温泉鳥取県

5、東郷温泉(鳥取県

6、羽合温泉(鳥取県

7、日吉津温泉(鳥取県

8、皆生温泉鳥取県

9、松江温泉(島根県

10、玉造温泉島根県

11、湯ノ川温泉(島根県

12、湯迫温泉(島根県

13、温泉津温泉島根県

14、黄波戸温泉(山口県

15、湯谷湾温泉(山口県

16、滝部温泉(山口県

17、川棚温泉山口県