賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

甲武国境の山村・西原に「食」を訪ねて(その30)

 (『あるくみるきく』1986年10月号 所収)

重なりあう食文化圏

 日本は「粒主粉従」の国である。

 つまり、飯や粥などの粒食が主で、団子や饅頭、うどん、そばなどの粉食が従になっている。

 ところで粒食圏だが、世界的な視野でみると、ごく限られたエリアでしかない。

「飯圏」といっていい粒食圏にはインド東部からインドシナ、中国の華南、華中、朝鮮半島の南半分、それと日本が含まれる。

 それに対して粉食圏はユーラシア大陸からアフリカ大陸にかけての広大なエリアを占めている。

 インド以西のユーラシア大陸をみると、インドには小麦粉をこね、未発酵の状態で薄く延ばして焼いたチャパティがある。西アジアには、わずかに発酵させた状態で焼いたナンがある。アラブ圏にはかなり発酵させた状態で焼いた中が空洞のアラブパンがある。そしてヨーロッパには十分に発酵させた状態で焼いたパンがある。このようにインド以西というのはチャパティ→ナン→アラブパン→パンとつづく「パン圏」になっている。

 アフリカ大陸のうち、北アフリカは「パン圏」だが、サハラ砂漠以南の粉食圏は雑穀の粉を煮固め、それをちぎって丸め、汁につけて食べる「粉粥餅圏」になっている。

 そしてインド以東のアジアに目を向けると、粒食圏の北側はやはり粉食圏。そこは煮る蒸すの「麺・饅頭圏」になっている。

 日本は粒主粉従の国といったが、西原での例をみるまでもなく、粒食と粉食はあい拮抗している。さらに西原では戦前までは、クズ根やカタクリ根から澱粉をとり、トチの実のアク抜きをして粉にし食用にしていた。このような日本特有の粉食の例もある。

 日本という国は粒食圏の食文化圏にあるが、それと同時に粉食圏の食文化圏がかぶさっている。さらには熱帯雨林地帯を中心とする芋食圏も重なりあっている。重層して重なりあう食文化圏の中に日本という国はある。