賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリが選ぶ「ニッポン郷土料理」(10)中部編(その3)

171、アジ(静岡)

沼津のアジのひらきは最高にうまい。「どうしてこんなにうまいんだ!」と声が出るほど。宿の朝食に出ると、朝から食欲モリモリ状態になる。沼津は全国一のアジの干物の生産量を誇っているが、この味のよさは長年の伝統に培われたもの。最近では近海ものだけでは足りないので、輸入の冷凍ものも多く使われているが、駿河湾の地のアジを使って天日で干したひらきが一番なのはいうまでもない。それと、絶対のおすすめは漁港近くの食堂で食べるアジの刺し身とたたきだ。これがまた、さらにうまい!

172、シラス(静岡)

イワシにはマイワシ、カタクチイワシ、ウルメイワシの3種類があって、そのうちシラス干しに加工されるのはマイワシとカタクチイワシの幼魚。このマイワシとカタクチイワシの幼魚をシラスといっている。漢字で書くと白子で、文字通り白く透明なのである。静岡に近い用宗が全国でも最大の生産地。シラス干しは朝食のおかずに最適。炊きたてのご飯にパラパラッとふりかけて食べるうまさといったらない。シラス干しもいいが、生シラスは絶品だ。沼津の漁港近くの食堂で、ショウガ醤油で食べたその味は忘れられない。

173、桜エビ(静岡)

駿河湾特産の桜エビは、その大半が由比漁港に水揚げされる。とくに富士川の河口近くが好い漁場になっている。桜エビは体長3、4センチほどの透明な小エビだが、水揚げされると、名前通りの桜色に変わる。乾燥させた干しエビ、または熱湯を通した釜あげで出荷されるが、干しエビは焼きそばやチャーハンでおなじみ。釜あげは茶碗蒸しやかき揚げに使われる。由比には「桜えびのかきあげ丼」など桜エビ料理の店が何軒かある。

174、黒はんぺん(静岡)

静岡の友人に黒はんぺんをお土産でもらったときは、正直いって驚いた。はんぺんは“白いもの”という東京生まれの自分の常識が、ものの見事に覆されたからだ。この焼津名産の黒はんぺんは食べてみると、白はんぺんより、よっぽどうまかった。歯ごたえがあり、味にこくがあり、黒潮の匂いさえするようだった。白はんぺんが白身の魚を使っているのに対し、黒はんぺんはアジやイワシ、サバなどの青魚を原料にしているので黒くなる。

175、安倍川餅(静岡)

東海道新幹線の車内販売などで有名な安倍川餅だが、“安倍川”とつくくらいだから、もともとは静岡のもの。東海道五十三次にはなくてはならない名物餅だった。今でも静岡の中心街から安倍川に向かっていくと、安倍川橋の袂(たもと)あたりには、昔ながらの安倍川餅の老舗がある。そこで小豆あんと黄粉の安倍川餅を、静岡茶とともに食べると、旧東海道を行き来する古(いにしえ)の旅人たちの息づかいが聞こえてくるようだ。

176、丸子のとろろ汁(静岡)

東海道の駿府(静岡)の次の宿場が丸子(まりこ)。ここの名物がとろろ汁で、今でも国道1号の名物料理になっている。とろろ汁を食べるのなら創業が慶長元年(1596年)という「丁字屋」がいい。「丸子定食」を注文すると、名物のとろろ汁が運ばれてくる。お櫃に入った米7分麦3分という麦飯を茶碗によそい、その上に、ヤマイモをすりおろし、ダシ汁でのばしたとろろ汁をかけ、薬味の刻みネギをふりかけて食べる。昔の旅人たちは“ヤマイモパワー”で、目の前に立ちふさがる宇津谷峠を越え、京を目指していった。

177、うな重(静岡)

国道1号を走り浜松が近づくと、ぼくは“パブロフの法則”さながらに、うな重が食いたくなる。これはもう、自分の意思ではどうにも抑えようのない条件反射的大脳生理的欲求なのである。今でこそ輸入ウナギが増大し、浜名湖周辺のウナギの養殖は衰退しているが、つい一昔前まではやたらとウナギの養殖池があった。浜松でウナギ料理が発達したのは当然のこと。ここでは関東風蒲焼き(ウナギを背びらきにする)と関西風蒲焼き(腹びらきにする)の両方を味わえるが、これも東京-大阪の中間点、浜松ならではのことといえる。

178、イノシシ鍋(静岡)

天城湯ヶ島の国道414号沿いにある“いのしし村”は絶好のツーリングスポットだ。イノシシ牧場でイノシシの生態を観察したり、曲芸を見たあとは、レストランでイノシシ鍋を食べられる。とくに冬ツーリングのときはありがたい。体の内側から温泉以上のポカポカ感を感じることになる。猪肉というのは体がすごくあたたまる。これが野性の力! そのあとで周辺の伊豆の山村をまわってみたらいい。イノシシ除けの囲いをしている畑がじつに多い。“デンサク(電柵)”といって電気を通した針金で囲った畑もある。畑を荒らすイノシシと人間との壮絶な闘いの現場をそこに見る。

179、わさびパン(静岡)

天城峠周辺というのは、伊豆半島のなかでも一番のわさびの名産地。高さ35mの伊豆第一の名瀑、浄蓮滝の下には見事なわさび田がある。「伊豆の踊り子」像の立つ滝入口にはみやげ物店が並んでいるが、そこですぐ目につくのはわさび漬けだ。ところで我々、日本人が食べる米や麦、野菜などの栽培作物のうち、日本生まれのものは皆無に等しい。そのなかにあって唯一例外的なのが“わさび”なのである。さすがにわさびの名産地の伊豆だけあって、ここには見事な和洋折衷のわさびパンがある。おー、これゾ、日本の食文化!

180、さんまずし(静岡)

南伊豆の下田でさんまずしを食べるたびに南紀の新宮で食べるさんまずしが頭に浮かぶ。黒潮で結ばれた南紀と南伊豆は風土がじつによく似ている。さらにいえば、房総半島南部の安房も似ている。昔の南紀は日本の漁労文化の先進地帯。進んだ技術を持った南紀の漁民たちが伊豆へ、安房へ、さらには遠く三陸へと黒潮にのって移り住み、日本の漁民の技術レベルは飛躍的に上がった。新宮にあるさんまずしが下田にあるのは偶然ではない。

181、イケンダ煮(静岡)

大鍋料理のイケンダ煮は、下田の南に突き出た小半島にある漁村、須崎の名物料理だ。須崎には数十軒の民宿があるが、10人前後のグループであらかじめ予約すれば、このイケンダ煮を食べられる。豪快な味噌仕立ての大鍋料理で、伊勢エビやカニ、サザエ、地元ではタカッパと呼んでいるタイの一種のタカハダイ、金目ダイなどの魚介類、野菜類が入っている。もともとは漁師たちの浜での料理だったものが名物料理に変わっていった。

182、まごちゃ(静岡)

アジのたたきを飯の上にのせ、熱い湯をかけ、醤油味で食べるという簡単なもの。なにしろネタが新鮮なので、この簡単な料理がじつににうまい。もともとは漁師の料理で、魚もとくに決まったものはなく、マグロでもカツオでも、どんな魚でもまごちゃにしたという。漁師は漁の合間に立ったまま丼飯をかき込むので、「マゴマゴしていられない」というあたりから“まごちゃ”の名前がついたらしい。伊東市内の食堂などで食べられる。

183、木の芽田楽(愛知)

八丁味噌の本場、岡崎で八丁味噌を使った料理を食べ歩いた。その第1弾は木の芽田楽。徳川家康の拠城だった岡崎城内には“木の芽田楽”を看板にしている茶店がある。堅炭で焼いた豆腐と、八丁味噌と味醂、砂糖を合わせたタレの取り合わせがぴったりで、その味を木の芽(サンショウの若芽)がピリッとしめてくれる。徳川家康もきっとこれを食ったに違いないと思うと、八丁味噌のタレの味によけい感動してしまうのだ。

184、関東煮(愛知)

八丁味噌料理の第2弾がこれ。八丁味噌つきのおでんである。“関東煮”を関西では“かんとだき”といってるが、中京圏の岡崎では“かんとうに”といっている。濃いチョコレート色した八丁味噌のタレがおでんの味をグググッとひきたてる。このタレというのは八丁味噌に砂糖と水を加え、鍋で焦がさないように練り上げたものだが、具が味噌に負けてしまうのではないかと思えるほどの味のよさだ。

185、田舎鍋(愛知)

八丁味噌料理の第3弾は料理屋で食べた田舎鍋。豚肉、豚の臓物、野菜類、しらたき、かまぼこ、豆腐などを八丁味噌で煮込んだ鍋料理。八丁味噌は肉料理にはことのほかよく合う。豚の臓物など、まるで別物のような味に変身。店の女将さんは最後に「サービスよ」といって八丁味噌の焼き味噌を出してくれたが、これを熱いご飯の上にのせて食べるうまさといったらなかった。徳川家康は「湯漬けに焼き味噌」といってことのほか焼き味噌を好んだということだが、その言葉を実感する。

186、稲荷ずし(愛知)

“お稲荷さん”の愛称で日本人の誰でもが知っている稲荷ずしは、油揚げにすし飯をつめたもの。それは商売繁盛、家内安全の稲荷神社への供物に欠かせない。稲荷神社といえば日本中にあるが、そのうち東の豊川稲荷と西の伏見稲荷が両横綱だ。国道1号を旅するときは、ちょっと寄り道して豊川稲荷に参拝し、門前で稲荷ずしを食べよう。それが正統派日本人。稲荷ずしの発祥の地はよくわかっていないが、名古屋発生説というのが有力だ。

187、菜飯田楽(愛知)

豊橋の名物料理。江戸時代から知られているが、菜飯と田楽の2つの料理で、それを一緒に食べるところから“菜飯田楽”といわれている。菜飯と田楽のとり合わせがいいのだ。菜飯は大根のやわらかな葉を混ぜた炊き込み飯。田楽は八丁味噌のタレをたっぷりつけて焼き、真ん中に溶きがらしを帯状につけた木綿豆腐である。豊橋には文政年間(1818~1829年)創業という菜飯田楽の老舗「きく宗」がある。

188、五平餅(愛知)

今ではけっこう有名になった五平餅だが、もともとは奥三河の村々で祭りのときにつくられるもの。とくに11月から1月にかけて行われる花祭りには欠かせない。ぼくは奥三河の「月」という集落の花まつりには何度か行ったが、そのたびに五平餅を食べさせてもらった。餅といっても糯米(もちごめ)を蒸して搗いた餅ではない。粳米(うるちまい)を硬めに炊き、熱いうちにすりこぎでよく練って団子に丸め、杉板の串につけ、平たく楕円形に形を整え、炭火でこんがり焼いて赤味噌のタレをつけたもの。それをもう一度、火であぶって食べる。五平餅の素朴な味わいは、まさに奥三河ならではのものなのである。

189、あめ茶漬け(愛知)

“あめ”といっても、なにも甘い飴のことではない。奥三河の渓流でよく取れるアマゴのことなのである。アマゴは場所によってはアメゴともいわれるが、中部以西の西日本の川に生息し、“渓流魚の女王”といわれる。東日本のヤマメに似た魚だ。渓流釣りの好きな人なら知っていることかもしれないが、アマゴ圏とヤマメ圏の境を追って旅してみたら、きっとおもしろいと思う。さて、「あめ茶漬け」だが、温かいご飯の上にアマゴの姿のままの甘露煮をのせ、熱い番茶をかけたものである。

190、きしめん(愛知)

よそ者が“名古屋”と聞いて連想するのは、まずこのきしめんだ。新幹線に乗るとぼくは無性にきしめんを食べたくなる。これもパブロフの法則? で、どうするかというと、名古屋駅で降り、駅構内の立ち食いのきしめんを食べ、「あー、よかった!」と満足して1本あとの列車に乗るのである。それほどに、あの平べったいきしめんの食感というのは舌に残るもの。「東のそば、西のうどん、間(名古屋)のきしめん」といったところか。

191、味噌煮込みうどん(愛知)

名古屋できしめんと並んでよく食べられるのが、この味噌煮込みうどんである。使われる麺はきしめんとは違う腰のあるシコシコの丸うどん。土鍋に煮出汁を入れ、沸騰したら赤味噌を入れ、鶏肉、油揚、かまぼこ、ネギなどの具を入れて煮立てる。もう一度沸騰したところでうどんを入れ、刻みネギを入れ、火を止め、蓋をしておく。5分ぐらい蒸らして出来上がり。赤味噌がうどんの芯にまでよ~くしみ込んでいる。

192、ういろう(愛知)

東海道新幹線の車内販売で安倍川餅と並んで有名なういろうは、米の粉に黒砂糖などで味つけした名古屋名物の蒸し菓子である。“ういろう”は誰でもその名前は知っているだろうが、漢字なると、おそらくほとんどの人が知らないのではないか。“外郎”と書く。外郎は中国から伝わった苦い丸薬。菓子のういろうの名前の由来は、丸薬の外郎に色が似ているからとも、外郎薬を飲んだあとの口直しに食べられたからだともいわれている。

193、焼きハマグリ(三重)

桑名のハマグリは松坂の牛肉、志摩のアワビと並ぶ三重県の“三大美味”。ここのハマグリがうまいのは、桑名が木曽川、揖斐川、長良川の“三大河川”が伊勢湾に流れ込む河口に位置し、海水と淡水が混じり合い、貝類の生息に最適だからである。桑名にはハマグリ料理が数々あるが、その中でも焼きハマグリは昔からの東海道の名物料理。旧東海道は名古屋の熱田神宮から桑名までは海路で、旅人たちは船に乗って桑名に着くと、真っ先に焼きハマグリを食べた。日本人の旅とは、昔も今も名物料理を食べることなのである。

194、松坂牛(三重)

松坂では大枚をはたいて、老舗の「和田金」で松坂牛のすき焼きを食べた。いやー、ききしにまさる松坂牛のうまさ! 霜降肉、日本一はダテでない。すき焼きで松坂牛の味を存分に堪能したところで、「和田金」の牛舎を見せてもらった。大岩のような雌の黒牛はたんねんにマッサージされ、昼間からビールを飲まされていた。これが肉のうまさの秘訣なのか。松坂牛といっても、元は兵庫県の但馬牛。その子牛を買って松坂で大きく育てる。

195、伊勢うどん(三重)

伊勢神宮を参拝し初めてこの伊勢うどんを食べたときは、正直いって面くらった。汁が入っていないのだ。いや、正確にいうと、少し入っている。「おー、オヤジ、汁が入っていないよ」といいそうになり、あやうく赤っ恥をかくところだった。うどんというのは、たっぷり汁が入っているものという頭があったからだ。ここでも自分の常識が覆された。麺は極太。汁はたまり醤油を使った濃いめのものなので、少量で十分なのかもしれない。

196、赤福(三重)

ぼくは伊勢の名物餅、赤福のあんが大好きだ。上品な甘さで、しつこさがない。このあんは餅にすごく合っている。同じ赤福を食べるにしても、駅などの売店で買って食べるのでは、おいしさ半減というもの。伊勢神宮を参拝したあと、内宮の門前にある赤福の本店にぜひとも行こう。店のシンボルの朱塗りの竃で沸かした湯を入れた茶を飲みながら食べる赤福は、まさに“お伊勢参り”ならではの味なのである。

197、アワビ(三重)

志摩の志島という漁村では、海女漁の船に乗せてもらったことがある。海女さんたちの技は見事なもの。海にもぐるとほどなく、手にアワビやサザエを持って浮き上がってくる。浜に戻ると「食べなさい」といってとれたばかりのアワビやサザエを焼いてくれたが、それ以上にうまかったのは生アワビだ。海の潮香がちょうどいい味つけになっていて、調味料のたぐいは何もいらない。固くなったアワビしか知らないぼくにとっては信じられないほどのやわらかさと、絶妙の歯ごたえ。え、どんな感じかって? 張りのある若い女性の肌に歯を立てたような、そんな感じなんですよねえ。

198、てこねずし(三重)

志摩の和具の食堂で、「てこねずし」を食べた。このてこねずしにはゴソッという感じで、味つけされたカツオの切り身が入っている。醤油と味醂、砂糖を合わせたタレに短時間漬けた刺し身ぐらいのカツオの切り身を“手こね”の名前通り、すし飯に手でこねて混ぜ合わせたものである。ここではもう1品、カツオの茶漬けを食べたが、これがてこねずしに輪をかけてうまかった。たまり醤油に浸したカツオの切り身をご飯の上にのせ、熱い茶をかけただけのものだが、あまりのうまさに、もう1杯とおかわりをした。

199、残酷焼き(三重)

「残酷焼き」という名前にすこしビビッてしまうが、実際に食べてみると、残酷感はまるでない。志摩の海は魚介類の宝庫だが、そこでとれた伊勢エビやアワビ、サザエなどを生きたまま、炭火の網の上で焼いたもの。焼き上がるまでのわずかな時間が待ちきれない。焼き立てを一口食べた瞬間に、日本の“海の幸”の豊かさを改めて感じる。この残酷焼きは鳥羽地方に昔から伝わる石蒸し焼き料理「海賊焼き」の流れをくむものだ。

200、伊勢たくあん(三重)

伊勢平野は伊勢ダイコンの産地。この伊勢名物の伊勢ダイコンは大半がたくあん漬けにされ、“伊勢たくあん”の名前で名古屋方面のみならず、東京や京阪神にも出荷される。冷たい北風が伊勢平野に吹き下ろすころになると、農家は収穫した伊勢ダイコンを流れ水で洗い、それを稲架(はさ)にかけて干すが、その光景はまさに晩秋の伊勢平野の風物詩。鈴鹿下しの伊勢のからっ風が伊勢たくあん特有の風味をつくりだす。

201、伊勢芋料理(三重)

伊勢芋というのはヤマイモの一種で、見かけはゴツゴツした芋の塊のようなものである。この伊勢芋をすりおろすと、他のヤマイモよりもきめが細かく、色が白く、粘りけの強いとろろになる。伊勢芋料理の代表的なものといったら麦とろだ。麦飯にとろろ汁をたっぷりかけたもの。そのほかとろろうどん、シビマグロの刺し身にとろろ汁をかけたシビの山かけなどがある。この伊勢芋の原産地は多気。300年前からつくられているという。