賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリが選ぶ「ニッポン郷土料理」(2)九州編

11、きびなごの刺し身(鹿児島)

きびなごは南日本で多くとれるウルメイワシ科の小魚で、そう珍しいものではないが、ツーリング途中で、このきびなごの刺し身を食べると、「今、鹿児島にいる!」という実感がする。きびなごの“きび”は昔、薩摩地方で使われていた帯を意味する言葉だそうで、きびなごの体の中央には帯のようなストライプが走っているのが大きな特徴だ。このきびなごの刺し身を美しく器に盛ると、ちょっとした芸術品。それを酢味噌につけて食べる。

12、さつまあげ(鹿児島)

今では全国区になっているさつまあげだが、“さつま”がつくくらいだから、もちろん本場は鹿児島である。地元ではそれを“つけあげ”といっている。街道沿いにもつけあげの店があるが、ちょっとバイクを停め、揚げたてのを食べると、ちょうどいい軽食になる。それも安くてうまい軽食だ。さつまあげは魚肉のすり身を油で揚げたものだが、エソ、グチ、ハモなどを原料にしたものが最上で、アジやサバ、イワシなどが並みとされている。

13、豚骨(鹿児島)

豚骨とは豚の骨つきのあばら肉のこと。この豚骨をぶつ切りにし、薄切りのショウガと一緒に炒め、熱湯をかけて油抜きし、焼酎を入れてもう一度、炒める。それに熱湯を加え、味噌と黒砂糖を加えてじっくりと煮込み、ダイコンとコンニャクを加えてさらに煮込み出来上がる。これを宿の夕餉の膳で、薩摩焼酎のお湯割りでも飲みながら食べていると、しみじみとした旅情を感じるというものだ。その起源は薩摩武士の戦場料理なのだという。

14、酒ずし(鹿児島)

薩摩料理の中でも、もっとも豪華なのがこの酒ずしだ。400年もの伝統があるという。酒ずし用の桶に地酒をかけてまぜたご飯と、タケノコやフキ、シイタケ、カマボコ、錦糸卵などの具を交互に詰めていく。一番上にはタイとエビを置き、地酒をふって木の芽(サンショウの葉)を飾り、重石をかける。こうして4時間ぐらいたつと食べごろになる。春から初夏にかけてが旬になる。すしといっても酢ではなく、酒を使うのが大きな特徴だ。

15、だご汁(熊本)

熊本名物の“だご汁”は団子汁のことだが、別に汁の中に団子が入っているのではない。見た目には、名古屋のきしめんをぼてっと厚くしたような麺が、味噌味の汁の中にダイコンやニンジン、サトイモなどの野菜類と一緒に入っている。これはゆで上げた麺ではなく、小麦粉をこねたままの麺なので、シコシコッとした歯ざわりと、小麦粉特有のざらついた舌ざわりがある。なお団子汁は大分県でも熊本に負けず劣らずの名物料理になっている。

16、高菜飯(熊本)

阿蘇地方を代表する郷土料理の高菜飯は、軽く塩をふりかけて炒めたご飯に、細かく刻んで油炒めした高菜漬と炒りたまごを混ぜ合わせたもの。気取りのない素朴な味だ。簡単につくれるということもあって、高菜の産地のこの地方では、どこの家でもつくる家庭料理になっている。また高菜漬を高菜飯にするのではなく、ご飯のおかずにしたり、酒の肴にもしている。阿蘇周辺の街道沿いには、“高菜飯”の看板を掲げた食堂をよく目にする。

17、馬刺し(熊本)

馬刺しといえば信州や甲州、さらに東北などでもよく知られているが、西日本や南日本では熊本だけである。霜ふりの馬肉の刺し身をショウガ醤油につけて食べる味の良さは熊本ならではのもの。くせがなく、さわやかな肉の味わいなので、いくらでも口に入ってしまう。馬肉は低カロリー、高タンパクの健康食なのだ。なぜ熊本で馬刺しなのか、よくはわからないが、戦前、この地で軍馬の飼育が盛んだったことがかなり影響しているようだ。

18、いきなりだご(熊本)

この名前が、なんともおもしろいではないか。“いきなりだご”の看板を目にしたときは、いったいどんな食べものなのだろうと興味津々といったところだった。“だご”は団子のことで、サツマイモを輪切りにし、生のまま、いきなり、団子の皮で包み込み、蒸したものなので、その名前があるらしい。ぼくはこれを峠の茶屋で食べたのだが、バイクを停めてちょっと一休みの軽食には最適の食べものだ。これを入れたいきなりだご汁もある。

19、ししずーしー(宮崎)

九州山地の奥深くに位置する米良では一晩、民宿に泊まったが、そこでの夕食は猪肉のフルコースだった。猪肉の中でも一番うまいという首まわりの肉(クルマゴ)は炭火で焼いて食べた。そのあとで膳には猪肉の吸いものと一緒にししずーしーが出た。ししは猪のことで、ずーしーは粥、つまりは猪肉入りの粥の意味。これは骨つきの猪肉を大鍋で煮立て、骨と肉に分かれたところで骨を取り除き、その中に米を入れて炊き上げたものである。

20、城下カレー(大分)

日本最大の温泉地、別府のすぐ北の日出名物。日出の別府湾に面した海岸には日出藩暘谷城の石垣がそそり立っているが、この城跡の下あたりの海底からは大量の真水が湧き出ているという。そこに生息しているマコガレイが絶品で、城下カレーと呼ばれている。城下カレーの刺し身は、フグ刺しのように薄く切られ、きれいな皿に盛られて出るが、日出のみならず別府の温泉宿の名物料理にもなっている。

21、卓袱料理(長崎)

今では長崎の料亭料理になってしまったが、もともとは家庭で客をもてなす料理。めいめいの膳に別々に盛るのではなく、大きな食卓の上に、全員の分を料理別の皿に盛り、各人が小皿で取り分けるという中国風の食べ方なのだ。鎖国していた当時の日本では、さぞかし珍しい食の習慣に見えたことだろう。卓袱というのは中国語でテーブルクロスのこと。外来の文化を巧みに採り入れ日本風のものにしてしまう知恵をここにみる。

22、ちゃんぽん(長崎)

長崎はちゃんぽん発祥の地。さすがに本場だけあって、長崎市内のあちこちでちゃんぽんの店を見る。ちゃんぽんが誕生したのは、明治の中ごろのようだ。華僑の中華料理店主が中国からの留学生に安くて、おいしくて、なおかつボリュームたっぷり、栄養たっぷりのものを食べさせてあげようということで、季節ごとの海や山の幸が一緒くたに、どっさりと入った麺を考案したという。中国との距離がきわめて近い長崎らしい話ではないか。

23、皿うどん(長崎)

ちゃんぽんに負けず劣らずに有名だが、それには2種類ある。ひとつは野菜や肉、魚介類などを炒め、中華麺を入れ、スープを少々加え、汁気がなくなるまで炒めたもので、長崎ではこれが本来の皿うどんだといわれている。つまりは、汁なしの炒めちゃんぽんといったところだ。もうひとつは、細いパリパリの麺にくず粉でとろみをつけた具をかけたもの。長崎に行ったら、ぜひとも本場のちゃんぽんと皿うどんは食べてみよう。

24、からすみ(長崎)

ボラなどの腹子(卵巣)を塩漬けにし、それを板にはさみ込んで形を整え、寒風に吹きさらして乾燥させたもの。長崎の名産で、野母崎の樺島周辺は、昔からのからすみ用のボラの好漁場になっていた。からすみといえば、酒の肴の最高級品といったもので1本が何千円もするが、これを茶漬けにしてもいい味だ。熱いご飯の上にからすみを細かく切って並べ、番茶をかける。なんとも贅沢な茶漬けだが、酒を飲んだあとには最適。

25、アゲマキ(佐賀)

佐賀の料理屋に入り、有明海ならではの珍味のフルコースを味わった。最初はイガニとシャコ。2皿目はスズキと二枚貝のウミタケの刺し身。3皿目はメカジャとクチゾク(シタビラメ)。メカジャというのは見た目には、ちょっと気持ちの悪い貝だ。4皿目はゆでた二枚貝のアゲマキ。最後は甘辛く煮たムツゴロウ。4皿目のアゲマキがじつにうまい。このほか佐賀では、アゲマキの刺し身、塩焼き、味噌汁を食べたがどれも最高の味だった。

26、水炊き(福岡)

骨つきの鶏肉をトリガラのスープで煮立た鍋料理が水炊きだ。骨から離れた鶏肉はとろけるようなやわらかさ。このスープの中に野菜や豆腐、丸餅などを入れ、つけ汁につけて食べる。博多の名物鍋料理だったものが、今では全国区的にさえなっている。博多ではフグやタイ、イワシなどのちり鍋料理が昔から盛んで、この水炊きは魚の代わりに地鶏を使ったという説もあるが、一般的には中国から長崎を経由し、博多に伝わったとされている。

27、明太子(福岡)

明太子というと、ずーっと昔からの博多名物のような気がするが、じつはその歴史は40年ほどでしかない。戦後、朝鮮半島からの引き上げ者がつくりはじめたものだ。それが爆発的にヒットし、今では博多に何十軒もの明太子製造業者がある。“メンタイ”とは朝鮮語でスケトウダラのことで、明太子は塩蔵したスケトウダラの子(卵巣)を辛子で漬けたもの。そのことからもわかるように朝鮮の食文化の影響がきわめて強い食べものだ。

28、うなぎの蒸籠蒸し(福岡)

水郷の柳川は昔から天然うなぎの産地として知られていた。ここでとれる青うなぎの「星青」は天下の名品として珍重されたほど。柳川のうなぎは蒸籠蒸し。箱型の器は、底に簀が敷かれた蒸籠になっている。そこに硬めに炊いたご飯を盛り、タレをかけ、その上に焼き立てのうなぎの蒲焼をのせ、錦糸卵で色どりしたものをさらに蒸すのである。そのためうなぎにもご飯のひと粒ひと粒にもタレがよくしみ込んでいる。うなぎ料理の逸品だ。