賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

甲武国境の山村・西原に「食」を訪ねて(16)

 (日本観光文化研究所「あるくみるきく」1986年10月号 所収)

ヒエの詩(うた)

 次に、「ヒエの詩」である。

「ヒエの色は グレーかな」とあるように、ヒエの穀粒は灰色を帯びた黄褐色をしている。ヒエの脱穀は、キビのように簡単にはいかない。天日で乾燥させたヒエ穂を「槌でたたいて 箕であっぱ」とあるように、木槌でたたいて脱穀し、それを箕でふるって穀粒だけを選別する。

 ヒエの表皮は固く、精白の難しい穀物である。そのため50年でも、100年でも、穂で貯蔵しておく分には長期間の保存が可能で、救荒作物といわれる由縁になっている。それだけではない。長期間おいた種でも、きわめて発芽率が高いのである。

 さて、ヒエの精白だが、米と麦と同じように精白すると、手間と時間がかかり、おまけに歩留まりも悪くなる。玄ヒエ(精白前のヒエ)の2、3割しか精ヒエ(精白したヒエ)が得られないほどである。

 この精白方法を「白乾(しらぼし)」と呼んでいるが、飯に炊いたときの味は、なんともいえない香ばしさがあり、経済性を度外視すれば、最良の方法である。なお、ヒエ穂を火であぶってから精白する方法もあるが、それだと5割ほどの歩留まりになる。

 ヒエの精白の歩留まりをよくする方法が、脇坂さんの詩にあるような蒸す方法で、「でっかい釜で蒸(ふ)かされて」とあるように、ヒエ蒸し専用の一斗炊きの大釜を使い、蒸すのである。

 蒸したヒエを干し、それを搗き臼で搗いて精白する。この方法だと味は落ちるが、歩留まりは7割前後と格段によくなる。蒸したヒエは、そのまま保存することもできる。

 ヒエ飯に炊くときは、鍋や釜で先に湯をわかし、沸騰してきたところで精白したヒエを入れ、杓子で何度もかきまぜる。やわらかくなってきたところで火を弱め、とろ火で炊き、水気をなくす。ヒエ飯はヒエだけで炊くのがふつうで、ひとつかみでも米が入ればご馳走だった。

 ヒエ飯は、雑穀飯の中でもとくに香ばしさがある。また、飽きのこない味で、ふだん食べる飯というと、ヒエ飯が多かった。ヒエを餅にするときは、キビやアワと違い、水車の「ひきや」(碾臼)でひいて、いったん粉にする。

「かずらでくばられて 粉になる」とあるが、「かずら」とは鎌や鉈の刃先を柄に固定するのに使う金輪のことで、これでもって碾臼に落とす穀粒を調整する。大きなかずらだと碾臼に落ちる穀粒は多くなり、ひき方は粗くなる。反対に小さなかずらを使うと、碾臼に落ちる穀粒は少なくなり、目の細かい粉にひくことができる。

 ヒエ餅にする場合には、ヒエは粗いひき方、つまり大きなかずらを使った方が味がよくなるという。どのようにして餅にするかというと、ヒエ粉を湯で練り、円盤状に形づくり、それを蒸籠で蒸すのである。