賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

⑦「秘湯めぐりの峠越え」(1994年~1995年)の「錦戸陽子さん」

 1995年6月10日、大分県の長湯温泉「丸尾旅館」に泊まった。

 翌朝は、宿の湯に入ったあと、芹川の河畔にある無料湯の混浴露天風呂「カニ湯」に入る。川の流れを目の前に見、対岸に旅館街を眺める湯だ。早めにしてもらった朝食を食べ、7時30分に長湯温泉を出発。梅雨のさなかにもかかわらず、朝から上天気。四ッ口峠を越えて竹田に行き、岡城址を見てまわる。本丸跡に立ち、九重連山を眺めた。

 竹田から国道57号を走り、大分県から熊本県に入る。阿蘇の外輪山を越え、一宮を通り、午前10時、JR豊肥線の立野駅に到着。そこで、一緒にオーストラリアをバイクで走った仲間「豪州軍団」のメンバーの錦戸陽子さんと落ち合った。

 前夜、長湯温泉から電話を入れたのだ。さらに、錦戸さんのバイクの師匠で、ヤマハのDT200WRに乗る小笠原隆一さんと、ホンダのXLR125Rに乗る小林良彰さんもやってくる。みんなで近くの喫茶店「とちのき」に行き、コーヒーを飲みながら話した。

 小笠原さんは、熊本市内で「小笠原写真館」という写真館をやっている。休みというと、日帰りで九州内の林道を走っている。フェリーを使って、日帰りで四国の林道を走ったこともあるという。小林さんは大学生で、すっかりバイクのおもしろさにはまりこみ、これから2人で熊本北部から大分、福岡にかけての林道を走りに行くという。

 熊本市内の病院で看護婦さんをしている錦戸陽子さんは、素敵な肥後美人。彼女からは、“肥後モッコス”で知られる肥後の男について聞くと、よくいえば芯が通っていて、意思強固なのだが、悪くいえばいこじな頑固男ということになるらしい。

 ヤマハのセローに乗ってきた錦戸さんは、ぼくの阿蘇の温泉めぐりにつき合ってくれるのだ。小笠原さんと小林さんも、最初の温泉には同行してくれるという。

 第1湯目は、栃木温泉。喫茶店「とちのき」のすぐ近くにある「荒牧旅館」(入浴料400円)の湯に入る。大浴場の湯につかりながら、目の前の、阿蘇の外輪山を眺める気分は最高。湯から上がると、小笠原さんと小林さんは、林道を走りに小国へと向かっていった。

 第2湯目は、栃木原温泉。ここでは「いろは館」の湯にはいった。入浴料は500円なのだが、ここで食事をすると300円になるというので、昼食に高菜定食を食べた。高菜飯、団子汁、馬刺し、芥子蓮根と、熊本の郷土料理がひととおり食べられる定食だ。

 第3湯目は、湯ノ谷温泉。「阿蘇観光ホテル」の奥にある露天風呂(入浴料200円)に入る。青空を見上げながら、気分よく湯につかれる露天風呂だった。

 湯ノ谷温泉からは、有料の阿蘇登山道路を登っていく。その途中では、米塚の前でバイクを止め、ハーハー息をきらして米塚を登る。あちこちの山をのぼっている錦戸さんは、息も乱さず、平気な顔をしている。米塚の頂上からの眺望は抜群! やわらかな牧草の緑につつまれた阿蘇を一望する。阿蘇カルデラ内の町や村がよく見える。阿蘇外輪山の向うには、たなびく雲の上に、九重の山々がつらなっていた。

 阿蘇山上のドライブインでコーヒーを飲んでいるうちに、空はあっというまに黒雲に覆われ、ザーッと雨が降りだす。なんともラッキーな雨! この雨のおかげで、錦戸さんと一緒に、阿蘇の名湯、地獄温泉に泊まることになったのだ!

 阿蘇中腹の一軒宿「清風荘」の夕食はイロリ焼き。スズメやウズラ、シシ肉、カモ肉などを串刺しにして、焼いて食べる。そのあと、混浴の露天風呂「すずめの湯」に入る。灰色をした湯なので、女性の入浴客も多い。温めの湯なので、長湯できる。何とも至福の時だったが、錦戸さんと露天風呂の消灯時間の12時になるまで入っていた。

 翌朝は、5時、起床。朝風呂に入り、6時、出発。阿蘇外輪山の俵山峠まで錦戸さんと一緒に走り、そこで、熊本市内へと下っていく彼女と別れた。

「カソリさん、私、ここからの阿蘇の眺めが一番好きなの」

 と、錦戸さんがいうほどの、俵山峠からの眺めだった。