六大陸食紀行:第12回 東南アジア・カンボジア
(共同通信配信 1998年~1999年)
「インドシナ一周」の最後はベトナム国境からタイ国境までのカンボジア横断だ。内戦の最中で、情勢のきわめて悪い時期。それこそ命を張ってのカンボジア横断になったが、その中でも私はしっかりと食べ歩いた。
首都プノンペンから300キロ西のバッタンバンまでは国道5号を走った。橋が爆破されたり、トラックやバスが襲撃されたりと不穏な状態がつづいていたが、途中の町や村で見かけるカンボジア人たちは誰もが明るく、穏やかな顔をしていた。動乱の国はいったいどこの話なのだと、不思議な気がしたほどだ。
国道5号沿いの食堂でバイクを止め食事にする。店先には料理の入った鍋が並んでいる。鍋の隣には焼き鳥が大きな盆に山盛りになっている。
この焼き鳥は日本のものとは違って、本当の焼き鳥とでもいおうか、空気銃で撃ち落とした野鳥を焼いたもの。まずはそれにかぶりつく。骨ばっているので肉はあまりないが、かみしめるほどに野性の味がする。
そのあとで、鍋のふたをひとつずつ開けて中を見たあと、
「これと、これ、お願いします」
と、食堂のおかみさんに指でさす。ご飯と豚肉入りの野菜炒め、白身魚入りのスープを頼み、それにゆで卵をひとつ、つけてもらった。
まずは、ゆで卵を食べてみる。殻を割ってビックリ。中には孵化寸前の雛(ひな)が入っていた。見た目は悪いが、スプーンですくって食べたその味は病みつきになりそう。実際に私はそのあと、バッタンバンの市場でも、まったく同じものを探して食べた。
さて食事の方だが、白身の魚入りのスープは絶品だった。トンレサップ湖から流れ出るトンレサップ川でとれた淡水魚だが、ほのかな脂分の、上品で淡白な味わい。トンレサップ湖はインドシナでも有数の淡水魚の宝庫になっている。
このスープにはショウガを効かせている。暑さが厳しいので、ショウガのピリッとした味のアクセントが食欲を増す。さらにもうひと味、魚醤油のトゥクトレイをたらすと、まさにインドシナの味になる。日本からほとんど姿を消した魚醤油は、“魚醤油圏”のインドシナでは欠かすことのできない調味料なのである。