六大陸食紀行:第8回 西アジア
(共同通信配信:1998年~1999年)
「50㏄バイク世界一周」のアジア編ではイスタンブールからカルカッタへと西アジアを横断したが、そこで一番よく食べたのものは主食のパンのナンである。
ナンは小麦粉に塩を加えて水でこね、それを半日ほど寝かせて発酵させ、饅頭型にしたものを型を使ってひらべったくのばし、地下式、もしくは半地下式の竈(かまど)の内側にペタッと張りつけて焼いた薄っぺらなパンである。
イランの朝食ではパンにバターをつけるような感じで、蜂蜜とクリームを混ぜたものをナンにつけて食べたが、蜂蜜とクリームの混ざり合ったトロッとした味が焼き立てのナンにはよく合った。それをチャイ(紅茶)を飲みながら食べるのだ。
昼食や夕食には、焼きトマトを添えた羊肉の串焼きのカバブーを毎日食べた。それにもナンがついてくる。ナンと羊肉というのは、ピッタリの味の取り合わせ。ナンには半分に切った生のタマネギが添えられている。それをカリカリかじるのだ。生のタマネギというのは、食べ終わったあと、急に元気が出てくるようなパワーを与えてくれる。
イランからパキスタンに入ると、ナンと羊肉入りのカレーという食事が多くなる。イランでは羊肉は焼いて食べるものだが、パキスタンになると羊肉は煮て食べる。ナンは同じでも、羊肉の食べ方が違ってくる。このあたりが食文化圏の違いのおもしろさだ。
ナンを主食にしている世界を“ナン圏”としておこう。
その東のインドになると、パンがナンからチャパティに変わる。チャパティはこねた小麦粉を寝かせることなく、つまり発酵させることなくすぐに焼く“未発酵パン”なのである。
“ナン圏”の西のアラブ世界のパンはホブス。ヨーロッパのパンに近い“発酵パン”でナンよりも厚く、上下二層に分かれた円形パン。それを半分に切って中に詰め物を入れて食べる食べ方が、サンドイッチのもとになっている。
小麦の原産地はカスピ海の南といわれているが、“ナン圏”というのはまさに世界の小麦発祥の地なのである。