賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

本を旅する(1):松尾芭蕉『おくのほそ道』

 1987年から88年にかけて、半年がかりでサハラ砂漠を往復縦断した。バイクは200ccのスズキSX200R。軽量のバイクで、徹底的に荷物を削り落とした装備でサハラの砂道を走破しようとしたのだ。

 

 ギリギリまで減らした荷物だったが、どうしても一冊だけ、本を持ちたかった。何にしようか、ずいぶんと迷ったが、何度でも読める本ということで『おくのほそ道』の文庫本にした。

 

 一望千里の砂道を走り、オアシスにたどり着き、ナツメヤシの木陰で読む『おくのほそみち』はよかった。日本で読むのとはまた違い、何ともいえない清涼感をともなって胸にしみてくるのだった。

 

 サハラ縦断だが、まず1本目のルートでサハラ砂漠を縦断し、ギニア湾岸ベニンのコトヌーの町に着いた。ここで隣国ニジェールのビザを申請したのだが、なんと2週間近くも待たされた。その間に何回、『おくのほそ道』を読んだかしれない。

 

 海岸近くのキャンプ場に滞在したのだが、日中は暑くて、暑くって、まったく動く気にもならないので、ココヤシの木陰に長椅子を持ち出して昼寝。目がさめると『おくのほそ道』を読むというのが日課になった。

 

 なにしろ暇なものだから『おくのほそ道』の本文から、本文評釈、発句の評釈、曾良随行日記、解説、芭蕉略年譜、歌枕解説と、一字一句のもれもなく、すべてを読みつくした。さらに読むだけではあきたらなくなり、芭蕉さんへの失礼もかえりみずに、次のようなカソリの『おくのほそ道』発句10選を選んでみたのだ。

 

 草の戸も 住み替わる代ぞ 雛の家(深川)

 行く春や 鳥啼き 魚の目は涙(千住)

 夏草や 兵どもが 夢の跡(平泉)

 蚤虱 馬の尿する 枕もと(尿前)

 閑かさや 岩にしみいる 蝉の声(山寺)

 五月雨を 集めて早し 最上川(大石田)

 暑き日を 海に入れたり 最上川(酒田)

 汐越や 鶴脛ぬれて 海涼し(象潟)

 荒海や 佐渡に横たう 天の河(出雲崎)

 あかあかと 日はつれなくも 秋の風(金沢)

  

 このように「サハラ往復縦断」の旅の間中、『おくのほそ道』は何度となく楽しませてくれた。ぼくはこのあたりが古典のすごさだと思っているが、繰り返し、繰り返し、何度でも読める。また読むたびに、微妙に変わってくる読後感がおもしろかった。

 

新版 おくのほそ道 現代語訳/曾良随行日記付き(角川ソフィア文庫)