「鵜ノ子岬→尻屋崎2012」(28)
3月14日。「グリンピア三陸みやこ」の夜明け。
部屋の窓から明けゆく東の空を眺める。やがて太平洋の水平線から朝日が昇る。高台上にある「グリーンピア三陸みやこ」は大津波の被害を受けることもなく、無傷で残った。「東日本大震災」のあとはしばらく被災者のみなさんの避難所になっていった。
ここから海岸に下ったところは小堀内漁港で、37・9メートルという大津波に襲われた。この37・9メートルという波高は、今回の「平成三陸大津波」では重茂半島の姉吉漁港の38・9メートルに次ぐものだ。
太平洋に昇る朝日を見たところで朝湯に入る。大浴場の湯にどっぷりつかる。ほかには入浴客もいないので、大浴場を独り占めにして湯につかる。天然の温泉でないのがちょっと残念だ。
朝湯から上がると朝食を食べ、「グリンピア三陸みやこ」を出発。広い敷地内を歩く。「グリンピア三陸みやこ」に隣接して大規模な仮設住宅ができているが、そこには田老の人たちが住んでいる。
仮設住宅前のバス停から7時44分のバスで三陸鉄道北リアス線の田老駅に戻った。
田老駅前に到着したのは7時58分。あたりは一面の雪景色で路面の雪は凍りつきアイスバーン状態だ。ツルツル滑るので歩くのも楽でない。この道を走って北に向かうのはもう無理だと判断した。
じつは次の日(3月15日)の夜、スズキのMさんと松島で落ち合うことになっていた。その後の3日間、「スズキキャリー・キャラバン」に同行して石巻、大船渡とまわることになっていたのだ。
ぼくの最初の予定では東北太平洋岸最北端の尻屋崎まで行き、そこから松島まで戻り、Mさんに会うつもりでいた。ところがこの雪では尻屋崎まで行けるかどうかわからない。というよりも、田老から北に行くことすら難しい。
そこで田老からいったん松島まで戻り、石巻、大船渡での「スズキキャリー・キャラバン」のイベントを終え、大船渡から再度、尻屋崎を目指すことにした。
田老から松島までは往路では見られなかったところ、行けなかったところを2日がかりで走ることにした。
まずは田老だ。
田老で2時間ほど過ごし、10時に出発することにした。そうすれば気温が上がり、路面の氷も溶け、すこしは走りやすくなるだろうという読みからだ。
「3・11」の東北はまだまだ冬。それを田老であらためて感じるのだった。
太平洋に朝日が昇る
雪景色の北上山地
田老駅前に戻ってきた