賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

「鵜ノ子岬→尻屋崎2012」(12)

 福島県の新地町から国道6号で宮城県の山元町に入った。

 山元町の海岸地帯でも、新地町同様、津波による大きな被害を受けた。常磐山元自動車学校の送迎バス5台が津波に飲み込まれ、教官と教習生39人が犠牲になるといった悲劇を含め、700人弱もの死者・行方不明者を出している。

 山元町から亘理町に入っていく。

「亘理」といえば、亘理伊達家の城下町。伊達成実以来、亘理伊達家は15代つづいた。明治維新を迎えると、城下の士族たちは北海道に渡り、伊達紋別の新地を開拓した。

 JR常磐線亘理駅は亘理城を模した造りだし、駅前には郷土資料館がある。郷土資料館ではそんな城下町としての亘理の歴史を見ることができる。

 亘理からは県道10号を行き、阿武隈川河口の荒浜へ。ここは阿武隈川の船運の拠点として栄えた。伊達藩の時代は塩釜と並ぶ2大港になっていた。その荒浜も大津波の直撃を受けて壊滅的な被害を受けた。

 荒浜漁港に行くと、港はずいぶんと復興し、漁も再開されていた。ちょうど漁を終えた漁船が戻ったところでスズキが水揚げされていた。魚市場では競りが行なわれていた。

 荒浜漁港の前には仮設の「鳥の海ふれあい市場」がオープン。マイクロバスでやってきた津波ツアーの観光客たちが海産物を買い求めていた。「東日本大震災」から1年、このような津波ツアーの大型バスやマイクロバスをあちこちで見かけるようになった。

 荒浜漁港は阿武隈川の河口ではなく、潟湖、鳥の海に面している。その海への出口近くに温泉施設の「鳥の海」がある。大改装して4階建にして間もないのだが、1階部分はほぼ全滅。津波から1年たっているが、再開の見込みはまったくたっていないという。

「鳥の海」前の瓦礫の山は一段と高くなっている。瓦礫の処理がなかなか進まない様子が見てとれた。

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荒浜漁港

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荒浜漁港での水揚げ

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魚市場での競り

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「鳥の海ふれあい市場」

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温泉施設の「鳥の海」

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「鳥の海」前の瓦礫