賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリの林道紀行(38)東北編(9)

みちのく5000(9)津軽激走編

(『バックオフ』1996年9月号)

 津軽の黄金崎にある不老不死温泉の湯に入った。日本海の波打ちぎわにある露天風呂だ。

「カソリさん!!」

 湯につかるなり、声をかけられた。

 なんと、ホンダ朝研(朝霞研究所)の鳥取巧さんではないか。CR250のエンジンをのせた雪上バイクを開発したひと。何年か前に、山形県大井沢の雪原で、それに乗せてもらったことがある。

 鳥取さんはうれしいことに「みちのく5000」の愛読者なのだ。

 夏休みだというのに、奥さん、お子さんをほったらかして、アフリカツインで旅に出た。

「カソリさんが、雪で敗退した、あの鳥海山の林道を走ってきましたよ」

 と、ことさらに“敗退”を強調して、うれしそうにそう言うのだ。

 まー、いいか‥‥。 

 不老不死温泉の露天風呂は、オフロードライダーの御用達!

 ここでは何人ものライダーのみなさんと一緒になる。ノリのいい我らライダー、思いっきりバカをいい合って、大笑い。

 日本海を赤く染めて、夕日が水平線に落ちていく。

 前回のゴールは、秋田県田代町の中心、早口だった。

 JR奥羽本線の早口駅前に2台のスズキDJEBEL250XCを止めた。そこが今回の出発点になる。

「まずは、腹ごしらえだ」

 と、カメラマンの盛長さんと“駅前食堂”の「いこい食堂」に入り、昼食にする。冷し中華を食べながら、まわりのお客さんたちの会話をさりげなく聞いている。秋田弁を耳にしていると、

「あー、今、みちのくを旅しているんだ!」

 という実感が胸にこみ上げてくる。

 さー、白神山地だ。真夏の炎天下、2台のDJEBEL250XCを走らせ、目の前に連なる白神山地に向かっていく。

 白神山地は秋田・青森の県境を成す山地。ブナを主とする豊かな植生で知られている。

 主峰は白神岳(1232m)、最高峰は向白神岳(1243m)。

 西端は日本海に落ちる。

 第1本目のダートは、田代相馬林道だ。

 前回の河北林道と同様に、この田代相馬林道も、ダート経由での東北縦断には欠かせない林道になっている。

 田代町の中心、早口の町からR7に出、わずかに能代方向に走った交差点を右折、3キロほど走って大野へ。

 2又を左へ。そして田代相馬林道の入口に到着。林道の入口からダートがはじまるのがうれしい!

 この田代相馬林道は、いつ来ても、そう変わらない。路面がよくなるわけでもなく、かといって、荒れるわけでもなく、いつ来ても同じように走れる。

 早口川の渓流に沿っていく。

 白神山地の奥へ、奥へと、砂塵を巻き上げながら走っていく。

 早口ダムのわきを通り過ぎると、峠への登り。同じ田代町内の山瀬ダムの方から上がってくるダートと合流し、秋田・青森県境の長慶峠に到達。林道入口から15キロの地点だ。 峠には県境の木標と“長慶峠”の碑が建っている。この長慶峠は、長慶森(943m)の東側の峠。前回の秋田県北部山地と同様、白神山地にも○○森と、森のつく山名が多い。

 長慶峠を越え青森県に入る。いよいよ津軽だ。峠道を下っていくと津軽富士の岩木山が見えてくる。

 長慶峠から12キロ、藍内川に沿って下り、相馬村の藍内に出る。そこで舗装路になる。 田代相馬林道は、林道の入口から出口まで、キチッと全線がダート。その距離は37キロ。東北屈指の正統派林道なのである。

 相馬村から津軽のシンボル、岩木山を眺めながら走り、西目屋村へ。津軽富士の山麓は一面のリンゴ畑だ。岩木川をせき止めた美山湖の湖畔近くにある美山湖温泉の湯に入る。真夏の暑い最中に、熱い湯に入るのも、なかなかいいもの。林道走行の汗と埃を流した。

 美山湖温泉のある西目屋村の砂子瀬から、白神山地縦断の2本目のダートコース、県道317号に入っていく。以前は行き止まりだったものが、今では、峠をトンネルでブチ抜き、秋田県藤里町に通じている。

 青森県側のダートは10キロ。道幅は広く、路面も整備され、舗装化寸前‥‥といったところだ。その先の峠までの5キロは、2車線の舗装路。山岳ハイウェーだ。

 白神山地に、このようなハイウェーがあっただなんて‥‥。

「知らなかったよ」。

 県境の釣瓶峠のトンネルを抜けた秋田県側も舗装路。峠をかなり下ったところでダートになったが、秋田側のダート区間は14キロ。

 ダートを走り切ったところに、湯ノ沢温泉の「温泉保養所」や「ゆとりあ藤里」がある。残念ながら湯ノ沢温泉はパスし、二ッ井町でR7に出た。

 能代からR101で日本海岸を北上。秋田青森県境が須郷岬。白神山地はここで日本海に落ちる。その風景を目の底に焼き付けたところで、黄金崎の不老不死温泉へと急ぐ。不老不死温泉の露天風呂の湯につかりながら、日本海に落ちていく夕日を見たかったのだ。「ゴメン、ゴメン、盛長さん」

 と、盛長カメラマンにあやまり、須郷岬からは、アクセル全開で突っ走る。

「間に合ったゼー!」

 黄金崎の不老不死温泉に着いたときは、まだ、夕日は水平線のかなり上にあった。

 ここの露天風呂では、ライダーのみなさんとのうれしい出会い。そのなかには、冒頭でもふれたように、ホンダ朝研(朝霞研究所)の鳥取巧さんとの再会もあった。

 我らオフロードライダーたちは、1時間以上も露天風呂の湯につかり、しっかりと、日本海の水平線に落ちていく夕日を眺めた。それは、まさに感動のシーンだった。

 黄金崎の不老不死温泉の露天風呂を存分に楽しみ、まっ赤に染まった津軽の海に別れを告げ、R101で岩崎村の岩崎へ。

 白神温泉の1軒宿「静観荘」で泊まったのだが、ここはよかった。食卓に並んだ津軽の海の幸をふんだんに味わい尽くせたし、大浴場の湯に何度も入った。

 とくに、朝風呂がよかった。もう、最高!

 ぼくは温泉宿に泊まると、朝、目をさますのと同時に湯に入るのだが、「静観荘」の大浴場はガラス張りで、窓越しに、朝日を浴びた日本海の大海原を眺められた。

 キラキラ輝く日本海は、夕日に染まった日本海とはまた一味違う感動の光景。湯につかっているすぐ目の前をJR五能線の一番列車が通り過ぎていく。

 朝湯に入ったあとの朝飯が、これまた、うまい。

“みちのくの狼カソリ”、朝から大盛りの3杯飯を食べ、お櫃をカラにする。それをパワー源にし、気合十分に、岩崎から弘西林道に入っていく。R101の交差点から10キロほどでダートだ。

「さー、行くゼ!」

 と、DJEBEL250XCに声をかける。弘西林道のダートを走りはじめると、体に電気が通るような感じで、ビリビリッと、興奮してしまうのだ。

 もうこうなると、“ダート病”の世界だ。

 弘西林道は現在は、青森県道28号岩崎西目屋弘前線で、愛称が“白神ライン”。それだから、正確にいうと、旧弘西林道になる。

 だが、以前の70キロ近いダートが頭にこびりついているので、弘西林道はやっぱり弘西林道、ここでは“弘西林道”を使わせてもらう。

 弘西林道は白神山地の北側の山並みを縫っていく。峠越えの連続で、全部で4つの峠を越える。

 最初の峠が一ッ森峠。峠への登り坂の途中には白神山地の最高峰、向白神岳(1243m)と、その奥の主峰、白神岳(1232m)を望む展望台がある。弘西林道の全行程を通じて、このあたりが一番、眺めがいい。最初の峠、一ッ森峠は、岩崎村と深浦町の境になっている。

 2番目の峠は天狗峠。深浦町鰺ヶ沢町の境になっている。峠を下ると赤石川。ここでいったん、弘西林道を離れ、赤石川林道(ダート15キロ)で、きれいな渓流の赤石川沿いに走り、日本海に出る。

 その途中には、“日本滝100選”のくろくまの滝を見る。高さ85メートル、幅15メートルの、なかなかの滝。ぼくは“日本の滝100選”の100滝は全部、見るつもりだが、青森県にはもうひとつ、南八甲田に松見の滝がある。

 赤石川林道のダートを抜け出るあたりに、熊ノ湯温泉がある。ひと風呂、浴びたあと、アユとイワナの塩焼きをおかずにして、昼食のラーメンを食べた。そして、鰺ヶ沢の町に近い、赤石川の河口まで下り、日本海の浜を折り返し地点にし、弘西林道に戻るのだった。

 弘西林道の3番目の峠は名無し峠。「白神ライン」の記念碑が建っている。

 4番目の、最後の峠が津軽峠。ここでは埼玉県川口市バイクショップ「フジイ」の藤井吉守さんや田沢スーパー林道でも会ったTT-Rさんら5人のライダーのみなさんに出会ったが、一緒に「津軽峠、万歳!」に、つきあってもらった。

 みなさん、どうも、ありがとう!!

 津軽峠を下ると、暗門の滝入口。そこで、舗装路に変わる。岩木川沿いに走る。岩木山を眺めながら弘前へ。広々とした津軽平野の風景。

 そしてR7で青森へ‥‥。とうとう、青森だ。

 青森港のフェリー埠頭で、盛長さんと別れた。

 カソリはフェリーで北海道へ、盛長さんは東北道で東京へ。

 カソリ、北海道を走ったあとは、オーストラリアに戻っていく。今度は、オフロード篇の「オーストラリア一周」に挑戦するのだ。「みちのく5000」の残されたエリア、津軽半島下北半島は、また、来年の夏に走ろう。

 フェリーが青森港の岸壁を離れ、津軽海峡の暗い海に出ていったとき、“みちのくの狼カソリ”、思いっきり、叫んでやった。

「さらば、みちのくよ。また、来るゼ!!」

■コラム■みちのくの「海の幸」

 青森県岩崎村の白神温泉「静観荘」に泊ったが、夕食にはふんだんに海の幸が出た。

 どういう夕食かというと、ヒラメ、エビ、アワビの刺し身、ウニ、サザエの壺焼き、カニカズノコ、塩ジャケ、山菜といったもの。みちのくの“海の幸”をふんだんに味わうことができた。とくに身のしまったヒラメのうまさ、コリコリッとしたアワビのうまさがきわだっていた。サザエの壺焼きは潮の香をプンプン漂わせていた。ウニの量の多さは北海道もまっ青。ご飯の上のドバッとのせ、ウニ丼にして食べた。

■林道データ■

1、相馬田代林道

ダート距離 37キロ

走りごたえ ☆☆☆☆☆

景色のよさ ☆☆☆☆☆

秋田県田代町から青森県相馬村へと走った。白神山地の長慶峠を越える。林道の起点から終点まで、全線がダート。走りがいがある。

2、県道317号

ダート距離 24キロ

走りごたえ ☆☆☆☆

景色のよさ ☆☆☆☆☆

県道317号には、青森県西目屋村の砂子瀬から入っていった。青森側がダート10キロ、秋田側がダート14キロ。峠の周辺は舗装路。

3、弘西林道(県道28号)

ダート距離 45キロ

走りごたえ ☆☆☆☆☆

景色のよさ ☆☆☆☆☆

青森県岩崎村から西目屋村へと走った。現在は青森県道28号。全部で4つの峠を越える。その途中にはブナ林散策の自然遊歩道がある。

4、赤石川林道

ダート距離 30キロ(往復)

走りごたえ ☆☆☆☆

景色のよさ ☆☆☆☆☆

弘西林道との分岐点か日本海まで往復して走った。赤石川沿いのルート。写真は林道を抜け出たところで、白神山地の山々を遠望する。

■峠データ■

1、長慶峠

田代相馬林道で越える白神山地の峠。秋田・青森の県境で白い県境の木標が建っている。

2、釣瓶峠

県道317号で越える白神山地の峠。全長157メートルのトンネルが県境の峠を貫く。トンネルを抜け出た秋田側が絶景!

3、天狗峠

弘西林道は全部で4つの峠を越えるが、写真は日本海側から数えて2番目の天狗峠。白神山地天狗岳北側に位置する。

■温泉データ■

1、不老不死温泉

津軽の黄金崎にある温泉。日本海の海岸の露天風呂は有名だ。混浴。入浴料300円。日本海に沈む夕日を湯につかりながら眺める。

2、美山湖温泉

岩木川をせき止めた美山湖の湖畔近くにある温泉。入浴料300円。無色透明の熱めの湯。西目屋村には村市温泉とおんな坂温泉もある。

3、白神温泉

岩崎村岩崎にある温泉。R101沿いの「静観荘」。入浴料300円。茶褐色の湯。塩気。湯量豊富。宿の前の交差点が弘西林道への道。

4、熊ノ湯温泉

明石川林道のダート入口にある温泉。1軒宿。入浴料250円。食堂あり。アユやイワナの名物料理。宿泊料金は1泊2食6500円!