賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリの林道紀行(37)東北編(8)

みちのく5000(8)マタギの里の秋田縦断編

(『バックオフ』1996年8月号 所収)

◇◇◇

“みちのく”を走りたくって、

その一心で、

オーストラリアから帰ってきた。

赤い荒野と360度の地平線を見慣れた目には、

“みちのく”の青き山々が目にしみるぜ!!

◇◇◇

“みちのく5000”にゼロをひとつつけた“オーストラリア50000”の旅に出た。オンロード篇、オフロード篇と、大陸を2周する計画で、その第1弾のオンロード篇3万6000キロを走って、いったん、日本に帰ってきた。

 どうしても、夏の間に東北を走りたかったのだ。オーストラリア2周を終えたあとだと、雪の季節になってしまうからだ。

 オーストラリア一周では、何度となく、東北の林道と温泉を夢みた。異国の地を走りながら思いを馳せる日本というのは、すごく、いいものだ。

 オーストラリア一周では、何人もの日本人ライダーに出会ったが、ぼくがいったん日本に帰って東北を走るというと、

「いいなー、カソリさん、東北か‥‥」

 と、口々にいわれた。

 そういうものなのだ。長い期間、海外を走っていると、無性に日本を走りたくなる。海外に飛び出すのは、日本を知る一番いい方法なのだ。

 東北は、日本の中でも、とくに、日本的なものを色濃く持っている。

 東北の風景は日本の原風景だし、旅の途中で出会う東北人には、原日本人を強く感じる。ぼくは今、日本のなかでも、東北に一番、心をひかれるが、それは東北に、より日本的なものを強く感じるからだ。

 というわけで、3万6000キロのオーストラリア一周から帰るとすぐさま、カソリ、“みちのくの狼”になって、“みちのく5000”に旅立った。

 ブルダスト瀬戸の見送りを受け、BO編集部前を夕刻に出発。相棒はカメラマンの盛長幸夫さん。バイクはDJEBEL250XC。カソリがスタンダードで、盛長さんが、ローシートだ。

 東京から東北道をひた走り北上江釣子ICで高速を降り、R107で秋田県の横手へ。今回のエリアGの出発点、JR横手駅前に立った。昨年の11月上旬、雪にはばまれ、青森まで行けずに、ここをエリアFのゴールにした。その、横手駅前に戻ってきたのだ!

「さー、行くゾー!」

 と、JR横手駅前でガッツポーズ。これがいつもながらの、ぼくの出発の儀式なのだ。

 スズキDJEBEL250XCのエンジンを始動させ、朝からギンギンに照りつける炎天下を走り出す。期待に胸がふくらむ。

 この走りだす瞬間が、なんともいえずにいいのだ!

 横手は、秋田藩の支城が置かれた城下町。まずは、横手第一の展望台になっている横手城跡に行く。高台をサーッと吹き抜けていく風の気持ちよさ。市街地の向こうには鳥海山がそびえたっている。

 8月になったというのに、まだ、かなりの残雪。昨年の11月に、雪と大格闘した思い出が鮮やかによみがえってくる。横手城跡から眺める鳥海山には、胸にグッと迫ってくるものがある。

 横手高校前から広域基幹林道の萱峠林道に入っていく。

「うれしいぜ!」

 第1本目の林道だ。峠に向かって登っていく。アクセルをグッと開く。青い山々、谷間の清流‥‥。

「おー、日本だー!!」

 思わず、叫び声を上げる。赤い荒野がはてしなく広がるオーストラリアとのあまりの違い‥‥。

 峠をひとつ、またひとつと越える。3つ目の峠が奥羽山脈の、秋田・岩手県境の萱峠だ。絶景林道で、ゆるく波うって連なる山々の向こうに、鳥海山が小さく見える。

 萱峠を越えて岩手県側に入り、大崩落現場をすり抜け、2区間20キロのダートを走った。

 萱峠を下ると、湯本温泉。

 その近くにある槻沢温泉の砂湯に入った。温泉の蒸気で熱くなった砂を体の上にかけてもらって横たわるのだが、15分間、体中の血液がドックン、ドックンと音をたてて流れ、汗が際限なく吹き出してくる。ここはおすすめの温泉だ。

 湯本温泉の北、県道1号盛岡横手線を沢内村で左折し、峰越林道の真昼岳林道に入っていく。県道から4キロほどでダート。奥羽山脈の真昼岳に向かってグングンと高度を上げていく。

 ダートに入って14キロで岩手・秋田県境の真昼岳峠に到着。絶景峠だ! 

 北には東北で一番豊かな自然が残る和賀岳がそびえ、南には手前の山影に隠れているが真昼岳だ。

 真昼岳峠は、奥羽山脈の中でも、有数の名峠。しばらくは峠から動けずに、奥羽山脈の山並み、岩手側、秋田側の山並みと、みちのくの山岳風景に見入った。心に残る峠だ。

 峠から秋田側に下ると、千畑温泉近くで舗装路に出る。ダート27キロ。真昼岳林道は、奥羽山脈横断林道のなかでは、南蔵王林道と並ぶダートのベストコースといっていい。

 奥羽山脈横断の2本の林道、萱峠林道と真昼岳林道を走り終えると、奥羽山脈から秋田県北部の山地へと舞台を移す。

 秋田県の大河、雄物川流域の広々とした水田地帯に下り、雄物川が大きく湾曲する地点の大曲の町に出る。そしてR13で秋田方向へ。

 河辺町でR13を右折し、岩見三内へ。

 ここで田沢スーパー林道と河北林道という、2本のメジャーな林道への道が分岐する。

 それだから、河辺町の岩見三内は、“我ら林道派”には重要なポイントなのだ。

 まずは、田沢スーパー林道を目指す。

 この田沢スーパー林道、今までに何度か走ったが、キチッと走り抜けることができたのは、10年以上も前のことでしかない。それ以降というもの、台風で大被害を受けたこともあり、いつ行っても、崖崩れなどで通行止めになっていた。

 それだけに、今度こそは、といった気負った気分。名所の岨谷峡を見、ゆるやかな中山峠のへそ(辺岨)公園に立ち寄り、田沢スーパー林道のダートに入っていった。

 渓流沿いの道は整備されていて、

「お、これだったら、走り切れるかな」

 といった期待を抱かせた。

 だが、峠に近づくにつれて、路面は荒れ、崖崩れの個所が連続するようになる。

 それでも登りつづけ、ついに峠に到達。思わず「万歳!」を叫んでやった。

 河辺町と西木村の境の黒崎森峠だ。

 峠のトンネルを抜けて、西木村に入る。うまく、下っていけるのか‥‥。だが、田沢スーパー林道、やはり、そんなに甘くはなかった。峠から1キロほど下った地点の橋が落下。通行不能。残念。来た道を岩見三内へと引き返すのだった‥‥。

 田沢スーパー林道から岩見三内に戻ると、「岩見屋旅館」に宿をとり、カメラマンの盛長さんと浴衣姿で下駄をカランコロンと鳴らし、岩見温泉の「郷の湯」に入りに行く。

 うす茶色の湯につかると、ダート走行の疲れがスーッと抜けていく。湯上がりのビールのうまいことといったらない!

「岩見屋旅館」の夕食には、アユの塩焼きがでた。なんと、宿のご主人が、我々2人だけの泊まり客のために釣り上げてきたアユなのだという。“香魚”の別名どおり、とれたての天然のアユはほのかな香りを漂わせていた。

 翌日は、河北林道に向かう。岩見三内の町から10キロほど走ると、岩見ダムのわきに出る。そこから河北林道のダートがはじまる。

 河北林道は、ダート経由の東北縦断には欠かすことのできないルート。

 今までに何度も走っているが、一番、忘れられない河北林道というと、“テラノ高木”こと、高木剛さんと一緒に1991年に走ったときのことだ。

 東京・日本橋から北海道の稚内まで行き、そのままロシア船に乗ってサハリンに渡ったのだが、その途中、東京~青森間は何本もの林道を走った。

 当然のことのように河北林道も走った。

 カソリ&テラノのB型コンビ、バカばっかりやりながら、河北林道を走った。

「あれから、もう、5年もたつのか‥‥」

 河北林道を走る。三内川の渓流沿いのルート。やがて林道は沢を離れる。峠に向かって登っていく。峠近くは、路面がかなり荒れている。ギャップにはまり、小石をはね飛ばし、岩盤の上を駆けていく。

 河北林道の峠に到達。河辺町と阿仁町の境の峠。林道の完成記念碑とブナ林、ブナの大木が目印だ。名無し峠なのだが、ぼくはこの峠を河北峠と呼んでいる。ところで河北林道の“河北”だが、河辺町の河辺郡阿仁町北秋田郡の両郡名をとっている。

 河北峠は秋田の名山、太平山から白子森、番鳥森とつづく稜線を越えている。このあたりには、○○森と、森のつく山名が多い。それだけ山々には森がうっそうと茂っている

 河北峠を越えて阿仁町に入る。クマ猟で有名な“秋田マタギ”のふるさとだ。すぐに、もうひとつの峠、熊見峠を越える。いかにもマタギの里らしい峠名ではないか。

 河北林道の34キロのダートを走り切り、R105の比立内の集落に出る。阿仁町でも、この比立内と打当、根子の3集落が“秋田マタギ”の本拠地なのだ。

 R105を北上。森吉町に入ると、前方には白神山地の山々が見えてくる。

 鷹巣でR7に出る。もう、白神山地が目の前だ。

 田代町の中心早口へ。JR早口駅前にDJEBEL250XCを止める。ここがエリアG前編のゴール。来月号の後編では、白神山地の林道群を走り、青森を目指すのだ。

■コラム1■東北の林道

 東北は林道の宝庫。地図にも載っていないような林道が何本もある。峠越えの林道も何本もある。関東周辺のようなうるさい規制も少ないし、交通量も少ないので、存分に走りを楽しめる。おまけに、それをとりまく東北の自然は豊かだし、あちこちに温泉が湧いているし、旅の途中で出会う東北人は人情味があるし‥‥と、いいことずくめなのだ。

 ということで、カソリ、“みちのくの狼”になって、東北の林道を片っ端から走りはじめたのだ。名づけて“みちのく5000”。

 全行程5000キロ、そのうちダートが1000キロというのが、当初の計画だった。

 95年8月号で記念すべき!?第1回目の奥会津篇(ダート234キロ)を走ったのを皮切りに、東北を北へ、北へと走るにつれてそのおもしろさにはまり込み、全行程5000キロ、ダート1000キロは大幅にオーバーし、エリアも最初の計画ではFまでだったものが、Iにまで増えている。東北はそれほどなのだ!

■コラム2■マタギの世界

 秋田県阿仁町は、“秋田マタギ”のふるさと。

 比立内、打当、根子の3集落が、マタギの本拠地になっている。

 クマ猟の達人集団の秋田マタギはクマを追って、長い年月をかけて南へ、南へと移動をつづけ、その南端はといえば、越後・信濃境秋山郷になる。

 3つのマタギ集落のうち、打当に行った。

 打当温泉の湯に入ったあと、隣りあった「マタギ資料館」を見学。一見の価値のある資料館。人形をつかって展示されているマタギの装備が興味深い。

 足にはワラ製のツマゴをはき、すねにはガマで編んだハバキをつけている。ズボンは布のユキバカマ、上着は木綿のカッポだ。胸にはマエカケをかけ、防寒用にカモシカの毛皮のキガワをはおっている。

 また、テキシャと呼ぶカモシカの皮の手袋をはめ、頭は布で覆い、その上からアマブタをかぶっている。手にはタテと呼ぶ槍を持っている。このような格好で、雪深い山々を獲物を追って駆けめぐったのだ。

 そのほか、クマやカモシカの剥製、マタギ用具などが展示され、独特のマタギ言葉が表示されている。

 マタギのクマ料理も興味をひかれる。ヤジというのは、血だけの腸詰めで、それを餅や野菜などと一緒に煮込むという。サンベ(心臓)やマメ(腎臓)は、生のまま、塩もみにし、醤油をつけ刺し身で食べるのだという。

 資料館の前にある食堂の「マタギの里」では、クマ鍋(2000円)が食べられる。

■林道データ■

1、萱峠林道

ダート距離 20キロ

走りごたえ ☆☆☆☆

景色のよさ ☆☆☆☆☆

秋田県横手市から岩手県湯田町へと走った。

ダートは2区間。最初が6キロ、次が14キロ。

奥羽山脈の萱峠を越える。湯田町側で崩落。

2、真昼岳林道

ダート距離 27キロ

走りごたえ ☆☆☆☆☆

景色のよさ ☆☆☆☆☆

岩手県沢内村から秋田県千畑町へと走った。

奥羽山脈の真昼岳の北側、真昼岳峠を越えていく。

峠周辺からの眺めは絶景!

3、田沢スーパー林道

ダート距離 35キロ

走りごたえ ☆☆☆☆

景色のよさ ☆☆☆☆☆

秋田県河辺町から西木村へと走った。

町村境の峠のトンネルを抜け1キロほど下ったところで橋が落下。

ダート距離はその間の往復。

4、河北林道

ダート距離 34キロ

走りごたえ ☆☆☆☆☆

景色のよさ ☆☆☆☆☆

東北屈指の林道。秋田県河辺町から阿仁町へと走った。

峠近くの河辺町側は、路面が荒れている。

峠を越えた阿仁町側は走りやすい。

■温泉データ■

1、槻沢温泉

入浴施設の「砂ゆっこ」には東北で唯一の砂湯がある。

これがすごく気持ちよい。

砂湯入浴料800円。入浴のみだと150円。

2、岩見温泉

自然休養村「郷の湯」に入った。

茶褐色の湯の色。塩気が強い。

熱め、温めの2つの湯船。

入浴料は250円。9時~21時。宿泊可。

3、打当温泉

マタギ資料館」に隣りあっている。

無色透明の、熱めの湯。塩気。食堂もある。

入浴料260円。熊牧場、資料館の共通券は820円。