賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

「青春18きっぷ2010」(40)

第5日目(函館→新潟・その7)

 秋田の久保田城跡を歩き、秋田駅に戻ってきた。ここからは日本海の海岸線に沿って走る羽越本線で、酒田から新潟へと向かう。

 14時46分発の酒田行に乗車。4両編成の電車で前2両が酒田行、後2両が羽後本荘止まり。全車両がロングシートだ。

 秋田駅を発車した電車は奥羽本線と分れ、雄物川を渡り、日本海の海岸線を南下していく。国道7号が線路のすぐ脇を通っている。松林越しに日本海が見える。

 15時28分、羽後本荘駅に到着。ここで後2両が切り離され、15時40分に出発。停車時間は12分なので、そのまま座席に座り、時刻表を見ていた。

 羽後本荘を出ると西目、仁賀保、金浦と通り、16時17分、象潟に到着。

「象潟」といえば芭蕉の「奥の細道」のハイライトシーンだ。

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 江山水陸の風光を尽くして、今象潟に方寸を責む。酒田の港より東北のかた、山を越え、磯を伝ひ、いさごを踏みて、その際十里、日影やや傾くころ、潮風真砂を吹き上げ、雨朦朧として鳥海の山隠る。闇中に模索して「雨もまた奇なり」とせば、雨後の晴色またたのしきものと、あまの苦屋に膝入れて、雨の晴るるを待つ。その朝、天よくはれて、朝日はなやかにさし出づるほどに、象潟に舟を浮かぶ。まず能因島に舟寄せて、三年幽居の跡を訪ひ、向かうの岸に舟を上がれば、「花の上漕ぐ」とよまれし桜の老の木、西行法師の記念を残す。江上に御陵あり。神功皇后の御墓という。寺を干満珠寺という。この所に行幸ありしこといまだ聞かず。いかなることにや。この寺の方丈に座して簾を捲けば、風景一眼の中に尽きて、南に鳥海、天を支え、その影映りて江にあり。西はむやむやの関、道を限り、東に堤を築きて、秋田に通ふ道遥かに、海北にかまえて、波うち入るる所を汐越といふ。江の縦横一里ばかり、俤松島に通ひて、また異なり。松島は笑ふがごとく、象潟は憾むがごとし。寂しさに悲しみを加へて、地勢魂を悩ますに似たり。

  象潟や雨に西施がねぶの花

  汐越や鶴脛ぬれて海涼し

(『おくのほそ道』より)

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 芭蕉は「江山水陸の風光を尽くして」と、象潟を絶賛している。まるでここが「奥の細道」のゴールといってもいいような書き方で、象潟の描写にはひときわ熱が入っている。

 とくに印象深いのは干満珠寺から見た風景だ。

「この寺の方丈に座して簾を捲けば、風景一眼の中に尽きて、南に鳥海、天を支え、その影映りて江にあり。西はむやむやの関、道を限り、東に堤を築きて、秋田に通う道遥かに、海北にかまえて、波うち入るる所を汐越という」

 この一節は『おくのほそ道』を通しても一、二の名文だ。

 なんとも残念なのは、文化元年(1804年)の象潟地震でこの一帯は隆起し、「江の縦横一里ばかり」とある潟が陸地になってしまったことだ。

 干満珠寺は今は「カン満寺」になっているが、寺の境内には舟つなぎ石が残されている。それが当時は潟の岸辺にある寺だったことを証明している。

 またここからはポコッ、ポコッと盛り上がった小丘をいくつも見るが、それが当時の九十九島の跡。芭蕉は「松島は笑うがごとく、象潟は憾がごとし」といっているが、現在はまさにそのとおりになっている。

 松島は「奥の細道」人気も手伝って、押すな押すなの大盛況。瑞巌寺や五大堂などは、人をかきわけて歩くかのようだ。それにひきかえ、潟でなくなってしまった象潟はまるで忘れ去られてしまったかのような存在で、訪れる人はきわめて少ない。松島と象潟は、何とも対照的な「奥の細道」のハイライト的2地点なのである。

 ぼくは芭蕉の「奥の細道」が大好きで、何度、読んだかしれない。

サハラ砂漠往復縦断」(1987年~88年)のときも、唯一持った本は、「奥の細道」の文庫本だった。

 2009年には東京・深川から結びの地の岐阜・大垣までバイクを走らせ、芭蕉の「奥の細道」の足跡を追った。ぜひともそのときの写真を見てもらおう。カン満寺の山門前には芭蕉像のほかに、新しく西施像もできていた。

 そのような象潟なので、羽越本線の電車が象潟駅に停車し、象潟駅を発車するときは胸にジーンとくるものがあった。

 象潟駅では大半の乗客が降り、車内はガラガラになった。象潟の次の次、小砂川駅を過ぎると秋田県から山形県に入り、16時55分、電車は終点の酒田駅に到着した。

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秋田駅の改札口

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秋田駅の4番線ホーム

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秋田からは羽越本線を行く

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羽後本荘駅

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夕日が落ちていく

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象潟駅

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(※以下の4点は2008年8月の撮影)

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カン満寺の山門

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カン満寺山門前の芭蕉

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カン満寺山門前の西施像

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九十九島の名残の小丘

(※以上)

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象潟を過ぎると車内はガラガラ

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酒田に到着