賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリの林道紀行(36)東北編(7)吹雪の山形縦断編

(『バックオフ』1996年1月号)

みちのく5000(7)

十部一峠、18時。

猛吹雪、気温、氷点下12度。

酒田、20時。

猛烈な季節風、風速35メートル。

みちのくの冬の厳しさを思い知らされた。

すさまじい。あまりにもすさまじい。

季節は11月、それもまだ上旬だというのに‥‥。

カソリ、暴風雪にもみくちゃにされながら、それでも走った!

◇◇◇

 みちのくの初冬の嵐は、東京を出発する前からわかっていた。天気予報は繰り返して、東北の日本海側は大荒れの天気になるだろうといっていた。

 だが、そのくらいのことで、

「ハイ、そうですか」

 といって、尻尾を巻いて逃げるようなカソリではない。

「よーし、やってやろうじゃないか」

 と、よけいに気分を熱くさせて、初冬の嵐に立ち向かっていくことにした。

 真夜中の12時に、東京・渋谷のBO編集部を出発。バイクはいつものDR250R。だが、いつもの相棒のブルダスト瀬戸は、今回は一緒でない。それがちょっぴり寂しいことだった。

 東京を出発するときから、みちのくの嵐を予感させるような荒れ模様の天気。激しく降りしきる雨をついて、首都高から東北道を北へと、DRを走らせる。

 それにしても、この季節の雨は辛いゼ。ほんとうに…。

 雨と寒さと睡魔のトリプルパンチに見舞われ、メロメロ状態で、那須高原SAにたどり着いた。

 レストランの屋根の下でゴロ寝。雨具を着、ヘルメットをかぶったまま、1時間ほど眠る。目を覚ますと、体は氷のように冷えきっていた。

 福島県に入り、白河を過ぎると、やっと雨は上がった。そのかわり、奥羽山脈から吹き下ろす風がすさまじい。DR250Rは、まるで木の葉のように、強風にもてあそばれてしまう。

 安達太良SAで朝食。いつもの豚汁定食。1杯の豚汁で生き返る。

 6時、福島飯坂ICに到着。ここで、岩手県在住のカメラマン、伊勢ひかるさんと落ち合う。伊勢さんは福島から青森まで、今回のエリアFの全行程を同行してくれるのだ。

 R13で山形県境に向かう前に、飯坂温泉に立ち寄る。共同浴場の「鯖湖湯」でひと風呂浴びたあと、福島交通の終点、飯坂温泉駅前で、芭蕉像に対面。芭蕉は「奥の細道」で飯坂温泉に1泊している。

芭蕉さん、また会いましょうね」

 と、芭蕉像にひと声かけ、福島を出発するのだった。

 福島は晴れていた。つかのまの晴れ間といったところだ。

 R13で山形県境に向かっていくと、前方には、まっ黒な雨雲。あっというまにそのなかに突っ込み、冷たい雨が降りだす。もう、冬の雨だ。

 長い東栗子トンネルを抜け、山形県に入ったところで、国道を左折。板谷の集落へ。ここから、吾妻山北麓の秘湯群に入りまくるのだ。

 第1湯目は、五色温泉板谷の集落から、かなり登ったところにある一軒宿の温泉だ。雨が雪に変わり、チラチラ舞っている。さっそく「宗川旅館」の内風呂に入る。緑色がかった湯の色。湯につかった瞬間に、雨と雪の寒さに痛めつけられた体に血の気が戻る。この、温泉の瞬間的な効果はすごい! 

 体中に、いっぺんに元気がよみがえってくるのだ。

 五色温泉からは、五色温泉林道で滑川温泉へ。5キロのダート。雪の降り方は勢いを増し、落ち葉の上に新雪が積もっていく。

「おー、そうだよ、こうでなくては!」

 と、最初のうちは、降りしきる雪を喜ぶ余裕がまだあった。

 滑川温泉も一軒宿の温泉。冬期休業の準備であわただしい「福島屋」の内風呂に入る。湯治客に人気の温泉だけあって、湯がいい。硫化水素泉の湯には湯の花が浮いている。

 滑川温泉から姥湯林道で最奥の、日本屈指の秘湯、姥湯温泉へ。

 4キロのダート。

 激しく降りしきる雪で林道はすでにまっ白だ。

 滑川温泉から姥湯温泉への道は急勾配。スイッチバックがあるほど。

 登りきれなくなると、DRを押し上げる。雪にツルッと滑り転倒‥‥。もう、雪との大格闘の連続。やっとの思いでたどり着いた姥湯温泉なだけに、雪見露天風呂は格別だ。

 ここも一軒宿だが、「桝形屋」も冬期休業の準備であわただしかった。みちのくの山あいの温泉宿は、長い、長い冬ごもりに入るところだった。

 同じルートで板谷に戻り、ダート5キロの板谷峠を越える。峠下の湯ノ沢温泉に入り米沢へ。

 里にはまだ雪はなく、冷たい雨が降っていた。

 米沢からは最上川沿いにR287を走る。冷たい雨が降りつづく。オフロードブーツの中はズボズボビショビショで田んぼ状態。足が凍りつき、もう、感覚もないほどだ。

 大江町の中心左沢からはR458で十部一峠に向かう。峠に向かって登るにつれて、雨は雪に変わる。高度を増すにつれて、気温がグングン下がり、雪が深くなる。

 すでに交通は途絶え、通る車はまったくない。

「引き返せばよかったかなあ‥‥」

 と、悔やんだが、もう遅い。

「なんとしても峠まで行くのだ」

 まるで憑かれたように雪道にアタックし、ひたすらに峠を目指す。

 きつい登りがつづく。

 ツルッと滑り、思いっきり左足で踏んばったが、そのまま、股裂き状態で転倒。このダメージは大きかった。左足つけ根の痛みのために、ほとんど踏んばりがきかなくなり、たてつづけに転倒。そのたびに体力を消耗していく。

 死にものぐるいで十部一峠に到着したときは、うれしかったよー。

 これでまた、力が蘇った。

 だが、冬のみちのくはそんなに甘くはなかった。

 十部一峠の下りは、猛吹雪だった。

 猛烈な勢いでたたきつけてくる雪のため、ゴーグルが使えない。そのため、裸眼で走るのだが、目に突き刺さってくる雪は凶器そのもの。

 十部一峠から20キロ以上走り、肘折温泉の灯が見えてきたときは、

「助かった!」

 と、神仏に手を合わせて感謝したくなるほどだった。

 肘折温泉からR47に下ると、雪は消えた。

 だが、R47で日本海に近づくと、今度は猛烈な季節風だ。

 真横から吹かれると、DRはフワーッともっていかれ、何度も対向車線に飛び出しそうになる。これほどの風は、南米の“風のパタゴニア”以来のこと。

 猛烈な季節風にもみくちゃにされながら、9時過ぎに鳥海山中腹の湯ノ台温泉「鳥海山荘」に着いた!

 翌日は、鳥海山の東側を越える奥山林道に入っていく。この林道は、県境の峠を境に手代林道となり、秋田県側の湯ノ沢温泉方面に通じている。奥山・手代林道は、林道を走りつないでの東北縦断では、欠くことのできない林道になっている。

 奥山林道のダートに入り、県境の峠に向かって登っていく。高度を増すにつれて、あっというまに雪が深くなる。またしても、雪との大格闘。車の轍が途切れると、純白無垢の雪原に、DRのタイヤの跡だけが残る。それは幻想的な光景だった。

 なんとか峠まで行きたい!と思ったが、積雪が30センチを超えると、もう、にっちもさっちもいかない。で、残念ながら、林道入口から10キロの地点で引き返すことにした。ほんとうは、奥山・手代林道をメインに鳥海山周辺のダートを何本か走りたかったのだが、この雪ではどうしようもない‥‥。

 R7に出、日本海の海岸線を北上する。雪雲の切れ間から見える右手の鳥海山はすでに冬景色。左手の日本海は大荒れに荒れ、牙をむいて、大波が海岸に打ち寄せていた。

 山形県から秋田県に入り、「奥の細道」最北の地の象潟へ。蚶満寺に参拝。ここでは、飯坂温泉に次いで2度目の、芭蕉像との対面をした。

 芭蕉がこの地にやってきたころは、象潟はその地名どおりの、風光明媚な潟だった。だが、その後の象潟大地震で地盤が隆起し、かつての潟に浮かぶ小島は、今では水田の中にこんもりと盛り上がる小丘になってしまった。当時と変わらぬままに、小丘は、松の古木で覆われている。

 おしかったなあ、象潟は‥‥。

 もし潟のままだったら、象潟は松島と同じような名所になっていた。

 象潟は「奥の細道」のクライマックスシーン。ここでの描写がぼくは好きだ。

「風景一眼の中に尽きて、南に鳥海、天をささえ、その影映りて江にあり」。

 これは「奥の細道」随一の名文といっていい。

 胸がジーンとしびれてしまう。

 名残おしい象潟に別れを告げR7で本荘へ。

 R107で横手へ。

 横手駅前温泉でたっぷりと時間をかけて湯につかり、予定を変更してJR奥羽本線の横手駅前を今回のゴールにするのだった。

■コラム■共同浴場の魅力           

 今回のエリアFの出発点の福島では、飯坂温泉共同浴場「鯖湖湯」に立ち寄った。熱めの湯につかったときの極楽気分といったらない。東京から福島まで、雨中、夜通し走った辛さなどいっぺんに吹き飛んでしまう。

 また、これが共同浴場のよさなのだが、湯の中での地元のみなさんとの話が楽しい。

 ぼくはこれを称して“湯の中談義”といっている。

 東北でも有数の大温泉地の飯坂温泉はいい。何がいいかって、ここには「鯖湖湯」のほかにも、「波来湯」や「切湯」、「仙気の湯」など全部で8湯もの共同浴場があり、入浴料はどこも共通で、50円と安い。おまけに、朝早くから夜遅くまで入れる。

 温泉はこうでなくては!

 共同浴場というのは、温泉地の格を見る絶好のバロメーター。これを称して“カソリの共同浴場バロメーター論”というのだが、いい共同浴場のある温泉地というのは、きわめて格が高いといえる。それ式でいうと、飯坂温泉などは横綱級の温泉地なのである。

 飯坂温泉の全8湯の共同浴場の中でも、この「鯖湖湯」が一番だ。

 新しく建て直されたばかりなので、木の香がプンプン漂い、気分よく湯に入れる。ここは飯坂温泉発祥の地で、歴史も古い。芭蕉が「奥の細道」でやってきたときも、この湯に入ったかもしれない。

「鯖湖湯」は“日本の共同浴場ベスト10”に入るような湯。東北ではそのほか、宮城県鳴子温泉の「滝ノ湯」や山形県小野川温泉の「尼湯」などの共同浴場がすごくいい。

■データ編■

(林道)

1、五色温泉林道

ダート距離10km(往復)

走りごたえ☆☆☆

景色のよさ☆☆☆

五色温泉の一軒宿、「宗川旅館」のわきから入っていく。山中を小刻みなカーブの連続で抜けていく。滑川温泉の手前で舗装路にぶつかるが、岩盤を流れ落ちる滝が見事。

2、姥湯林道

ダート距離8km(往復)

走りごたえ☆☆☆

景色のよさ☆☆☆☆

滑川温泉から姥湯温泉へ、一気に駆け登っていく林道。ほかでは見たことがないのだが、4輪用のスイッチバックがある。急勾配の登り。姥湯温泉で行止まり。

3、板谷峠林道

ダート距離5km

走りごたえ☆☆☆

景色のよさ☆☆☆

板谷の集落からJR奥羽本線板谷駅前を通り、板谷峠に向かっていくと、峠の1キロ手前でダート。中央分水嶺板谷峠を越え、峠下の笠松温泉までが、ダート区間

4、R458

ダート距離22km

走りごたえ☆☆☆☆

景色のよさ☆☆☆☆☆

十部一峠越えのルートで、国道に昇格し、R458になった。舗装区間が延びているが、それでもまだ、十分におもしろく走れるダートーコース。峠下には肘折温泉

5、奥山手代林道

ダート距離20km(通行可能区間の往復)

走りごたえ☆☆☆☆☆

景色のよさ☆☆☆☆☆

鳥海山を越える東北屈指の林道。山形側の升田から秋田側の百宅に通じる。山形側は奥山林道、秋田側は手代林道になる。峠を越えた秋田側の大清水は鳥海山の登山口。                        

(温泉)

1、飯坂温泉共同浴場・鯖湖湯」(入浴料50円)。

飯坂温泉宮城県鳴子温泉秋保温泉とともに“奥州三名湯”に数えられる。東北有数の大温泉地。

2、五色温泉「宗川旅館」(入浴料500円)。

一軒宿の温泉。白鳳時代に発見されたという古い歴史を持つ。森林浴できる樹林の中に露天風呂がある。

3、姥湯温泉「桝形屋」(入浴料400円)。

吾妻連峰の稜線を目の前にする渓谷の温泉。露天風呂の湯につかりながら、ニホンカモシカを見ることもある。

4、滑川温泉「福島屋」(入浴料300円)。

渓谷の一軒宿の温泉。湯治客に人気の湯。大浴場、露天風呂ともに混浴。名瀑の大滝、亀滝が近い。

5、湯ノ沢温泉「すみれ荘」(入浴料400円)。

板谷峠から米沢盆地に下ったところにある。立ち寄りには絶好の温泉。レストランで食事もできる。

6、湯ノ台温泉「鳥海山荘」(入浴料300円)。

鳥海山の中腹(南側)にある温泉。奥山手代林道入口の升田に近い。鳥海山の自然を満喫できる宿。

7、横手駅前温泉「ゆうゆうプラザ」(入浴料700円)。

横手の町のど真ん中で、最高の温泉気分を味わえる。夕方4時以降は、入浴料400円。