賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

海道をゆく(23)「紀伊半島編」ガイド2

(『ツーリングGO!GO!』2005年9月号 所収)

37、紀見峠 

橋本からR371で和泉山脈東端の紀見峠へ。新道はトンネルで峠を抜けるが、林間を縫って登る旧道は峠越えルート。大阪・和歌山の府県境の峠で、紀伊・和泉の国境にもなっている。紀見峠から大川峠までの和泉山脈にはいくつもの峠がある。南海高野線の紀見峠駅近くの紀伊見温泉の国民宿舎「紀伊見荘」(電話0736-36-4000)に泊まったが、ここは評判の「美人の湯」だ。

38、五條 

橋本からR24で和歌山・奈良県境(紀伊・大和国境)を越えたが、紀ノ川は吉野川になる。五條は絶好の紀伊半島への入口。ここは大阪にじつに近い。R168で天辻峠に向かう前に、R310で奈良・大阪の府県境の峠まで行った。峠は金剛トンネルで貫かれているが、峠を下れば河内長野だ。五條に戻るとR168で吉野川を渡り、南へ。一気に山中に入っていく。

39、西吉野村 

西吉野村に入ると山々が間近に迫ってくる。柿の名産地だけあって、山の斜面はいたるところ、柿園になっている。R168を走っていて目につくのは幻の鉄道、五新線の軌道。五條と新宮を結ぶ鉄道として計画され、建設されたが、途中で挫折…。五條と西吉野村の中心、城戸までは、鉄道の軌道上をJRバスが走っている。

40、高野山 

高野山には橋本からR371で向かった。紀ノ川沿いの平地から一気に山中に入っていく。山の険しさがよくわかる。高野竜神スカイラインへと続くR371を離れ、「山上宗教都市」の高野山へ。山上は平坦な世界。高野山を開山した空海の地形を見る目には驚かされてしまう。よくぞこういう場所をみつけたものだ。その中に真言宗の総本山の金剛峰寺を中心に123もの寺院と53の宿坊がある。奥ノ院の墓地がすごい。加賀の前田家や安芸の浅野家といった大名家の墓所がある。豊臣家の墓所もある。

41、天辻峠 

R168で天辻峠へ。長さ1176メートルの新天辻トンネルで峠を抜けると、同じ奈良県とはいっても、吉野川から十津川へと世界がガラリと変わる。周囲の山々は一段と険しくなり、谷は深くなる。新天辻トンネルの真上にある峠上の集落、天辻まで登っていく。そこには「天誅組本陣跡」の碑が建っている。幕末期、十津川の郷士や諸藩を脱藩した尊皇攘夷の急進派たちは天誅組を結成し、「天誅だ!」と叫んで五條の代官所を襲撃し、幕府軍との戦いに破れ去った。天辻峠はそんな歴史の舞台だ。

42、谷瀬の吊り橋 

十津川にかかる長さ297メートルの吊り橋。かなり大きく揺れるので、下の十津川の流れを見るとちょっと怖くなる。このあたりの川幅がとくに広いのは明治22年(1889年)の大水害の影響だという。この水害で大きな被害を受けた十津川の人たちは集団で北海道に移住した。それが今の新十津川町だ。

43、笹ノ滝 

R168から笹ノ滝までは12キロ。十津川支流の滝川沿いに行く。奥まで点々と集落が続くが、十津川本流沿いよりも支流沿いのほうがより重要な生活の舞台になっている。駐車場から歩き、大岩の間をすり抜けていくと、豪快に流れ落ちる笹ノ滝が見えてくる。水量の多い滝。流れ落ちたあとは岩の上を滑るようにして流れていく。

44、温泉地温泉 

R168からわずかに入ったところに共同浴場の「泉湯」(入浴料300円 10時~19時30分 )がある。源泉そのまんまの無色透明の湯。その前には温泉旅館の「むさし」。なつかしの温泉宿だ。真冬に雪の天辻峠を越えたとき、ここに泊まったが、ほんとうに温泉で生き返った。夕食のぼたん鍋(猪鍋)が忘れられない。

45、十津川温泉 

R168の平谷には何軒かの温泉宿と共同浴場「庵の湯」(入浴料400円 10時~21時 火曜休み)がある。そこには無料の飲泉所と足湯。R168から上湯川沿いに入ったところには下湯温泉の「十津川観光ホテル山水」(入浴料500円)がある。湯量豊富な温泉で内風呂と露天風呂がある。この下湯温泉が十津川温泉の源泉だ。

46、上湯温泉 

R168から5キロほどいったところにある温泉。ここは近畿圏では一番の秘湯だ。1軒宿の「神湯荘」と渓流沿いの「露天風呂」(入浴料500円 8時30分~18時)、それと「出合温泉公衆浴場つるつる乃湯」(入浴料500円 8時~18時 火曜休み)がある。おすすめは「露天風呂」。自然度満点の湯だ。

47、野猿(やえん)

下湯温泉の手前には「野猿」(無料)がある。野猿というのは十津川村特有の1人用の「人力ロープウエイ」のことだ。川の上に張ったワイヤーに人がのる「やかた」を吊り下げ、これに乗った人が自分で引き綱をたぐり寄せ、橋のかかっていない川を渡るのだ。猿が木のつるを伝っていく様に似ているので「野猿」の名がある。ここの「野猿」は川幅30メートルくらいのところにかかっているが、往復すると腕が痛くなるほど。そんなに楽な「人力ロープウエイ」ではない。

48、熊野本宮大社 

R168で奈良県から和歌山県に入ると、十津川は熊野川になる。険しいV字谷を抜け出て、谷間が広がったあたりに「熊野本宮大社」がある。ここが「熊野三山」の筆頭格。「熊野参詣道」は世界遺産に登録されたが、上皇、法皇らの熊野参詣は大変なもので、何百人ものお供をひきつれ、京都からの往復で1ヵ月を要したという。田辺からは中辺路で熊野本宮大社にやってきたが、アリの行列のようにぞろぞろ歩いたところから「蟻の熊野詣で」といわれている。

「熊野大権現」の奉納された旗がなびく129段の石段を登り、神門をくぐり抜けると、檜皮(ひわだ)葺きの社殿。第一殿から第四殿までが横一列で並んでいるが、第三殿が本殿で家津御子大神をまつっている。出雲神話の八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した素○鳴尊(すさのおのみこと)のことだ。

49、湯の峰温泉 

湯ノ峰温泉は「日本最古の温泉」という歴史を誇り、古来より「熊野詣で」の湯垢離(ゆごり)の温泉として栄えてきた。山あいの温泉街の中央には「湯筒」と呼ばれる源泉があり、100度近い高温の湯がふんだんに噴き出ている。そこでは地元の奥さんが野菜をゆで、観光客は卵をゆでる。ここの名物湯の「壺湯」(入浴料260円 6時~21時)に入った。1人で入ってちょうどいいくらいの小さな岩風呂で、底の玉砂利の中から湯がぶくぶく湧き出る。もう1湯、共同浴場の木の湯船にもつかった。

50、渡瀬(わたぜ)温泉 

「わたらせ温泉大露天風呂」(入浴料700円)は近畿圏最大の露天風呂。「一の湯」から「六の湯」まである。「一の湯」は高温の湯。「二の湯」から「五の湯」まではジャスト適温で、「六の湯」は長湯できるような低温の湯。源泉は44度~72度で、膨大な湯量の渡瀬温泉だからこそ、これだけの露天風呂ができるのだ。

51、川湯温泉 

川湯温泉はその名の通り、大塔川の川底を掘ると湯が湧き出てくる温泉。川岸には共同浴場(入浴料200円 8時~20時30分)がある。冬期間だと川原には巨大な露天風呂の「仙人風呂」(無料)ができる。熊野本宮大社周辺の湯の峰温泉、渡瀬温泉、川湯温泉は「本宮温泉郷」といわれるが、これら3湯めぐりはおすすめだ。

52、瀞峡 

熊野川に合流する北山川には紀伊半島第一の峡谷美の瀞峡がある。R169が北山川沿いに走っているが、国道からでは瀞峡の峡谷美を十分に見ることはできない。R168沿いの志古からウォータージェット船にのって「瀞峡めぐり」をしよう。船が峡谷を進むにつれて次々と奇岩が現れては消えていく。

53、雲取温泉 

熊野川の支流、高田川沿いの温泉。R168から5キロほど入ったところにある。1軒宿の「高田グリーンランド」に到着したのは夜の9時過ぎ。遅い時間の到着にもかかわらず、フロントの青年はていねいに館内を案内し、部屋まで連れていってくれた。すぐさま大浴場に直行。内風呂、露天風呂の乳白色の湯につかったときは何か得したような気分。ここは紀伊半島では数少ない色つきの湯だ。(データ)「高田グリーンランド」 電話0735-29-0321 素泊まり5250円

54、R309 

R309は熊野市と大阪を結ぶルートだが、伯母峰峠下でR169と分岐し、行者還トンネルで大峰山脈の峠を抜け、天川へと下るまでの区間がものすごい山岳ルートだ。この道はかつての近畿圏では一番ハードなダートコースだった行者還林道。林道が舗装化されて国道に昇格したような道なの急勾配、急カーブの峠道になっている。このあたりは大峰山脈の中央部。それだけに紀伊半島の山並みの険しさを見せつけている。

55、伯母峰峠

紀伊半島縦断のR169で越える峠。北山川沿いに走り、下北山温泉「きなりの湯」、上北山温泉「薬師湯」と立ち寄り、新伯母峰トンネルで峠を抜けた。谷が深く、両側の山々は覆いかぶさるように迫っているので展望は開けない。新伯母峰トンネルを抜け出たところで大台ヶ原ドライブウエイが分岐。大台ヶ原の遊歩道を歩いたところには神武天皇の巨大な銅像が立っている。紀伊半島は「神武東征伝説」の地だ。

56、吉野山 

R169から吉野川を渡り、吉野山へ。「吉野山」といえば下ノ千本、中ノ千本、上ノ千本、奥ノ千本と、山麓から山上への千本桜で有名だが、この季節でも大勢の人たちが訪れていた。その中心は修験本宗総本山の金峰山寺だ。急な石段を登った仁王門の両側にはド迫力の仁王像。本堂の蔵王堂の前では山伏がブオーッとホラ貝を吹いていた。役ノ行者が開山した吉野山は日本の修験の聖地。今でも山伏たちは蔵王堂前で大護摩をたいたあと、聖山の大峰山を目指して登っていく。

57、洞川(どろがわ) 

日本の修験の聖地、大峰山への登山口。吉野川沿いの下市口からR309→県道48号と走り、地蔵峠を越えて洞川に行った。ここは十津川の支流、天ノ川上流の谷間にある集落。昔ながらの旅館やみやげもの店が建ち並んでいる。近年は温泉が開発され、「温泉センター」(入浴料510円 11時~20時)もある。それにしても紀伊半島はすごい。日本の精神文化のメッカといっていいようなところだ。北には空海の開いた真言密教霊場の「高野山」があり、山岳宗教の修験道霊場の「吉野山」、「大峰山」があり、南には熊野信仰の「熊野三山」がある。これらの霊場と参詣道のすべてが世界遺産だ。

58、「ニホンオオカミの像」 

東吉野村の県道16号のわきには、ニホンオオカミの像が建っている。「サハラの狼・カソリ」、思わずバイクを止めて吠える狼像に見入ってしまった。これは明治38年(1905年)に、この地(鷲家口)で捕らえられたものだという。急速に数を減らしたニホンオオカミは、この1頭を最後に絶滅してしまう。

59、高見峠 

R166の奈良・三重県境(大和・伊勢国境)の峠。峠周辺はスギやヒノキの美林地帯だ。新道はトンネルだが、旧道は高見山の南側の峠を越える。かつての伊勢街道の要地で、伊勢参りの人たちや紀州藩の参勤交代の大名行列が越えた。日本列島の西半分を内帯と外帯に二分する大断層線の中央構造線はこの峠を通っている。

60、月出露頭 

R166から数キロ、北側の山中に入ったところにある。展望台に立つと、中央構造線をはっきりと目で見ることができるのだ。右(南)側は黒色片岩で外帯になる。左(北)側は白色の圧砕岩で内帯になる。その境は1本の線になっている。伊勢湾の二見から紀伊水道の紀ノ川河口を結ぶ中央構造線の南側(外帯)が紀伊半島になる。