賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリの林道紀行(19)中部編(その10)

 (『バックオフ』1999年3月号 所収)

「伊豆30キロ圏ツーリング」

 限られたエリア内をたんねんに見てまわるツーリングはおもしろい。旅に深みが出るし、今までに何度も行ったところでも、新たな発見がある。

 それが“30キロ圏ツーリング”。拠点となるポイントから30キロ圏エリアに絞って走りまわるのだ。

 今回の舞台は冬の伊豆。

トラブル、発生!

 伊豆の湯ヶ島温泉に「バックオフ」編集部染谷さんイチオシの「白壁荘」という温泉宿がある。そこに集合。今回は「白壁荘」を拠点にしての伊豆30キロ圏ツーリングだ。

「白壁荘」に集合したのはBO編集部の染谷さんとキース宮崎、若き女性部員の阿部ちゃん、それと前号の浜松30キロ圏ツーリングを走ったカソリ&デカビタン高杉のコンビである。

 さて出発という段になって、四駆のチェロキーに乗ってやってきたカメラマンの染谷さんの様子がおかしい。ぐったりしている。額に手を当ててみると、燃えるような熱さ。すぐさま湯ヶ島の病院に行くと、なんと40度の高熱だ。染谷さんはものすごい根性マンなのだが、40度の熱を押して一人、チェロキーで東京に戻っていった。

 そこで急遽、デカビタン高杉が代役を努めることになった。

 カメラマン・デビューになったのだ。

初めての林道ツーリング

 さて、今度はほんとうの出発。我々の相棒はといえば、カソリがブロンコ、それにストリート系のファッションで乗る。阿部ちゃんのマシンは、今回は来ることのできなかったBO編集部荒木クン所有のTW200荒木号で、林道初体験の阿部ちゃんの後見人のキース宮崎はレースでも使っているRMXだ。

 天気は快晴。ぼくが先頭を走り、次に阿部ちゃん、その後にキース宮崎がつづく。

 わずか2ヵ月前に中型2輪の免許を取ったばかりの阿部ちゃんを「何としても護るんだ」と、キース宮崎はいつになく緊張している。

 湯ケ島温泉からR414を南下し、天城峠の旧道に入っていく。

 路面の締まった走りやすいダートで、林道初心者の阿部ちゃんには絶好の初級篇ルートといえる。彼女の姿をぼくはバックミラーで見ながら走ったが、林道が初めてとは思えないほどの安定した乗り方だ。

 峠のトンネルの入口までたどり着いたときは、

「阿部ちゃん、よくやったね」

 と、ねぎらいの声をかけてあげた。

 彼女は初めて林道を走る不安で、前の晩はほとんど寝られなかったのだが、ダート5キロの天城峠旧道を無事に走りきったことによって自信を持った。

 天城峠下の大滝温泉からは、林道中級篇といっていい荻ノ入林道に入っていく。ぼくにとっては今までに何度も走っている林道で、いわば走り慣れた林道になるのだが、阿部ちゃんと一緒に走ったことによって新たな発見をした。

 ここは思っていた以上にラフなコースだ。

 自分一人だとあっというまに駆け抜けてしまうが、阿部ちゃんをケアしながらだと石ころのゴロゴロした荒れた路面、露出した岩盤、連続するタイトなコーナー、峠への登りの勾配のきつさがじつによくわかった。

 阿部ちゃんはよくやった。

 TWの極太タイヤのおかげもあったかもしれないが、藷坪峠までのダート6キロの荻ノ入林道を一度きりの転倒だけで走りきった。藷坪峠からはダート5キロの白川林道を下ったが転倒ゼロ。恐らく彼女にとって荻ノ入林道と白川林道は一生、忘れられない林道になることだろう。

 白川林道を走り抜けたところで、またまたトラブル発生。今度はカメラマンのデカビタン高杉の乗る四輪のBO号がオイル漏れでダウン。キース宮崎をその場に残し、デカビタン高杉がTW200荒木号に乗り、ぼくは阿部ちゃんとのタンデムで西伊豆堂ヶ島海岸まで行った。後見人のキース宮崎がいなくなったのをいいことに、阿部ちゃんとはラブラブ気分で遊覧船に乗り、海に落ちる夕日を眺めた。

 湯ヶ島温泉の「白壁荘」を目指し、夜の仁科峠をタンデムで越える。

 背中で阿部ちゃんの胸のふくらみと体の暖かさを感じながら峠道を走ったので、強烈な寒さもまったく気にならない。我が“峠越え史”に残る峠越えとなった。

至福の時

 BO号の修理に奔走するキース宮崎とデカビタン高杉を西伊豆に残し、ぼくと阿部ちゃんはタンデムで湯ヶ島温泉の「白壁荘」に戻ってきたのだが、日本の古きよき時代を感じさせる温泉宿で輝くような若さの阿部ちゃんと過ごした時間は、まさに至福の時だった。

 こんこんと湯の湧き出る湯量豊富な大浴場の湯につかり、今日一日の疲れをとったところで、部屋で阿部ちゃんにつがれるままに冷たいビールをキューッと飲む。

 うまい!

 湯上がりの浴衣姿の阿部ちゃんは、林道を走っているときとは違って、なんとも女っぽい。

「キース宮崎もデカビタン高杉も、当分、戻ってこないだろうから、先に食事にしよう」 と、阿部ちゃんと向かい合って「白壁荘」自慢の夕食を食べる。なんだか新婚旅行で伊豆の温泉宿にやってきたような気分なのだ。

 ところがキース宮崎とデカビタン高杉が思ったよりも早く戻ってきたので、2人きりの夢の世界からいっぺんに現実の世界に引き戻されてしまった。残念無念‥‥。

 そのあとは阿部ちゃんの林道初体験の話で盛り上がり、温泉宿での楽しい話は夜中までつづいた。

 翌朝は目をさますとすぐに大浴場の湯に入り、さらに巨石風呂と巨木風呂の2つの露天風呂にも入った。特筆ものの朝食のあとは、「白壁荘」の館内を心ゆくまで見てまわった。調度品の数々がすばらしい。

 日本庭園は阿部ちゃんと腕を組んで散歩した。

 おー、忘れえぬ「白壁荘」よ!

伊豆半島の名瀑&岬めぐり

 湯ヶ島温泉の「白壁荘」は、伊豆30キロ圏ツーリングの絶好の拠点といえる。

 ここを中心に30キロ圏の円を描いてみると、南は伊豆半島南端の石廊崎、北は旧伊豆国の中心、三島あたりで、その円内に伊豆半島全域がすっぽりと入る。国士峠を越えれば東伊豆に出られるし、仁科峠を越えれば西伊豆に出られるし、天城峠を越えれば南伊豆に出られる。

 さらに我ら林道派ライダーにとってうれしいのは、伊豆半島の主だった林道の大半がこの近辺に集中していることだ。林道を縫って伊豆半島を走ると、いつも走り慣れている伊豆とはまた違う顔を見ることもできる。

 前日は舗装路の県道59号で仁科峠を越えて湯ヶ島温泉に下ったが、これをダート13キロの滝見林道経由で仁科峠へ、さらにダート13キロの猫越林道経由で湯ヶ島温泉に下ってくることもできる。

 ということで、伊豆30キロ圏ツーリングの第2日目は、ゆったり気分で「白壁荘」を出発し、下田から伊豆半島南端の石廊崎を目指した。最後はまた仁科峠を越えてこの湯ヶ島温泉に戻ってくるのだ。

 第2日目も雲ひとつない快晴。

“晴れ男カソリ”の成せる技ということにしておこう。

 冬の伊豆の空の青さが目にしみる。

 前日と同じように湯ヶ島温泉からR414を南へ。天城峠下の浄蓮ノ滝に行く。バイクを停めた駐車場から滝までの遊歩道歩きがいい。浄蓮ノ滝は高さ70m、幅7mの水量豊かな大滝で、伊豆第一の名瀑だ。“日本の滝100選”にも選ばれている。“滝めぐりのカソリ”、この“日本の滝100選”だけは全部見てまわろうと思っている。

 天城峠を越え、南伊豆に入ったところで河津七滝に立ち寄った。

 ここでは滝を“たる”と読むが、なぜ滝が“たる”なのかは諸説があって定かでない。

 ここでも駐車場にバイクを停め、遊歩道を歩き、七滝のうち蛇滝(へびだる)と初景滝(しょげだる)の2つの滝を見た。そのうち「伊豆の踊り子」像の立つ初景滝の眺めが印象深い。なお、この河津七滝めぐりは全長2キロのコースで、七滝全部を見てまわると2時間ぐらいかかるが、ぜひとも歩いてみたらいいおすすめのコースだ。

 南伊豆の中心地、下田に出た。

 ここは日本の夜明けの地。開国の歴史の舞台を見てまわったあと、南伊豆の岬めぐりを開始する。ぼくは“滝めぐりのカソリ”であるのと同時に“岬めぐりのカソリ”でもある。今までに日本の最東西南北端の岬など200を越える岬に立っているが、これからも、ひとつでも多くの岬に立とうと思っている。

 まず最初に行ったのは、下田に近い須崎半島突端の爪木崎だ。ここは野水仙の群生地として知られているが、ちょうど花の季節で、岬の斜面は水仙の花で埋めつくされていた。海が青い。それを見て阿部ちゃんは「沖縄の海みたい!」と言った。彼女の言葉どおり、南伊豆の海は冬とは思えないほどの明るさに満ちていた。岬突端の灯台まで歩き、断崖上から南伊豆の海を見渡した。

 次に伊豆半島最南端の石廊崎に行く。駐車場にバイクを停め、岬の突端まで歩く。さきほどの爪木崎といい、この石廊崎といい、岬めぐりのよさは、バイクの旅の中に、心地よい歩きの旅を織りまぜられるところにある。黒潮洗う岬の突端に立ち、水平線上に霞む伊豆七島の島々を眺める。左から大島、利島、新島、式根島と見えた。

 石廊崎から西伊豆へ。水平線に夕日が落ちていく。前日と同じように仁科峠を越える。 夜の峠に立つと、足元には西伊豆の海岸線の町明かりが見える。暗い海の向こうには、まばゆばかりの清水から静岡、焼津とつづく町明かりが見える。心に残る峠からの夜景だ。

 湯ヶ島温泉に戻ると、共同浴場の「河鹿の湯」に入り、食堂で夕食にした。食事を終えたところで、阿部ちゃんの編集部内でのリングネームをつける。阿部ちゃんは我ら男どもをおおいにハッピーな気分にさせてくれたので、阿部ちゃんの名前のあづさをとって“ハッピーあづさ”とした。

“ハッピーあづさ”の誕生をもって今回の伊豆の旅を終えた。