賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリの島旅(12)仁右衛門島(千葉)

 (『ジパングツーリング』2001年9月号 所収)

 2001年5月10日午前6時、東京・日本橋にスズキSMX50とともに立った。

 見送りにきてくれた何人かのみなさんとしばし話したあと、6時半、走り出す。目指すは青森だ。

 まずは国道14号で千葉へ。千葉からは国道127号で館山へ。

 館山からは東京湾出口の洲崎に立った。夕日を浴びた岬の風景がすばらしい。房総半島・東京湾側の内房海岸から太平洋側の外房海岸に入り、第1夜目は房総半島南端の野島崎を目の前にする白浜温泉「南海荘」で泊まった。

 房総半島南端の野島崎を目の前にする白浜温泉「南海荘」で迎える夜明け。5時前に昇る朝日を部屋で眺め、そのあと朝風呂に入った。7時半から大食堂でのバイキングの朝食。満員の宿泊客で、昨夜、飛び込みで泊まれたのはラッキーだった。

 9時に「南海荘」を出発。目の前の野島崎灯台に登る。灯台の上から外房海岸を一望した。そのあと、灯台の資料館を見学。ここには、明治2年1月10日に点灯した仮設灯台と明治2年12月18日に点灯した初代灯台、そして関東大震災で倒壊したあとに再建された現在の灯台と、3代にわたる野島崎灯台の模型が展示されている。

 野島崎はもともとは“野島”という島だった。それが元禄大地震(1703年)で陸地につながり、関東大震災で隆起し、岬周辺は岩礁地帯になった。

 野島崎から千倉までは外房海岸の海沿いの道を行く。SMX50で切る潮風がたまらなく気持ちいい。青空を映して外房の海はひときわ青かった。

 鴨川の手前の太海で仁右衛門島に渡った。

 太海漁港の目の前に見える小島で、人のみが渡れる。島名は島の所有者、平野仁右衛門氏にちなんだもの。代々、平野家は仁右衛門の名をついでいるという。

 手こぎの舟(1050円)で島に渡り、島内の遊歩道を歩く。ここは源頼朝伝説の島。歩き終えたところで、島内の食堂でA定食(1700円)の昼食を食べる。アジの刺し身とサザエの壺焼きつき。太海に戻ると、外房海岸を走り、犬吠崎から銚子へ。

 利根川河口に日が沈んだころ、銚子に着いた。ここでは漁港前の魚料理専門店「礁(いくり)」で夕食。カンパチの「かぶと煮」(1000円)を食べた。抜群のうまさ。鮮度よし、脂ののり具合よし、煮つけの具合よしで、もう満点だ。