秘湯めぐりの峠越え(38)中山峠(北海道)
(『アウトライダー』1996年8月号 所収)
函館を出発点にした前回の「川汲峠編」では、亀田半島の10湯の温泉めぐりをしたあと函館に戻り、フェリー埠頭近くの上磯町七重浜温泉の「ホテル海王館」に泊まった。大浴場の湯につかりながら、函館山や函館湾を窓越しに眺めるなかなかの温泉だ。
そして翌日、函館を出発点にし、R277で中山峠を越えて日本海側に出た。五厘沢温泉、乙部温泉に立ち寄り、江差からR278で松前半島をぐるりと回り、函館に戻った。函館は道南の旅の拠点には最適だ。
公共の温泉、続々と誕生!
中山峠を越えた厚沢部町では、R277沿いに、「うずら温泉」の看板を目にした。
「えー、うずら温泉って、一体、何だー!?」
スズキDJEBEL250XCのハンドルを握りながら、猛烈な興味をおぼえた。
「うずら温泉」とは、初めて聞く温泉名であるし、なんで「うずら」なのか、どうしても知りたかった。ウズラの肉や卵を使ったウズラ料理を名物にしているところかもしれないと思ったほど。以前、中山峠を越えたときにはなかった温泉。だいたい“温泉のカソリ”が知らない温泉があること自体、許せないような気分なのだ。
中山峠を下り、山地から平地に降り立ったあたりが鶉の集落。
「あー、そうか!」
納得。
鶉で“うずら”と読む。
鶉にできた新しい温泉が「うずら温泉」なのだということがわかった!
国道から1キロほど入ると「うずら温泉」に着く。いかにも北海道らしいのびやかな田園地帯の中に、ポツンとある温泉。昨年の4月にオープンしたばかりの、洒落た白亜の建物だ。
さっそく自動券売機で入浴券を買い、明るいガラス張りの浴場の湯につかる。湯から上がると、レストランで激辛のキムチラーメンを食べ、きれいな休憩室でゴロンと横になって昼寝した。最高の気持ち良さである。
「うずら温泉」は厚沢部町の町営湯。正式な名称は「農業活性化センター宿泊研修施設」で、宿泊も可。それも、1泊4200円(食事別)という安さだ。今度はぜひとも泊まりで来てみたい。
道南では、「うずら温泉」のような公共の温泉が、続々と誕生している。
前回の「川汲峠編」の戸井温泉「ふれあい湯遊館」(戸井町)は昨年4月のオープン、大船温泉「南茅部町民保養センター」(南茅部町)は昨年10月にオープンした。
今回の「中山峠編」で立ち寄った「吉岡温泉ゆとらぎ館」(福島町)は昨年の12月オープンだし、「こもれび温泉・知内健康保養センター」(知内町)は、ちょうどオープンの、その日だった。
日本最北の城下町、松前の温泉
松前は日本最北の城下町。慶長11年(1606)に松前氏が松前(福山)城を築き、蝦夷地を支配した。
松前城を目の前にする温泉旅館「矢野」の湯に入る。入浴料600円。草色ががった湯の色。泉質は食塩泉。内風呂のほかに露天風呂がある。春いまだ遠し、といった感じの寒風を切り裂いてここまで走ってきたので、温泉のありがたさがひときわ身にしみた。
温泉でさっぱりし、身を清めたところで、桜の名所、松前公園にある松前城を見学。城全体が資料館。目をひくのは「松前屏風」。色鮮やかな屏風絵が、当時の松前の繁栄ぶりをよく物語っている。船が港を埋めつくし、浜には北海の物産を運んできたアイヌ人たちの小屋が建ち並んでいる。
江戸末期の嘉永2年(1849)、幕府は北方警備の拠点として、旧城を壊し新城を築かせた。東西240メートル、南北300メートル、16の門、7つの砲台、4つの櫓という日本最後の本格的築城の城だった。城内には慶応年間に撮影された写真が展示されているが、それを見ると、高台の上にそそりたつ松前城の威容ぶりがよく伝わってくる。
その松前城も明治8年に取り壊しになり、残った天守閣と本丸御門が後に国宝に指定される。だが、惜しいことに昭和24年に燃え、国宝は解除。今の天守閣は昭和35年に再建された。
つづいて郷土資料館を見学。ここは一見の価値がある。松前の歴史がよくわかる。大坂(大阪)と蝦夷地を結んだ北前船の模型が展示されている。この日本海航路の千石船が、上方の文化を蝦夷の地にもたらした。松前藩の交易をになったのは近江商人。商売の達人集団の近江商人は蝦夷の地まで進出した。
松前の城下を散策したあと、松前温泉へ。R228を函館方向に行き、国道から1キロほど山中に入ったところに町営湯。北海道唯一の城下町、松前にふさわし瓦屋根の古風な造りの建物。食塩泉で、大浴場の湯は赤茶けた色をしている。受付のオバチャンは「この湯は皮膚病によく効くのよ。それと、根性の悪いひとにもよく効くの」と話してくれた。
■コラム■中山峠
津軽海峡を渡って北海道に入ると、すべてが大陸的になるというか、スケールが大きくなる。峠もそうだ。いかにも北海道らしいのだ。
本州内のちまちました、小刻みなコーナーが連続する峠道とは違い、ゆるいカーブの峠道がズドーンという感じで峠に向かって延びている。峠を越えると、また、一気に高速で峠道を下っていける。
函館郊外の大野から越えるR277の中山峠もそうだ。スズキDJEBEL250XCのアクセルを開いたまま突っ走り、峠に向かって登っていく。
中山峠は道南・渡島半島の脊梁山脈を越える峠。この峠を境に、天候が急変することがよくある。いままでに何度か越えたが、一番印象深いのは晩秋の峠越えだ。
函館は快晴で無風だった。それが中山峠を越えると、日本海側から猛烈な勢いで黒雲が押し寄せ、ザーっと雨が降る。すぐに日が差し、また雨が降る。そんな時雨模様だった。日本海は北西の季節風にあおられ、牙をむいて波立っていた。
北海道で中山峠といえば、R230の札幌近郊の中山峠がよく知られているが、日本各地に見られる峠名である。
「中山峠編」で入った温泉一覧
1、七重浜温泉 ホテル海王館(入浴料1500円) 北海道上磯町七重浜
「スパビーチ」と一体になった温泉ホテル。ここでひと晩泊まったが、ボリュームたっぷりの朝食つきで6330円。
2、うずら温泉 町営湯(入浴料400円) 北海道厚沢部町鶉町
正式な名称は「うずら温泉・農業活性化センター宿泊研修施設」。95年4月のオープン。入浴は11時~21時。
3、蛾虫温泉 蛾虫温泉旅館(入浴料400円) 北海道厚沢部町上里
R277から3、4キロ入った田園の1軒宿。大浴場と露天風呂。気分よく入れる。入浴は10時から。
4、乙部温泉 町営湯「憩の家」(入浴料330円) 北海道乙部町館浦
茶色っぽい湯の色。お茶の飲める休憩所あり。13時~20時。隣りは温泉旅館の「共林荘」。
5、江差温泉 湯乃華(入浴料340円) 北海道江差町田沢町
繁次郎浜に出来た日帰り温泉。内風呂と露天風呂。湯にぬめりがある。95年11月のオープン。12時~22時。
6、湯ノ岱温泉 町営湯(入浴料250円) 北海道上ノ国町湯ノ岱
「上ノ国町国民温泉保養センター」。赤茶色の熱い湯とうす茶色の温めの湯。泡湯、打たせ湯。9時~21時。
7、松前温泉 町営湯(入浴料330円) 北海道松前町大沢
明るい大浴場。石の湯船。塩分の濃い赤茶けた湯の色。大広間の休憩所にお茶が用意されている。11時~21時。
8、吉岡温泉 町営湯「ゆとらぎ館」(入浴料400円) 北海道福島町吉岡
R278から300メートルほど山側に入る。95年12月のオープン。10時~21時
9、知内温泉 知内温泉(入浴料350円) 北海道知内町湯ノ里
旧道沿いの「ユートピア和楽園」。開湯800年の歴史を誇る北海道最古の温泉。松前藩は、ここに湯守を置いた。
10、こもれび温泉 町営湯(入浴料400円) 北海道知内町元町
「知内健康保養センター」。湯気がもうもうとたちこめる大浴場の隣りには温水プール。96年4月オープン。
11、木古内温泉 のとや(入浴料500円) 北海道木古内町大平
国道沿いにある温泉施設。食堂併設。入浴は6時から22時まで。木古内にはもう1軒、山間の亀川温泉「枕木山荘」がある。