賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

秘湯めぐりの峠越え(39)大沼峠編(北海道)

 (『アウトライダー』1996年9月号 所収)

 函館駅を出発点にし、北海道の幹線、R5を北へ。

 大野温泉の「せせらぎ温泉」に立ち寄ったあと、大沼峠を越え、東大沼温泉の国民宿舎「ユートピア大沼」に泊まった。

 翌日は、R5をさらに北へ、長万部へと走る。

 今まで、何気なく走り過ぎていたこのR5沿いにも、ちょっと脇に入ると、いい温泉が点々とあるのだ。

 国道を離れ、わずか数キロ走ると、あっというまに山中に入るが、そこにある上ノ湯温泉や桜野温泉といった秘湯は心に残るもの。

 秘湯めぐりの旅はやっぱり最高だと思うのだ。

自然度満点の東大沼温泉

 4月の下旬というと、北海道では、“まだ春遠し”といった季節。ツーリング・ライダーにはまったく出会わない。

 それだけに、食堂に入ったときとか、街道沿いで売りはじめたばかりの“ゆできび”を食べるときとか、町中でちょっと立ち止まったときに、

「バイクだと、まだ、寒いでしょー」

 といった、あたたかな声を何度も掛けられた。

 その声の中に、

「あー、やっと、北海道にも春が来たのだ」

 という、みなさんの喜びが読み取れた。

 ツーリング・ライダーの姿に春を感じたのだ。

 ぼくは、“春告鳥”のようなものだった。

 シーズン前に旅するのはいい方法だ。このような地元の人たちとのいい出会いがあるし、北海道を独り占めにしたような気分になれるし、第一、きわめて宿がとりやすい。

 ひと晩泊まった東大沼温泉の国民宿舎「ユートピア大沼」にしてもそうだ。ここは人気の温泉宿なので、シーズン中だと、かなり前から予約をしないとなかなか泊まれない。だがこの季節だと、函館駅前から電話したのだが、飛び込み同然で泊まれた。

 JR函館本線の大沼公園の駅前からまっすぐ行くと、大沼の湖畔に出る。

 湖畔にスズキDJEBEL250XCを止める。

 夕暮れの湖とその向こうにスーッとそそり立つ駒ヶ岳の姿が、強烈に目の底に焼きついた。

 北緯42度の標を過ぎ、北海道では知床の羅臼、富良野の鳥沼、美瑛のかしわ園などのキャンプ場と並ぶライダーのメッカ、東大沼キャンプ場の脇を通り、「ユートピア大沼」に着く。自然度満点の温泉国民宿舎だ。

 玄関口には“歓迎・賀曽利様”と書かれているではないか。ほかの泊まり客というと、年配の夫婦だけなので、国民宿舎とは思えないほどのサービスのよさだった。

 1階と2階に浴室がある。さっそく湯につかる。湯量が豊富。おまけに、泊まり客は、1日24時間、いつでも入れる湯なのだ。

 湯から上がると、部屋に食事が用意されていた。サケやホタテの刺し身、三平汁の鍋が美味。

これで1泊2食7200円なのだから、すごく得したような気分になった。

カルデラ内の濁川温泉

 森町の濁川温泉は不思議な世界だ。

 JR函館本線の森駅待合室で名物駅弁のいかめしを食べ、R5を北へ。内浦(噴火)湾の海を右手に眺めながら走る。

 八雲町の手前で国道を左に折れ、濁川温泉へ。すぐさま山中に入り、数キロも走ると、まわりを山々に囲まれた小盆地に出る。何か、別世界にポンとほうり込まれたような風景の変わりかただった。

 そこは、濁川カルデラ。いわば、ミニ阿蘇のようなところなのだ。まわりの山々が外輪山ということになる。

「知らなかったなあ、こういう世界があるなんて‥‥」

 R5をそのまま走っていたら、見えない世界なのだ。

 このカルデラ内に、濁川温泉の数軒の温泉宿がポツン、ポツンと点在している。地熱発電所があるくらいだから、相当の地下エネルギーなのだろう。

 濁川温泉は、温泉としての歴史も古く、寛政10年(1798)に発見され、明治42年には温泉宿が開業したという。 

 水田の広がるカルデラ内を行くと、一番奥に、今年の1月31日にオープンした温泉施設「ふれあいの里-カルデラ濁川温泉保養センター」がある。

 ここでは入浴と食事ができる。

 2つの内風呂と大露天風呂。内風呂には岩風呂と檜風呂があり、檜風呂の木の香りと感触がなんともいえない。形のよい大岩で囲まれた大露天風呂もすばらしいものだ。白濁色の湯。若干の塩分。天気は快晴。抜けるような青空を見上げながら湯につかる気分は、また格別なものだった。

 ここでは、札幌から車で来たという年配の人と一緒になった。

「バイクだと、まだ、寒いでしょー」

 その人は大の温泉好き。車で北海道のみならず本州や九州の温泉もめぐっている。

 戦前には稚内から連絡船で樺太に渡り、旧日本領とロシア領の境、北緯50度線近くの温泉にも入ったという。

“湯の中談義”でそんな話を聞くと、体がカーッと熱くなってくる。

 サハリンの温泉に入りたい!

 国後・択捉の温泉にも入ってみたい!

 と、心底、そう思うのだった。

■コラム■大沼峠

 函館からR5を北に行き、隣り町の七飯町に入ると、前方に立ちふさがる山々に向かって走る。右手には火山の横津岳。大沼峠を登り、峠のトンネルを抜ける。

 すると、どうだろう、風景が劇的に変わる。

 目の前に小沼が広がり、その向こうには、スーッと裾野を延ばした駒ヶ岳がそそり立っている。雪化粧したその姿は神々しいほどだった。

 それはR300で下部側から中ノ倉峠(本栖峠)を越えるときとそっくりだ。

 峠のトンネルを抜け出ると、足元には本栖湖が広がり、その向こうにはドーンと、富士山がそびえている。そんな風景が目に飛び込んでくる。

 このような峠を境にしての、ドラマチックな変化を目の当たりにすると、

「峠越えって、やっぱり、最高だねー!」

 と思ってしまう。

 ところで、このR5の大沼峠は、こんなにいい峠なのに、なんと名前がついていないのだ。峠のトンネルが全長747メートルの大沼トンネルであり、函館から峠を越えると、そこは大沼国定公園なので大沼峠とした。

 だが、“峠のカソリ”としては、何としても、峠名が欲しい。

 地元と道路管理者あたりで相談して、ぜひとも峠名をつけて下さいよ。

「大沼峠編」で入った温泉一覧

1、大野温泉   町営湯(入浴料300円) 北海道大野町本町   

町営湯の「せせらぎ温泉」。93年1月のオープン。町役場近くにある日帰り入浴の温泉施設。10時~21時。

2、東大沼温泉  国民宿舎(入浴料300円) 北海道七飯町東大沼  

七飯町の町営国民宿舎「ユートピア大沼」。豊富な湯量が自慢。テニスコートあり。入浴のみは8時~20時。

3、山水温泉   山水温泉(入浴料500円) 北海道七飯町大沼町  小沼の湖畔にある静かな温泉旅館。11月上旬から4月下旬までは冬期休業。

4、駒ヶ峯温泉  町営湯(入浴料400円) 北海道森町駒ヶ岳   

95年6月オープンの町営湯「ちゃっぷ林館」。R5から2キロほど入る。バックに駒ヶ岳。10時~21時。

5、ワールド牧場温泉 牧場の湯(入浴料500円) 北海道森町駒ヶ岳   

ワールド牧場内にある温泉。入浴のみのときは入浴料だけを払えばよい。駒ヶ岳を正面に眺める露天風呂。

6、砂原温泉   内浦荘(入浴料500円) 北海道砂原町押出   

森駅から4、5キロ、R278の旧道沿いにある1軒宿の温泉。目の前は内浦湾。入浴のみは11時~22時。

7、濁川温泉   温泉施設(入浴料500円) 北海道森町濁川    

96年1月オープンの民営温泉施設「ふれあいの里 カルデラ濁川温泉保養センター」。入浴は10時~21時。

8、上ノ湯温泉  銀婚湯(入浴料500円) 北海道八雲町上ノ湯  

R5から10キロほど山中に入った渓流沿いの温泉宿。ここの大浴場は最高。桜と紅葉。なお下ノ湯に温泉はない。

9、桜野温泉   熊嶺荘(入浴料500円) 北海道八雲町桜野   

R5から12キロ、山中に入った1軒宿の温泉。道南の秘湯。温泉の成分が洗い場のタイルに厚くこびりついている。

10、浜松温泉  ホテル光洲(入浴料400円) 北海道八雲町浜松   

R5沿いにあるビジネス風温泉ホテル。レストランでの食事も可。入浴のみは7時~21時。立寄りの湯に最適。

11、長万部温泉  長万部温泉(入浴料340円) 北海道長万部町長万部 

長万部駅の裏手でR5からだとちょっと行きにくい。「長万部温泉ホテル」は番台のある公衆浴場を兼ねている。