賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

秘湯めぐりの峠越え(30)水分峠(その1・大分)

 (『アウトライダー』1995年10月号 所収)

 九州の中央部はすごいところで、“温泉のカソリ”にはぴったりのフィールドなのだ。それこそ、ゴロコロという感じで、温泉があちらこちらに点在している。とくに大分県はすごい!のひと言につきる。

 で、それら九州中央部の温泉を

「総ナメにしよう!」

 という思いで旅立った。

 川崎発のマリンエキスプレスのフェリー「パシフィックエキスプレス号」に、相棒のスズキDR250Rとともに乗り込み、宮崎県の日向港に向かった。

 日向港を出発点にし、R10で大分へ。塚野温泉で一晩泊まり、“別府8湯”で知られる日本一の温泉地帯、別府温泉郷の温泉をハシゴし、由布院温泉からは水分峠を越えた。そしてR210で久留米へと向かっていった。

 このR210がすごい!

“温泉国道”といってもいいほどで、ルート沿いにはいくつもの温泉がある。“温泉天国・日本”を象徴するかのような国道だ。

 途中、日田温泉で一晩泊まり、「日向ー久留米」では、全部で22湯の温泉に入ったのだ。

豪雨の川崎港を出発

 川崎港のフェリー埠頭ではうれしかった!

 なんと菅生雅文さんが、梅雨と雷雨のダブルパンチの豪雨をついて、見送りにきてくれたのだ。

「いやー、菅生さん、どうも、どうも‥‥」

 と、カソリ、感激してしまうのだ。

 だが、感激もそこまで。

 ググッと現実に戻り、

「すみません、申し訳ありません」

 と、平身低頭して謝りながら、すっかり遅くなってしまった原稿を菅生さんに手渡すのだった。

 フェリーの旅のよさというのは、“船上の人”になってしまえばこっちのもの、もう、怖いもの無しというところにあると思うのだが、18時50分発の「パシフィックエキスプレス号」がフェリー埠頭を離れ、東京湾に出ていったときは、

「やったぜー!」

 と、ガッツポーズ。

 すべてのことから解き放たれた喜びにひたる。それは旅立ちの喜びといってもいい。

 船内のレストランがオープンすると、まずはビールをキューッと飲み干し、一人、九州に乾杯。

「待ってろよ、九州よ!」

 と、暗い海に向かって、大声で叫びたくなるような気分だった。

1泊2食4000円の温泉宿

 宮崎県の日向港到着は、翌日の15時35分。「川崎―日向」間は20時間45分の航海だ。港の背後には、緑の豊かな九州の山々が連なっている。

 さっそく日向からR10を北へ、大分へと走る。DR250Rのエンジン音が踊っている。うれしくなってしまうのだが、梅雨のまっ最中にもかかわらず、カーッと強い日差しが照りつけている。さすがに“南国”、太陽の光の強さが違う。ぼくは暑さ大好きという“熱帯派人間”なので、この南国の熱風を切り裂いて走っているだけで心が浮き浮きしてくる。

 延岡を通り、宮崎県から大分県に入る。直川村では、国道から3キロほどの、完成してまもない直川温泉「鉱泉センター直川」(入浴料500円)の湯に入る。大浴場、泡風呂、サウナ、水風呂とさっと入り、第1湯目の温泉の感触を自分の肌に焼き付けた。

 日向から130キロの大分に着くと、R210→R442経由で10キロほど走った塚野温泉に行く。山あいの静かな温泉地。大分からわずか10キロとはおもえないほどの静けさだ。

「山水荘」が今晩の宿。塚野温泉には3軒の宿があるが、湯は外湯で、泊まり客は共同浴場の湯に入るようになっている。日本の温泉地の古い形態を残している塚野温泉だ。

 共同浴場の入浴時間は午前5時から午後7時半間でなので、大急ぎで湯に入る。火山灰を溶かしたような湯の色。泉質は含炭酸重曹泉。湯につかりながら、福岡からやってきた湯治客の人たちと話した。

「山水荘」では、遅い時間の到着にもかかわらず、快く迎えてくれた。あたたかな雰囲気の漂う宿。夕食の膳は部屋まで運んでくれる。どのような夕食かというと、刺し身、焼き魚、煮物、酢の物といったもので、まあまあの食事内容なのだ。それなのに、宿泊料金は1泊2食4000円という安さ。うれしくなってしまうではないか。

「塚野温泉に乾杯!」

 ビールをもう1本、あけた。

 泊まり客には、長期滞在の湯治客が多いようだった。ここの湯はよく効きますよと、話をしたおじいさん、おばあさんたちは、口をそろえてそういった。

“別府八湯”を総ナメにする!

 翌朝は正真正銘の梅雨空。朝から雨がシトシトと降っている。朝風呂に入り、早めにしてもらった朝食を食べ、雨具を着て出発。まずは大分市内温泉の湯に入る。大分はあまり知られていないが、鹿児島や山口、鳥取、甲府などと同じように、温泉のある県庁所在地になっている。大分の銭湯の大半は温泉だ。

 だが、残念ながら、この時間帯だと温泉銭湯はまだ開いていないので、JR大分駅からR10を6キロほど宮崎方向に行ったところにある「ぽかぽか温泉・花園の湯」(入浴料300円)に入った。ここは日曜・祭日は24時間営業で、平日でも12時から翌朝の9時までと、夜通し営業しているので、ツーリング途中の立ち寄りの湯には絶好だ。

 大分から別府へ。“日本一の温泉地帯”の別府温泉郷では、“別府八湯”を総ナメにするのだ。ここでの狙い目は共同浴場なのだ。

 第1湯目は、浜脇温泉。大分方向からR10を行くと、別府の市街地に入ったあたりで左に折れ、クアハウスの「湯都ピア浜脇」に隣あった共同浴場「浜脇温泉」の湯に入る。

「さすが別府!」

 と、感動してしまったのだが、共同浴場は建て替えられた立派な建物で、入浴時間は午前6時半から翌日の午前1時までときわめて入りやすく、入浴料も60円ときわめて安い。浜脇温泉にはそのほか、「東町温泉」や「東蓮田温泉」、「西蓮田温泉」など、全部で10湯もの共同浴場がある。

 第2湯目の別府温泉では、JR別府駅に近い共同浴場の「駅前温泉」に入る。ここには並湯(入浴料100円)と高等湯(入浴料300円)の2つの浴室があるのだが、その違いというのが傑作だ。湯はまったく同じだが、高等湯にはシャワーと泡湯がついていた。

 第3湯目は海岸から山手に上がっていったところにある観海寺温泉。客室日本一の大温泉ホテル「杉乃井ホテル」のある温泉だ。ここでは「復興泉」(入浴料100円)という共同浴場に入った。

 第4湯目の、大分自動車道のすぐ近くにある堀田温泉が、ちょっと困った。というのは、ここの共同浴場は外部の者の入浴を禁止しているからだ。

 そこで地元の人が来るのを待ち、

「あのー、入浴させてもらえませんか‥‥」

 と頼み、「堀田東温泉」の湯に入った。

 このあたりが共同浴場のよさで、地元の人にひと言ことわれば、たいてい入れる。

 第5湯目は、R10に戻り、福岡方向にわずかに走ったところの亀川温泉。ここでは、公民館と一緒になった木造の、趣のある建物の共同浴場「浜田温泉」(入浴料50円)の湯に入る。熱めの湯と温めの湯の、2つの湯船。ともにいい湯だ。

 第6湯目は、亀川温泉から山中へ、“別府八大地獄”への道に入ったところにある柴石温泉。ここの共同浴場は無料湯。熱い湯で、湯につかったままジーッとしている。ちょっとでも動くと、頭の芯までジーンとしてくるような湯の熱さだ。

 第7湯目は鉄輪温泉。まさに“湯の町”の風情で、あちこちから湯けむりが立ちのぼり、別府へとつづく町なみ、さらには別府湾、国東半島の山々を一望する。ここでは無料の共同浴場「熱の湯」に入ったが、もう1湯「しぶの湯」も、やはり無料の共同浴場。そのほかここには「元湯」や「筋湯」など全部で11湯もの共同浴場がある。

 ぼくは共同浴場めぐりが大好きで、今度は鉄輪温泉に泊まり、これら11湯の共同浴場すべてに「入りたい!」と思うのだ。

“別府八湯”の最後、第8湯目の明礬温泉では、「山の湯」(入浴料500円)の湯に入った。鉄輪温泉までは雨だけだったが、明礬温泉まで登ると、雨と視界ゼロの濃霧のダブルパンチ。だが、“別府八湯”を総ナメにすることができて、ぼくの気持ちは燃えていた。それにしても、1湯入るごとにビショ濡れの雨具を始末しなくてはならないのが、なんとも辛いところだった…。