日本食べある記(4)讃岐のうどん
(『市政』1991年4月号 所収)
瀬戸大橋の完成で消えていった宇高連絡船は、岡山県の宇野と香川県の高松を結んでいた。
私は高松に行くのに、何度かこの宇高連絡船に乗ったことがある。宇高連絡線というのは高速道路、もしくは列車で瀬戸大橋を渡るよりもはるかに、
「四国に渡った!」
という気分にさせてくれるものだった。
そのような宇高連絡船での強烈な思い出が、ひとつある。
宇野発14時54分の便に乗った時のことだ。
その日は8月11日で、連絡船はお盆の帰省客を乗せ、超満員だった。
連絡船の甲板の片隅には“さぬきうどん”と染め抜かれたのれんをぶらさげた店があった。私は乗船してすぐに甲板に上がったのにもかかわらず、すでに讃岐うどんの店の前には長蛇の列ができていた。
甲板のあちらこちらではベンチに座ったり、甲板にそのままベタッと座りこんだり、デッキにもたれかかったり…とさまざまな格好で、男も女も、大人も子どもも、湯気のたちのぼるうどんをすすっていた。それは壮観で、“うどん王国・讃岐”に入っていくのにふさわしいながめだった。
私も列に並び、やっと手に入れた讃岐うどんを賞味した。
夏の強い日差しを浴び、青々とした瀬戸内海をながめながら味わう讃岐うどんは、格別なものだった。さすがに讃岐うどんだけのことはあると思わせたのは、うどんの腰が強く、粘り気があり、うどんの歯ごたえがなんともいえずにいいことであった。
それに汁が違う。
醤油味よりも塩味をきかせているので、汁が澄んでいる。見た目にきれいなのである。 汁のだしも、味には定評のある瀬戸内海産のいりこを使っているとのことで、味が単調ではなく、手のこんだコクなのだ。
いりこは東日本では煮干しといっているものだが、西日本のものは一味違う。とくに瀬戸内海産のいりこは、味が天下一品。カタクチイワシやマイワシ、ウルメイワシの幼魚を煮てから干したもので、「だしじゃこ」とか「ちりめんじゃこ」、またはたんに「じゃこ」などとも呼ばれている。
塩味といりこだしが、讃岐うどんの味のベーになっているのだが、讃岐産の讃州塩は播州塩とともに、味の良さで知られていた。
塩の代名詞として“十州塩”の言葉が今でも残っているが、日本の主要な塩の生産地帯でもあった播磨、備前、備中、備後、安芸、周防、長門、阿波、讃岐、伊予の瀬戸内十ヶ国の塩のうちでも、とくに播州の赤穂塩と讃州塩が良質なものとされていた。
讃岐うどんの塩味は、そのような讃岐の塩づくりの伝統に裏打ちされたものなのだ。
ところで、私のまわりでうどんを食べている人たちの話し声が、耳に入ってくる。
うどんをすすりながら、うどん談義をやっている人たちもいた。
「東京で暮らしていて、なにがつらいかって、この讃岐うどんを食べられないことほど、辛いことはないよね。東京のうどんといったら、食えたものではない。汁は醤油でまっ黒だし、気持ちは悪いし、だいいち、味がないんだ。うどんもフニャフニャだし…。東京の人間って、よくあんなうどんを平気な顔して食えるよなぁって感心してしまう」
「大阪のうどんは、けつね(きつね)で有名だけど、讃岐のうどんとは汁のだしが違う。大阪のは、カツオだし。うどんの味は、やっぱりいりこだしにかぎるよ」
讃岐人と思われる、三十前後の帰省客同士のうどん談義を聞きながら私は、なぜ、こんなにも大勢の人たちが讃岐うどんを食べる為に長い列をつくるのだろうという疑問に、答えを得た思いがした。讃岐への帰省客は故郷の目の前にして、讃岐の土を踏む前に、一刻も早く故郷の味を確かめたかったのだ。
その時私は、自分自身の体験を思いおこさずにはいられなかった。私は1年とか、2年といった、長期間にわたって海外を旅したことが何度かある。海外を旅している間は別に日本食を食べたいとも思わないのだが、いったん日本の土を踏むと、砂漠で水を求めるかのように無性に日本の味が恋しくなる。
すし屋を見かければ、ほとんど無意識のうちにのれんをくぐり、すしをつまんでいる。すしだけではない。うどん、そば、ラーメン、うなぎ、てんぷら…と食べ歩く。家でも、ご飯にワカメの味噌汁、納豆、さらには塩ジャケ、塩辛、のり、豆腐、漬け物…等々、日本の味を十分に口にするまでの何日間かは、日本的な味以外は体が受け付けないのである。宇高連絡船の船上での光景は、私の体験の、それに近いように思えてならなかった。
海を渡って、東京や大阪に出て行った讃岐人にとっては、東京や大阪はしょせん異国でしかないのだ。異国からの帰省で、最初に出会う国の味が、宇高連絡船の讃岐うどんの味なのである。
それだからこそ、一刻も早く国の味を確かめたくって、味覚を通して国を確かめたくって、船内を走ってまでも大勢の乗客が甲板の讃岐うどんの店に駆けつけたのだろう。
甲板の讃岐うどん店前の行列は、連絡船が高松港に着く直前まで、つづいたのである。
さて、高松である。
高松には何度かいったことがあるが、讃岐うどんを食べるのが目的で行ったこともある。その時は徹底的にうどんを食べ歩き、朝、昼、晩と1日3度、うどんを食べたほど。
まず、高松の玄関口、JR高松駅構内でうどんを食べた。
うどん屋のメニューは、かやくうどん、冷やしうどん、きつねうどん、月見うどん、天ぷらうどん、肉うどんと、うどん一辺倒なのである。東京ならば“立ち食いそば”になるところだが、高松では“立ち食いうどん”。ここでは一番安いかやくうどんを食べた。ちくわ、かまぼこ、なると、それにネギが入っただけのうす味のうどんだが、ほかによけいなものが入っていないだけに、うどんの味がひときわ際立っていた。
高松駅構内の“立ち食いうどん”ではないが、高松の町を歩いていて目につくのは“うどん”“手打ちうどん”“讃岐うどん”“饂飩屋”…と、うどんの看板を掲げている店の多いことだ。東京ならばあたりまえに見られるそば屋の看板は、ほとんど目に入らない。
何軒もの店に入って食べたが、人気の老舗の店にも入った。
そこのメニューは、かけうどん、湯だめ、釜あげうどん、きつねうどん、わかめうどん、ざるうどん、しっぽくうどん、天ぷらうどん、肉うどん、天ざるうどん…で、私はそのうち、釜あげうどんとしっぽくうどんを注文した。
釜あげうどんは、ゆであげたうどんをそのまま、湯とともに桶に入れたもの。それを薬味のネギとショウガ、ゴマの入った汁につけて食べる。しっぽくうどんはニンジン、カボチャ、ナス、カシワ、油揚げの入った煮込みうどんだった。
店の主人が話してくれた。
「ウチでは、うどんの原料にこだわっていますよ。讃岐うどんは、讃岐のムギを使って、讃岐で食べてもらって、はじめて讃岐うどんといえるのではないでしょうかね」
店の主人は、讃岐産の小麦粉をこねて、足で踏みつける。
「踏めば踏むほど、粘り気が出てくるのですよ」
といいながら、さらに、踏みつける。
そうすることによって、讃岐うどん特有の生木を折るような、しなやかな腰の強さが生まれるのだという。それを打ち板にのせ、くりかえしくりかえし、麺棒でのばす。そんな、うどんづくりの工程を見せてもらった。
そのほか、高松で食べたうどんで印象に残っているのは、冷やしうどんと醤油うどん。
夏だったこともあって、炎天下を歩き、歩き疲れて食べた冷やしうどんのヒヤッとした舌の感覚は強烈だった。さっぱりとした味わいの1杯のうどんは、私にふたたび歩く元気を与えてくれた。
醤油うどんは釜からあげたばかりのうどんに、醤油とネギをふりかけたもの。うどん本来の持つうまみを充分に味わうことができた。
ここに、ひとつのデータがある。
年間1人当たりのうどんの消費量が多い県のベスト5。それは次のようなものである。
1位 香川県 120玉
2位 群馬県 41玉
3位 佐賀県 38玉
4位 埼玉県 37玉
5位 山梨県 35玉
このように、香川県は断トツで1位になっている。ちなみに、うどんの消費量の少ない県は千葉県(8玉)、岩手県(9玉)、茨城県(10玉)、新潟県(11玉)、長崎県(12玉)となっている。
さすがに“うどん王国・讃岐”だけあって、香川県には「讃岐うどん研究会」という、うどん研究会がある。
そこの香川県全域で5000人を対象に行ったアンケート調査からも、うどんがいかに讃岐人に密着しているかが、うかがい知ることができた。
うどんの好き嫌いについては、「大好き」(44・3%)、「まあまあ好き」(48・5%)を合わせると、9割以上の人が「好き」と答えている。
反対に「やや嫌い」(5・1%)、「嫌い」(0・4%)と、「嫌い」と答えた人は、5パーセントほどでしかない。
うどんを食べる回数では、「毎日食べる」(11・7%)、「週に数回、食べる」(42・3%)と5割以上の人が、ほぼ毎日うどんを食べている。
このように讃岐人のうどん好きは際立っている。
うどんの味にはうるさい讃岐人だけに、高松ではどんな店に入っても“讃岐うどん”の味には、まずハズレはなかった。