賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

秘湯めぐりの峠越え(27)佐野坂峠(長野)

 (『アウトライダー』1995年9月号 所収)

「北アルプスをグルリと一周しよう!」

 ということで旅立った。

「松本→松本」のコースだ。

 往路はR147→R148で佐野坂峠、葛葉峠を越えて日本海の糸魚川に出、その間では、穂高温泉を第1湯目とし、北アルプス山麓の温泉群、全部で15湯に入りまくった。

 これら佐野坂峠、葛葉峠越えのルート沿いの温泉群の大半は、日本列島を横断する大断層線、フォッサマグナの温泉だ。

 復路は富山から神通川沿いにR41を走って岐阜県に入り、神岡からは神通川の上流、高原川沿いにR471を走り、最後はR158で安房峠を越えて松本に戻った。

 復路でのハイライトは、なんといっても、平湯温泉、福地温泉、新平湯温泉、栃尾温泉、新穂高温泉の奥飛騨温泉郷。

 ここは“日本一の露天風呂地帯”。

 我らライダーにとってはうれしくなるような露天風呂が、あちらこちらにある。無料の露天風呂もある。おまけに、奥飛騨温泉郷のうちの新平湯温泉は、ぼくにとっては20年前に新婚旅行で訪ねたなつかしの地。その新平湯温泉に、ひと晩、泊まった。

安曇野の穂高温泉が第1湯目

「北アルプス一周」の第1泊目は、燕岳登山口の中房温泉にしたかったので、神奈川県伊勢原市の自宅を出発したのは、昼食後の13時と、遅い時間の出発だ。

 スズキDR250Rで5月下旬の丹沢山麓の道を走り、14時、相模湖ICから中央道に入る。バックミラーを気にしながらの高速一気走り。松本IC到着は15時30分。松本からは、R147を北へ。安曇野の風景を目いっぱい堪能しながら走った。

 安曇野の穂高町では、海洋民、安曇族の祖先をまつる穂高神社に参拝し、いよいよ、第1湯目の穂高温泉に向かう。緑したたる北アルプスの山々が間近にせまってくる。

 うまく表現できないのが悔しいが、緑がほんとうにきれいだ。“緑の国・日本”を感じさせるこの季節。DRのハンドルを握りながら、目の中まで、緑色一色に染まってしまう。

 北アルプスの山裾にある穂高温泉では、町営の「しゃくなげ荘」(入浴料300円)の湯に入った。白濁色の熱めの湯。湯にどっぷりと身をひたした瞬間の気分のよさといったらない。伊勢原の自宅から240キロ走ってきた疲れなど、いっぺんに吹き飛んでしまう。バイクでひとっ走りしたあとの温泉ほど気持ちのいいものはない!

 穂高温泉からは、北アルプスの山中へと、分け入るようにして入っていく。コーナーを曲がったところでは、まだ、たっぷりと雪を残した燕岳(2762m)が、目の中に飛び込んできた。

 第2湯目、有明温泉の国民宿舎「有明荘」(入浴料500円)の湯に入り、自動車道の行き止まり地点にある中房温泉へ。燕岳の登山口、標高1462メートルの高地にある一軒宿の温泉。そこが今晩の宿だ。下界とは季節が違い、肌寒い夕暮れの山の空気。新芽が芽吹き、やっと春がやってきたといった周囲の風景だ。

 中房温泉は、源泉がいくつもある、湯量の豊富な温泉。夕食後、10以上もある内風呂、露天風呂めぐりをし、3時間あまりかかってやっと、全部の湯に入り終えた。

フォッサマグナの温泉を総ナメだ!

 翌日はガックリ‥‥。前日の五月晴れの天気がうそのように、朝からザーザー降りの雨が降っている。

「温泉に入るのだから、雨なんか関係ないさ」

 と、強がりをいって中房温泉を出発し、R147に戻り、大町へ。

 大町からは、まず、葛温泉に行く。高瀬川沿いに北アルプスの奥深くへと、15キロほど入ったところにある温泉。「高瀬館」(入浴料400円)の微温湯と高温湯の2つの湯船の内風呂と大露天風呂に入ったが、硫化水素泉の湯量豊富な温泉だ。さらに高瀬川のずっと奥には、徒歩でしか行けない湯俣温泉があるが、別な機会に、ぜひとも行ってみたい。

 大町に戻ると、次に、市街地から4キロほどの大町温泉「薬師の湯」(入浴料400円)に入る。明るい、広々とした大浴場。ツーリングの途中で入る立ち寄りの湯には絶好だ。

 大町からはR148を北に行く。仁科三湖のひとつ、木崎湖畔にある木崎湖温泉では、「仁科荘」(入浴料300円)の湯に入る。湯から上がると、

「こんな雨では、大変だねー」

 といいながら、宿のオバアチャンは大きなリンゴをくれた。

 木崎湖、中綱湖、青木湖と、仁科三湖の湖畔を通り、佐野坂峠の短いトンネルを抜ける。ゆるやかな峠なので国道と並行して走るJR大糸線は、トンネルなしで峠を越えている。よっぽど注意していないと、ここが峠だということがわからないままに越えてしまう。

 だが、この佐野坂峠は、フォッサマグナの断層湖の仁科三湖→農具川→高瀬川→犀川→千曲川と、新潟で日本海に流れ出る信濃川の水系と、糸魚川で日本海に流れ出る姫川の水系を分ける、地形上、重要な峠なのだ。

 佐野坂峠を下ると、白馬村の佐野の集落。佐野坂の坂は峠を意味しているので、佐野坂峠というと佐野峠峠になってしまうが、まあいいか‥‥。