賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

秘湯めぐりの峠越え(17) 中山峠編

(『アウトライダー』1996年6月号 所収)

3つの名前を持つ中山峠

「日光→沼田」の北関東温泉三昧・第1弾にひきつづいての第2弾は、「沼田→上田」。中山峠、暮坂峠、鳥居峠という3峠をこえながら、その間の温泉に入りまくろうというものだ。

 出発点の沼田は、利根川の河岸段丘上の町で、沼田盆地の中心地になっている。城跡の沼田公園に行くと、戦国大名の真田氏の家紋“六文銭”の旗がたなびいている。

 沼田城は天文元年(1532)に沼田氏12代目の沼田顕泰が築城したとのことだが、天正8年(1580)に信州上田の真田正幸が入り、沼田を支配し、5層の天守閣を築いた。天守閣があった天守台には、“御殿桜”と呼ばれる樹齢400年以上の桜の古木が、枝を大きく広げている。その下に立ち、花の季節の見事さを想像してみるのだった。

 北関東温泉三昧第2弾は、この“六文銭”の旗を追っていくようなものだが、真田氏の足跡を逆にたどって中山峠、暮坂峠、鳥居峠を越え、信州の上田を目指すのだ。

 さあ、出発だ。スズキDJEBEL200のエンジンをかけ、走り出す。

 沼田の市街地を離れ、利根川を渡り、R145を行く。まずは中山峠を越えて、中之条を目指す。

 じきに中山峠にさしかかる。沼田市と高山村の境の峠だ。

 峠には“権現峠・標高740m”と書かれた木標が立っている。中山峠は権現峠ともいわれる。このように峠に2つの名前がついているのは珍しいことではない。ところがこの中山峠には、さらに、もうひとつの名前がある。今井峠といわれることもあるのだ。3つの名前を持つ峠というのは、そうそうあるものではない。

 ちなみに中山というのは、高山村側の地名で、今井は沼田市側の地名、権現は峠近くの地名ということになる。沼田側の人たちにとってみたら、高山村の中山に通じる峠なので中山峠だが、高山側の人たちにとっては、沼田市の今井に通じる峠なので今井峠になる。中山峠が今井峠よりも一般的なのは、沼田と高山の力関係といえる。

 ところで、この中山峠は、ぼくにとっては忘れられない峠なのだ。

 10年以上も前に、そのときもやはり沼田から中山峠を越えようとしたのだが、真冬の峠越えで、峠道にさしかかると、カチンカチンに凍りついたアイスバーンに行く手をはばまれた。あとわずかで峠というところまで登ったが、後輪がツルツル滑って空転し、ついに峠越えを断念。沼田までもどったのだ。雪や氷のない季節だったら、難なく越えられる峠なのだが‥‥。

 それ以降、中山峠を越えることはなかった。というのは、東京から中之条や長野原方面に行く場合、渋川からR353で中之条に出るのがふつうのルートで、わざわざ沼田まで行ってR145を走り、中山峠を越えることはないからだ。

 中山峠を越え、中之条に下っていくときは、10何年ぶりかで、胸のつかえがとれたような気がした。

 中山峠を下りはじめたところには、“大理石村”がある。素通りしてしまったが、石のテーマパークで、ここには160年前に建てられたというスコットランドの古城「ロックハート城」が移築されているという。

 中山峠の峠下が三国街道の中山宿。ここには新田本陣が残っているが、中山峠を越える街道と三国街道が、この地で交差している。

 高山村から中之条への途中では、高山温泉「いぶきの湯」(入浴料300円)、大塚温泉「金井旅館」(入浴料200円)、新中之条温泉「観音の湯」(入浴料300円)と、3湯の温泉に連チャンで入った。

 そのうち、大塚温泉はちょっとわかりずらいところにある一軒宿の温泉だが、湯量はきわめて豊富。温めの湯で、長湯できる。混浴で、常連のオバチャンと“湯の中談義”をした。豊富な湯を使って、養魚池ではテラピアを養殖している。泊まり客にはテラピア料理が出るという。今度は、テラピア料理でも食べがてら、泊まりで来るとしよう。

 この大塚温泉の歴史は古く、250年も前から、地元の人たちの共同浴場として使われてきた。開湯はさらに古く、鎌倉時代にまでさかのぼるという。

 そんな大塚温泉の湯から上がると、中之条へと向かっていった。