賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

秘湯めぐりの峠越え:第13回 三国峠編

 (『アウトライダー』1995年5月号)

十勝川温泉の豪華温泉ホテル

 釧路を出発点にしての、道東の峠越え&温泉めぐりを終え、また釧路に戻ってきた。釧路というのは、道東周遊の拠点としては、最適だ。

 1994年10月13日、JR釧路駅前に峠越えの相棒、「インドシナ一周一万キロ」を走ったスズキRMX250Rとともに立った。

「さあ、次は、大雪山一周だ!」

 と、ガッツポーズ。

 気合を入れたところで、キック一発。RMXのエンジンをかけ、アクセルのグリップをググググッとひねり、国道38号を帯広方向に走り出す。

 さすがに北海道有数の幹線道路だけのことはあって、国道38号は、交通量が多い。

 RMXのハンドルを握り、エンジン音を聞き、快い振動にゆられていると、

「いいね、いいねー」

 と、思わず声が出てしまう。

 晩秋の北海道の、空気のさわやかさといったらない。まさにクリスタル的に透き通っている。西の空に大分傾いた夕日は、プリズムを通すかのような射し込み方だった。

 太平洋岸を走る。

 白糠丘陵先端が海に落ち込むあたりの、ゆるやかな丘陵を越えて釧路から十勝に入る。十勝川下流の平原に夕日が落ちていく。一片の雲もない夕空の、色の変化が鮮やかだ。

 十勝平野のはるか向こうに連なる日高山脈の山々が、淡い紫色のシルエットになっている。

 国道沿いの電話で、今晩の宿を探す。

 峠越え&温泉めぐりでは、徹底的に温泉にこだわっているので、どうしても温泉宿に泊まりたかった。その温泉宿も、翌日からの大雪山一周を考えると、帯広周辺でなくてはならなかった。さらに腹ぺこなので、夕食も出して欲しい。となると、そう簡単に宿はみつからない。

『全国温泉宿泊情報』(JTB)のページをめくりながら、何軒もの温泉宿に電話し、やっと十勝川温泉の、その名も「ホテル大平原」に宿がとれた。

 急に元気が出てくる。

「それ、行けー」

 とばかりにRMXのスピードを上げ、十勝川河畔の豊頃で国道38号を右折。“十勝ワイン”で有名な池田を通り、十勝川北岸の十勝川温泉に急いだ。

 午後7時、十勝川温泉に到着。

「ホテル大平原」は高層の温泉ホテルで、ライトアップされ、まるで不夜城のよう。バイクのウエアにブーツという格好では、入るのにちょっと気がひけてしまう。

 遅い時間の到着にもかかわらず、気持ちよく迎えられる。部屋に入ると、さっそく大浴場と露天風呂の湯につかる。十勝の開拓時代をしのばせるかのような、五右衛門風呂の湯もあった。

 十勝川温泉の湯はモール泉。やわらかな肌ざわりの温泉だ。

 湯から上がると、夕餉の膳が部屋に運ばれてくる。刺し身、生ハム、煮物、酢の物、カニ鍋‥‥と、全部で9品の料理をビールを飲みながら食べたが、

「たまには、こういうのもいいか‥‥」

 と、1泊2食1万5000円の豪華温泉ホテルを楽しんだ。

「大雪山一周」の第1湯目!

 翌朝は目をさますとすぐに朝風呂に入り、朝食を宿で食べ、7時半に出発。帯広の市街地に入り、JR帯広駅前に立った。そこが「大雪山一周」の出発点なのだ。

「さあ、行くぜ!」

 と、ガッツポーズ。

 いつもながらの出発の儀式を終え、国道241号を北へと走りだす。広々とした十勝の平原の風景だ。

 上士幌から国道273号に入ったが、北海道開発局の「三国峠にようこそ」の案内に、旅心をいたく刺激される。

 国道273号は三国峠を越えていくのだ。

 十勝の平原から大雪山の東側、東大雪の山中に入っていく。

 糠平湖畔の糠平温泉が、大雪山一周の第1湯目。「湯元館」(入浴料400円)の湯に入る。内風呂は男女別々だが、露天風呂は混浴。泊まり客が帰った時間帯なので、ほかに入浴客はいなかったが、胸をときめかせて北国美人と一緒に湯につかっているシーンを連想するのは、混浴の温泉ならではの楽しさだった。

 第2湯目は、十勝三股の手前で国道を左に折れ、1キロほど行ったところにある幌加温泉。ここには渓流のわきに、無料の露天風呂があったが、残念ながら湯船の湯は落ちていた。そこで2軒ある温泉宿のうち、「幌加温泉」(入浴料250円)の湯に入った。食塩泉と硫黄泉の、2つの湯船がある。湯が湯船からあふれだしている。床には温泉の成分がこびりついている。温泉情緒にあふれた湯に気分よく入るのだった。

 さらに十勝三股からは、林道を10キロほど走ったところにあるというきわめつけの秘湯、岩間温泉に行くつもりにしていたが、林道はすでに冬期閉鎖中。北海道の冬は早い。ぜひとも今度、夏にでも来よう。このような入りそこねた温泉というのは、けっこう心にひっかかるもので、

「いつの日か、かならず入ってやろう」

 と、思う。その気持ちが新たな旅へのエネルギーになる。

劇的に変わった三国峠

 十勝三股から三国峠を登っていく。高度を上げるにつれて見晴らしがよくなり、雄大な山岳風景を見下ろすようになる。すでに山裾に下りた紅葉が見事だ。北海道の山々は、山のつくりが大きいので、よけいに“雄大さ”を感じさせる。

 RMXで切る風の冷たさといったらなく、キリキリと音をたてて突きささってくるようだ。

「我慢、我慢、我慢‥‥」

 と、自分で自分にいいきかせ、ひたすら寒さに耐えて峠を目指して登っていく。

 ところでこの三国峠は、劇的に変わった。谷をまたぐ長大な橋が完成し、全線が舗装され、冬期間も通行可能になったのだ。

 峠のトンネルの手前、上士幌町側には、“峠の茶屋”もできた。洒落た建物で、土産もの売り場と軽食の食堂がある。“峠の茶屋”で熱いうどんをすすっていると、三国峠をめぐる変化、さらには時代の変化を強く感じるのだった。

 ぼくがはじめて三国峠を越えたのは、1970年代のことだ。その当時は、糠平を過ぎるとダートに突入し、延々と峠越えのダートがつづいた。道幅は狭く、交通量はほとんどなかった。峠下の十勝三股までは帯広からの鉄道(国鉄士幌線)が通じていた。

 北海道一のダートコースといってもいい三国峠だったが、その後、この峠を越えるたびに道幅が広がり、舗装区間が延び、交通量が増えていった。1987年には士幌線が廃止になった。士幌線に限らず、1980年代というのは、北海道から急速に鉄路が消えていった時代だ。

 三国峠は十勝・石狩・北見の3国境にそびえる三国山(1541m)西側の峠で、厳密にいえば、十勝・石狩の両国峠である。これは、ほかの三国峠にもあてはまる。

 武蔵・上野・信濃3国境の三国山の南側にある三国峠は武蔵・信濃の2国境の峠だし、相模・甲斐・駿河3国境の三国山の北側にある三国峠は相模・甲斐の2国境の峠になっている。

 というのは、峠道は山頂を越えるものではなく(まれには山頂越えの峠もあるが)、山頂を下った尾根の鞍部を越えていくからである。

 また、十勝・石狩・北見3国境の三国山は、太平洋側と日本海側、オホーツク海側の分水嶺になっている。

 国道273号の三国峠のトンネルは、海抜1139メートルの地点を貫いている。国境のトンネルを走り抜け、十勝から石狩に入ると、天気は急変した。青空が消え、鉛色の厚い雲がべたーっと空に張りつき、雪がチラチラチラチラ舞っている。三国峠をはさんだ十勝と石狩の、天気の鮮やかな違いだ。

石狩川上流の温泉を行く

 三国峠を下っていくと、北海道第一の大河、石狩川の源流に出会う。

 その地点で、国道273号を左折し、石狩川の源流沿いのダートに入っていく。5キロほど走ると、二股の分岐に出る。左を行けば、石狩川の源流沿いのダートだが、ぼくは右を行き、“大雪の秘湯”大雪高原温泉に向かった。

 ところで石狩川だが、三国峠の西、石狩岳(1967m)の北麓を源にしている。石狩岳は、大雪火山群に隣あった石狩山地の主峰である。

 石狩岳から流れ出た石狩川は、北海道屈指の名所、層雲峡を流れ、旭川を中心とする上川盆地に入っていく。そこから神居古潭の峡谷を流れ、北海道の心臓部、石狩平野に入っていく。

 広々とした石狩平野には、深川、滝川、砂川、美唄、岩見沢、江別といった町々がつづく。そして石狩川は下流に泥炭地をつくり、石狩町で日本海に流れ出ていく。

 全長365キロ。信濃川に次いで、日本第2の長さ(その差はほとんどない)の川。流域面積は1万4250平方キロ。利根川に次いで、日本第2の大きさの川になっている。

 さて、大雪高原温泉である。分岐点からさらに5キロほどダートを走ったところにあるが、残念ながら一軒宿の「大雪高原山荘」は、すでに冬期休業に入っていた。10月初旬には冬期休業に入り、オープンするのは6月中旬のことだという。

 それにしても、大雪山の冬は長い‥‥。

 大雪高原温泉の湯には以前、入ったことがあるが、ここは海抜1350メートルの高地の温泉で、北海道最高所の温泉として知られている。硫化水素泉の湯量の豊富な温泉で、源泉は96度という高温の湯だ。入浴のみも可。入れる期間が短いし、国道から10キロのダートを走らなくてはならないし、なかなか行きにくい温泉だが、それだからこそ、秘湯。カソリおすすめの湯である。

 国道273号に戻り、石狩川をせき止めた大雪湖の湖畔を走り、国道39号に合流。雪は止んだ。国道39号は石狩と北見の境の石北峠をこえ、北見から網走へと通じている。 石狩川沿いに走り、大函、小函の峡谷を見、垂直に切り立った断崖が連続する層雲峡では銀河滝、流星滝を見、石狩川沿いでは最大の温泉地、層雲峡温泉に到着。

 ここでは、公衆温泉浴場の「不老の湯」(入浴料320円)に入る。雪と寒さにやられ芯まで冷えきった体に、温泉がしみこんでいく。

「ありがたい!」

 と、思わず温泉への感謝の言葉が口をついて出た。

 元気を取り戻し、さらに石狩川沿いに走る。石狩川の流れは、どんどんと大きくなっていく。

 上川を過ぎたところで、国道39号を左折し、大雪山中の奥深くへと入っていく。さきほどの東大雪に対して、北大雪といったところだ。国道から20キロ(そのうち10キロはダート)ほど走ると愛山渓温泉に着く。一軒宿の「愛山渓青少年の家」(入浴料500円)の湯に入ったが、愛山渓温泉は大雪高原温泉に負けず劣らずの秘湯だ。

 大雪山中の秘湯の湯を堪能したところで国道39号に戻る。

 上川盆地に入り、旭川に着いた。

「帯広→旭川」の246キロで、糠平、幌加、層雲峡、愛山渓と、4湯の温泉にしか入れなかったことが、何とも残念でならなかった。