カソリの食文化研究所:第9回 越前町編
(『ツーリングGO!GO!』2003年4月号 所収)
「日本で一番うまいカニ」といったら、これはもう文句なしに「越前ガニ」だ。
その越前ガニを
「食べた~い!」
と思った。
思い立ったが吉日、カソリの旅日和。すぐさま愛車のスズキDJEBELE250のエンジンをかけ、東名→名神→北陸道と高速道を突っ走り、福井県の越前町に向かう。越前町の越前海岸が越前ガニの本場になっている。
「越前ガニを食べた~い!」
というぼくの熱い想いが通じたのだろう、北陸道はチェーン規制もなく、路面に雪もなく、バイクでもきわめてスムーズに走れた。
敦賀ICで北陸道を降り、国道8号を北へ。杉津(すいづ)で国道8号を離れ、有料の河野海岸道路に入っていく。杉津から東尋坊までを越前海岸といっているが、きれいな海岸線を見ながら走り国道305号に合流した。
河野村を走り抜け、目指す越前町に入った。
雪はまったくない。いよいよ越前ガニの本場だ。国道305号沿いには「越前ガニ」の看板を掲げた鮮魚専門店を何軒も見かける。
店先では大釜で越前ガニをゆでている。20分ほどで茹で上がった越前ガニの甲羅はきれいな赤味を帯びた色に変わる。湯上がりの女性の肌を思わせるような色だ。
店内をのぞくと1匹2、3000円ぐらいから売られている。
大きなものになると8000円から1万円。越前ガニは「日本で一番うまいカニ」であるのと同時に、「日本で一番高いカニ」でもある。
大きな水槽では生きている越前ガニも見られた。
越前岬に近い越前玉川温泉の国民宿舎「まるいち玉川荘」に泊まり、そこで越前ガニのフルコースを食べた。
湯から上がると、さっそく大広間の膳につく。次々と用意される越前ガニ料理を目の前にしてカソリ、思わず、
「おー!」
と歓喜の声を上げる。
スゴい、スゴすぎる。
大皿にはゆでた越前ガニの大物がド-ンと1匹、のっている。
その足には越前ガニの新鮮さとうまさを保証する黄色いプラスチック製の標識票がついている。表には「越前ガニ」、裏には「越前港」と書かれてあった。
刺し身の大皿にはヒラマサや甘エビ、イカ、ばい貝の刺し身とともに生のカニ足。別の大皿には焼きガニ。さらにカニすきの鍋にも越前ガニがまるごと1匹、入っている。そのほかに焼きガレーやてんぷら、貝料理の大皿もついた。
越前ガニはなんといっても塩ゆでが一番うまい。
ゆでたカニの足をバリバリバリッとへし折り降り、甲羅をカパッとあけ、越前ガニに食らいつく。カニ味噌をチュッチュ吸って賞味する。
「う~ん、たまらん!」。
足にはたっぷりと身がつまっている。もう狂気乱舞、無我夢中のカソリ。
世の中、これほど夢中になれることが、そうそうあるものではない。
「人間は食うために生きている!」
と、心底、実感するカソリ。
そう思わせる本場ものの越前ガニのうまさだった。
次に熱燗にした福井の地酒「すきむすめ」を飲みながらカニ刺しと焼きガニを食べ、そしてグツグツ煮えてきたカニすきに箸をつける。
越前ガニのうまみがたっぷりとしみ出た汁のうまさといったらない。
鍋には白菜や青菜、しらたき、シイタケが入っているが、とくに汁のよくしみ込んだ肉厚のシイタケがうまかった。鍋の具をあらかた食べたところで、汁にご飯を入れ、最後はカニ雑炊で締めくくった。
これがまたとびきりのうまさ。一滴の汁も残さずに、きれいさっぱりと食べ尽くした。
翌朝、越前海岸でも最大の小樟(ここのぎ)漁港に行く。
漁船から水揚げされた越前ガニが、魚市場にズラリと並ぶ。壮観な眺めだ。それらの越前ガニはゴソゴソ動き、まだ生きている。
午前8時に一番競りが始まると、競り落とされたカニはすぐさま業者の車で港外に運び出されていく。保存のきかない越前ガニは鮮度が勝負。
このあと二番競り、三番競りとつづき、競りは午前10時過ぎには終わった。
越前海岸ではもう一か所、隣りの大樟(おこのぎ)漁港でも競りがおこなわれる。
越前漁港というのは、これら漁港の総称なのだ。
熱気あふれる越前ガニの競りを見たあと、断崖が日本海に落ち込む越前岬の岩場に立った。冬の鉛色をした日本海。岬の周辺では、寒風に吹きさらされて野水仙の花が咲いていた。
この越前岬の沖、丹後半島の経ヶ岬に向かって西へ2、30キロの海域が越前ガニの漁場。水深200メートルから400メートル、水温1度から3度の深い、冷たい海に生息している。
越前町には50隻ほどのカニ漁の底曳網漁船があるとのことだが、それら漁船は早朝に出漁し、その日か、もしくは沖泊まりして翌朝には越前漁港に戻ってくる。漁場がきわめて近いので、鮮度満点の状態で越前ガニを水揚げすることができる。これがほかのカニとは違う、越前ガニの越前ガニたるゆえんだ。
越前ガニ漁は11月の初旬に解禁になり、3月の下旬で終わる。まだ、十分に間に合うぞ。それ行け、越前海岸へ!
越前ガニは越前海岸で食べてこそ、越前ガニなのである。
■コラム■
「越前ガニ」とはズワイガニの雄のことで、雌は越前海岸では「セイコ」もしくは「セイコガニ」と呼ばれている。
雄と雌では全然、値段が違う。雄の方が大きく、雌は小さく、もちろん雄の方が値段が高い。
雌の産卵は2月、3月で、1月下旬には雌は一足先に禁漁になる。
ズワイガニの平均寿命は約15年。カニの中ではタラバガニに次いで長命だ。
この季節になると北陸一の市場、金沢の近江町市場にもズワイガニがズラリと並ぶが、ここでは雄を「ズワイガニ」、雌を「コウバクガニ」といっている。
ズワイガニは山陰になると「松葉ガニ」と呼び名が変わり、雌は「セコガニ」とか場所によっては「ゼンマル」などと呼ばれている。
福井県内の越前ガニのうち7割近くが越前漁港に水揚げされている。越前町はまさに越前ガニの本場なのである。