韓国食べ歩き:第28回
(『あるくみるきく』1987年1月号 所収)
辛くない料亭料理
光州(クワンジュ)の料亭料理はご飯、味噌汁、豆腐のチゲ、6種のキムチ、3種のナムル、サワラの焼き魚、イシモチの煮魚、タコの酢の物、焼肉、玉子焼き、ニンニクの醤油漬け、カボチャの揚げ物、明太子、2種の塩辛…といったもの。
それを食べてみて、もうひとつ感じたことは、全体のさっぱりとした味つけであった。 トウガラシの辛味がそれほど強くなのである。
私は料亭料理を味わいながら、しきりと韓国における「トウガラシ以前」を考えた。今でこそ韓国食といえば、トウガラシ全盛の感がある。しかし、伝統的な韓国の食事を比較的よく伝えているといわれる料亭料理がそれほど辛くないということは、
「もともと韓国の食べ物は、そう辛くはなかった」
と思わせるのに、十分なものがあった。
トウガラシがこの国に伝わってからというもの、それまで使われていたニンニクやショウガ、サンショウ、コショウといった香辛料をあっというまに押しのけいった。
トウガラシが香辛料の王座についた理由のひとつには、いったん辛味になじむと、より刺激的な味を求めるといった人間の味覚への傾向があるからではないだろうか。
人間の感じる味覚の基本は甘味、酸味、苦味、辛味、かん味の五味で総称されるが、そのうちトウガラシの辛味は刺激味といっていい。針で肌を突っつくのと同じことで、たんに刺激を与えるだけで、その辛味は栄養分となって体内に吸収されることはない。
たとえば砂糖の甘味や塩のかん味は体が受け付ける量が限られているのに、トウガラシのような辛味は個人差、民族差が大きく、その許容範囲にはかなりの幅がある。
そのため、ある刺激に慣れてしまうと、より強い刺激を求め、辛味がどんどんエスカレートしていく傾向がある。その結果、韓国ではトウガラシが全盛になったのではないかと私は考えた。